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呪縛

 若葉らが階段に到着した時だった。


 「若葉ぁぁぁぁぁあああ!」


 間髪いれずに突撃してきたのは、晴美だった。鉄棒が地面にカランと転がる。


 「は、晴美君!」


 「無事だったんだね、よかった、もう絶対に離さないからね!」


 そのまま苦しいほど抱きしめられる。大輝がおい、と止めようとし、赤座は空気を呼んで明後日の方向を向いた。


 「榊原、皆川が嫌がってるだろ」


 大声を上げる大輝に、晴美は打って変わって冷徹な眼差しを彼に向けた。


 「煩い。殺すよ?」


 「ああ? やってみろよストーカー野郎が」


 互いに威嚇する二人を、若葉は制止する。いつからここまで険悪になったのだろうか。


 「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないでしょ! それより琴音ちゃんが来るまで見張りしようよ!」


 「そうだよ。二人とも押さえて」


 赤座もフォローに回り、ようやく喧嘩は収まった。晴美は鉄棒を手に取り、クルクルと弄ぶ。大輝は分かったよとそっぽを向いた。


 やはり、晴美は頭がおかしい。けれど生きていてくれたこと、そして再びめぐり合えたことは、とても嬉しいことだった。


 「園村が心配だな。なんで来ねーんだよ」


 大輝がせかせかと落ち着きなさそうに言う。確かに、律儀な彼女がこの場に現れないことは奇怪だ。


 ……大丈夫だよね、琴音ちゃんは頭の回転が速いから。


 「待ってても仕方がない。まずは情報交換しよう。脱出する方法、分かった人いる?」


 赤座が指揮を執り、若葉達は数分かけて、互いの身に起こった出来事や手がかりを打ち明け合った。晴美は大輝との確執からか、若葉以外と打ち解けるつもりは無いらしく、始終口を閉ざしたままだった。


 「ミツキと言う女、加賀美館の惨劇、忌子奉り、その生贄候補の戸籍、影永呪縛、司書室の閉じられた鉄の扉、そして、ミツキのいう『彼』と言う存在……」


 赤座は口元に手を添えて目を瞑る。


 「さっぱりまとまらないな。それに、影永呪縛も未だにどういう奴か分かってないし」


 「それなんだけど」


 晴美が赤座に向き直り、先ほどのテンションとは打って変わった、ぼそぼそとした音質で言う。


 「さっき講堂のマイクが誤作動を起こして、当時の惨劇の状況が放送されたんだ。影永呪縛は黒い影が出てきた事態に関係してるらしい」


 「なるほど……これも呪術の一種と言うことか」


 若葉はそっと溜息をもらす。こういう時頭が良い琴音がいてくれればよかったのに、と思わずにはいられない。


 「それとよ、これ、ミツキが消えた時と放送室で見つけたんだけど」


 大輝がポケットからごそごそと綿を二つ取り出し、若葉らの前に提出した。


 「これは?」


 「人形の欠片らしい」


 「あ、それ!」


 若葉はカセットテープに付けられた胴体と人形の首を取り出した。そのまま大輝が出した左足と右足を胴体に接続する。


 大きさはぴったりで、違和感は無い。


 そして若葉は思わずしまったと呟く。


 人形の右腕は、既に見つけていたではないか。医務室の引き出し。そこに転がっていた。どうして持ってこなかったのだろうか。


 若葉は頭を軽く押さえる。


 ――まただ、と若葉はこめかみを押さえる。


 先ほどから、自分がおかしい。脳の奥底で何かが引っ掛かっている。小さな違和感。けれどこの怪異の本質をついている物。


 「これ全部揃えたら何かあるのかな」


 「分からない。けれどミツキが落としていったものだぜ」


 赤座と大輝が話し合う中、若葉は一人、その薄気味悪さと戦っていた。


 「――葉。若葉」


 「へ? あ、なに? 晴美君」


 目の前に、心配そうな晴美がいた。予想外の近い距離に、ドキリと心臓がはねる。


 「大丈夫か? 少し顔色が悪いみたいだけれど」


 「大丈夫だよ。ごめんね」


 「ならいいけれど……きつかったら早く僕に教えてね。助けるから」


 晴美は若葉に対して恐ろしく勘が鋭い。気をつけないと、と若葉は自分に言い聞かせた。今の違和感は、ここから出たら考えればいい。


 それより……。


 「とにかく左腕と右腕を見つけ出して、さっさとここから脱出するぞ」


 赤座がポンと手を打ち、話し合いを打ち切った。





 今から一時間後に再び階段集合という誓約とともに、若葉と晴美、そして大輝と赤座の二手に分かれ、それぞれ二階と一階の探索を開始した。


 人形を管理しているのは大輝だ。彼には医務室の引き出しに人形の右腕があると教えたため、おのずと大輝らが一階、そして若葉らが二階と言う割不利になったのだ。


 右腕がそろうのは時間の問題。後は左腕だけだが、これは本当に分からない。


 「それにしても、かなり地形が変わったな」


 「変わってるの?」


 「ああ。さっきここを通った時、左に通路が伸びてたのに、消えてる。大地震の影響を超越した事象が起こってるみたいだね」


 「じゃあ、一階も?」


 「入江のゴミが地図を持っていたそうだけど、果たしてどこまで通用するか」


 謡うように晴美は言う。彼の言う通りならば、恐らく大輝や琴音の地理情報は完全に用済みになっているだろう。


 黒い影はやはり数体ほどいるも、晴美の存在がそれらを脅威では無くしていた。


 彼が鉄棒を振るうたびに血が飛び交い、物言わぬ躯としていく。


 しかし、晴美も疲れているらしい。


先ほどの鉄棒を振る張りは無く、ポーカーフェイスの笑みも失せ始め、呼吸が荒いことが多くなってきている。


 「さすがにしんどいな……。これじゃあ明日は筋肉痛だろうね」


 「これからは相対しないように逃げよう。危ないことはしないで」


 「そうだね。若葉を危険な目に会わせないようにしないと」


 「うん」


 この段階になると、さすがに晴美の言動には慣れてきた。


 「で、若葉」


 「どうしたの?」


 「今、ようやく二人っきりだよ。教えてくれてもいいんじゃない?」


 晴美が立ち止まり、若葉に向き直る。頭一つ分大きい彼は、少し寂しそうに若葉を見つめている。


 「な、何?」


 「さっき、何を思い悩んでたの?」


 「……まさか掘り返してくるなんてね」


 先ほどこの話題は終結したと思ったのだけれど。


 「若葉のことは全て知りたいの。若葉の家の監視カメラじゃ足りない。安心して話して? 命にかけて他言しないから」


 ね? と子供に話しかける親のように問いかけてくる晴美。


 「何があっても、僕は君の味方だよ? 絶対に」


 爽念押ししてくる晴美に、若葉は視線を落とす。そんなこと言われたら隠し通せないではないか。


 「……実は――」


 保健室から度々何かを思い出しそうなつかえがある事を話すと、晴美は首を捻る。


 「何かを思い出しかけている、か」


 「ここにきてから、何か変なの、私」


 「だから、さっきから不安そうだったんだね。……素人意見だけど、きっとこんな異常な空間に飛ばされて、未だに混乱が残っているんじゃないかな。それに、ここに飛ばされた際、僕達は一度意識を失ってる。記憶の混濁が僅かに生じている可能性だってある」


 すらすらと晴美は若葉を安心させようと言葉を紡いでいく。


 「大丈夫だよ。若葉は変じゃない。仕方がない現象なんだよ。そんなに自分を追い込まないで」


 「……ありがとう、」


 少しだけ心持が楽になったのは、気のせいではないだろう。


 「優しいんだね、晴美君は」


 「若葉ほどじゃないよ。……僕は、あの時、あ、いや、これは話さなくていいか」


 口ごもる晴美は再び廊下の奥を見やる。廊下の奥は不明瞭で、今にも何かが飛び出してくる気がしてならない。


 「とにかく、早くここから出る手がかりを探そう。まずはそれからだ」


 「そうだね」


 晴美は進んで先頭を行き、若葉はその後ろをついていく。


 私は大丈夫と何度も自分に言い聞かせながら。





 「畜生が。なんで地形すら変化してるんだよ」


 地震発生後、一階は地図と大きな齟齬を発生していた。どういう原理かは不明だが、通路も部屋も、全てが地図とは異なる形でシャッフルされていた。普通大地震が起こったとはいえこんな異様な地形変化が起こるだろうか。この分では二階も同様の変化を見せているだろう。琴音の知識は完全に無駄になってしまっているはずだ。


 そのため大輝や赤座は医務室を発見するのに多くの苦労を費やした。


 医務室に入ると、途端に強風が大輝らを襲った。


 ベッドの横の壁が完全に破壊され、外へつながっていた。そこから生ぬるい、湿った風が吹き抜けている。深い青色で統一された、星すら望めない空を背景に、人の気配がない民家がいくつか点在している。地面には元々壁だったらしい木材が乱雑に重なり合っている。地震の弊害らしい。


 「外に出られるみたいだな」


 「みたいだね。それよりも人形をまず探さないと」


 若葉の証言通り、赤座は引き出しを開ける間、大輝は瓦礫に足を取られないようにし、外へ出る。


 トラップなど無く、あっけなく大輝は外へ出られた。地面はフサフサの雑草で覆われており、死体の痕跡は無かった。黒い影もいない。


 「人の気配は無いな……」


 民家の電気は点いておらず、物音一つしない。まるで自分一人が世界に取り残されたような孤独感と静寂に、思わず身震いする。


 大輝は叢を踏みしめ、館を壁伝いに沿って散策する。


 角を曲がると、開け放たれた扉が見えた。出口だろう。扉から数メートル地点の廊下には数本のボーガンが突き刺さっている。若葉らが掛った場所だと推測した。傍には庭掃除のために使ったと思われる、重そうなスコップが数本あった。


 ボーガンが刺さった死体から目を背け、さらに進むと離れの小屋が見えた。そのそばには一つの大きな鉄の階段が二階に伸びていた。そう言えば、地図にも載っていた。


 木造の粗末な建物だ。扉には鍵がかかっておらず、薄く開いた中は闇一色だ。しかもどこか生ゴミが腐った臭いが漂ってくる。


 「死体が入ってるなんてことはねーよな……」


 「入江、何をやってるんだ?」


 「おう! ……なんだ、赤座か。驚かせんなよ」


 「人形の右手は見つけたけど……どうかした?」


 赤座が人形の腕を差し出した。これで、あと一つだ。


 「というか、この小屋はなに?」


 「さあな」


 小屋に近づき、用心しながら扉を開ける。


 光源がないため、ひどく暗い。何も見えない。


 「何もねーのか」


 大輝は目を細めて覗きこむ。数秒したら目が慣れてきた。


 どうやらゴミ捨て場のようだった。食べ物類や衣服など様々の物が散乱し、蠅がブンブン鳴り響いている。しかも、一人の死体が転がっていた。腐臭を放つ、男性の死体だ。大輝らと同じ年頃の男性。服は制服では無く、白い服を着ていた。


 胸には赤い斑点がついている。刺殺されたらしい。惨劇当時に殺された人のようだ。


 「ひどいな……」


 「けど、榊原が確か聞いたって言ってたよな」


 影永呪縛について書かれたページが捨てられたという、廃棄場。


 恐らく、ここで正解だろう。


 「だけど、この中から探すのかよ」


 ゴミと死体の山を見下ろしながら、大輝はため息を漏らさずには居られなかった。


 しかし、赤座はしゃがみこんで、躊躇を見せる事無く豪快に両手で汚物を掴んで脇へ投げる。


 「俺はまだ死にたくないからね。探すしかない」


 「……ったく! 家に帰ったらシャワー浴びるかんな!」


 自分を鼓舞し、そのままゴミをあさる大輝。転がった死体をなるべく避け、二人で物色し続ける。


 数分ほどの物色の後、大輝は一枚の紙を拾い上げた。ノートの切れ端だ。


 見つけた! 思わず口元がゆるむ。


 「赤座」


 「あった?」


 紙は汚れていたが、読めないことは無い。すぐに廃棄場から出、草むらで手をぬぐう。臭いは残ったが、先ほどよりはましな状態にはなった。


 「なんて書いてあった?」


 「ちょっと待ってくれ」


 大輝はスマホを取り出し、光源を得るために電源をつけ、文字を目で追った。





 『た、呪術に使う専用の黒い本を利用する。この本はなにも書かれていない白紙の紙で形成されたものである。そこに自分の血を表紙に染み込ませ、影永呪縛を発動させる範囲の地図をページに書き記す。本を隠せば呪術は発動する。ただし本の入手は困難であり、どこにあるかは分かっていない。そのため、神月村で影永呪縛が行われた形跡や史実は存在しない。


 呪術が成功したら、その場にいる人間は黒い塊となり未来永劫自分が殺される激痛を味わいながら過ごすことになり、その場所は仮想空間として、人間は魂だけの存在として、異界へと連れ去られることとなる。取り扱いには注意。


 仮に成功してしまった場合、呪術を止める方法は一つしかない。呪術に使用された本を早急に処分する必要がある。』


 メモはそこで終わっていた。その後には誰かが焦って書いたと思われる走り書きがあった。


 「蔵書室が適任」


 二重丸で覆われたそれに、大輝は再び地図を見る。


 「……なるほどな」


 司書室の奥の鉄の扉。そこに、蔵書室と記された部屋の存在が明記されていた。


 「黒い塊って……」


 「多分、あの黒い影だろうな」


 惨劇があった時それは発動したとすれば、あの黒い影は、神月村の人間の成れの果てということか。


 一生、苦しむ。


 「誰だよ、こんな糞みてーな呪術やったのは」


 「けれど、呪術が成立したということは、本を何とか処分すれば」


 「現実世界に帰れる。もしくは、黒い影が消滅すると言うことかよ」


 しかし、蔵書室は司書室の奥。


 しかも、四桁の番号を入力しないと外れない鍵までかかっている。


 「……どうすりゃいい」


 完全に手詰まりだ。これ以上の先は考えられない。焦りだけが蓄積し、ただ果てしない草原を見つめ続ける。


 「入江……」


 「道が見えないのならば、こじ開けなさい」


 凛とした口調とともに、大輝は視線をあげる。


 「……ミツキか」


 緑色のペンダントが風に揺れる。気配もないまま、ミツキは大輝の背後に立ち尽くしていた。





 「何か用かよ」


 大輝の威嚇に似た問いかけに、ミツキは反応することは無い。赤座は突然現れた第三者に困惑している。


 「驚いたわ。影永呪縛までたどり着いているなんて」


 「……てめえのいう『彼』が仕掛けたのか? それともお前がやったのか?」


 喧嘩腰になる大輝と相反し、赤座は目を白黒させている。彼とは初対面らしかった。


 「仕掛けたのは彼。けれど、私も協力した」


 「共犯者か。なんで協力なんてしたんだ? こんな狂った儀式」


 こんな儀式を行い、館内の人々を黒い影に変え、未来永劫苦しませるなんて、正気の沙汰じゃない。


 「発言は控えるわ。……けれど、彼は、私を愛してくれた。流れ者で、いない者であった私のことを好きだと言ってくれた。私は二階にある小さな部屋へ来て、二人で愛をはぐくんだ。幸せだった」


 瞬間、ミツキの瞳に精気が宿る。薄い、薄い赤の瞳は、暗がりの中、とても美しく光を帯びた。悲しそうに眼を伏せたミツキは、真っすぐと大輝を見つめる。


 「あの鍵を付けたのは、彼よ。影永呪縛を遂行するために。その四桁の番号は、私を愛してくれた彼が設定した」


 緑のペンダントを弄びながら、ミツキは告げた。


 「全てを明らかにして。惨劇の全てを。この館の悪しき現実を」


 「待てよ」


 大輝の呼びかけに、ミツキは僅かに首をかしげる。


 「何?」


 「どうして助けてくれるんだ? お前の立場がいまいちわかんねーんだけど」


 ミツキは幽霊で、惨劇の中で殺された。そんな彼女が、どうして大輝達に協力する姿勢を見せるのか。そのメリットは、一体何なのか。


 「そもそもお前が俺達を罠にはめようとしてる可能性だって、まだ捨て切れてねーんだぜ」


 「入江、さすがにひどいよ」


 赤座が非難するものの、ミツキは構いませんと言う。


 「私は貴方を罠にかけようとはしていないわ。それだけは真実。私にも願望がある。そのために協力してるのに過ぎない」


 無表情のまま、ミツキは説明する。


 「願望……? は、園村と言い、どいつもこいつも秘密主義なもんだな、ったくよ」


 「ま、頑張ってね。応援はしているから」


 瞬間、再びミツキは消滅した。溶解と同じような、自然に溶ける消え方に、赤座は今度こそ素っ頓狂な声をあげる。


 「……いない者の部屋」


 木材で覆われ立ち入る事の出来なかった部屋。


 しかし、あの大地震。若葉らといた時に、天井が落下した。


 「まさか……行けるようになっているとか」


 まるでゲームだ。情報を見つけ活路を探す、ホラーゲームそのものではないか。


 「……とにかく、行くぞ」


 「当てはあるの?」


 「一応な」


 まずは影永呪縛の解除を何とかしなければ。





 「……ん」


 ズキズキする頭を抱え、琴音は意識を取り戻した。地面には血だまりができており、ひどい頭痛で、即座に先ほど自分が襲撃を受けたことを思い出す。二重、三重にぼやける視界の輪郭が、時間経過とともに正常へ戻ってきた。


 「左手首に、頭……ここに入ってから怪我してばかりね、私」


 あれから何分経った? それより、どうして自分は生きてるんだ? 殴り殺されたと思ったのだけれど。


 「天罰ね、自業自得」


 死体を侮辱することに傾倒するあまり周囲の警戒を怠った自分が可笑しくて仕方がない。


 遠くに転がったスマホを手に取る。画面はさらに割れていて、起動すらしなくなっていた。つまり、スマホに内蔵された時計も読めないことを意味している。


 「くそ……」


 何分気絶してた? 集合時間は? お姉ちゃんは?


 「階段に行ってみないと」


 痛みに震える体に鞭を打ち、琴音は左手を庇いながら歩き出した。





 階段前にいくが、人の気配は無かった。


 「遅かったのかな……それとも、早すぎた?」


 後者は無いなと琴音は悟る。気絶する前、集合時間はあと少しと言う時間帯だったから。若葉、晴美、大輝の三人は、琴音からすれば生きてるかどうかすら分からない。だいぶ前に大輝に会ったきりだ。お姉ちゃんは、ここに来たのだろうか。


階段を苦し紛れに蹴りあげる。全てがうまくいかない。全てが裏目に出る。ここにきてから頭がおかしくなりそうだ。自分が保てない。


「人の道を行くか、本能に従い動くか」


 カランと言う、瓦礫が転がる音とともに、女性のか細い声が響く。


 「……生存者?」


 「幽霊。ミツキと言います」


 緑のペンダントを撫でながら、女性――ミツキと言う女性は、琴音の目の前に立つ。


 「幽霊、ね。気でも触れたのかしら?」


 「事実よ」


 そう言いながら、ミツキは自分の腹部を見せた。赤黒く、骨が見えた大きな傷口。黒いワンピースは、まるで背後の暗がりと同化していた。


 「目を背けないのね。入江とは大違い」


 「あいにく死体には慣れたので」


 「確かにね。死体損壊も甚だしいし」


 「見てたんだ」


 見られている視線は無かった。なるほど、どう見ても生きている人間のそれでは無い。


 「……入江に会ったの?」


 「ええ。赤座と行動してる。多分榊原と皆川も無事」


 赤座。やはり自分達の他に生存者がいるのか。


 「お姉ちゃんは……園村花音は無事なの?」


 「さぁ。分からないわ。私も生存者の数は把握してない。見つけてもすぐに人は死ぬ。『彼』のように。人は刺したり殴れば簡単に死ぬわ。ゴキブリより容易に」


 「だから、把握してない」


 ポーカーフェイスを保ちながら、琴音は最悪、と内心考察する。


 自分が死んだからということもあるだろうが、他人を利用し、人の命をなんとも思っていない、俗に言うサイコパスにも似た人格。


 ――――信用できる対象ではない。この人に姉の生死を問うても無駄だ。唯一、ほかの三人と、赤座と言う人が生きているのは恐らく信じられる。それだけは琴音の心の支えになった。


 「……死体を傷つけると、いつかあなたも絶望に駆られることになるわ」


 「さっさとここから出たいのだけれど。お姉ちゃんと、若葉ちゃんらと一緒に」


 「ならば、この呪いを解き明かして。そうすれば、きっと――」


 それだけ言い残し、彼女はそのまま姿を消した。溶けるような消え方に、なるほど、人間じゃないわねと納得する。


 消えたミツキがいた所に向かって、琴音は呟く。


 「あいにく、姉を失う以上の後悔はしないと思うわ」


 安心したいがために、琴音はポケットに手を入れ、姉からもらったお守りを手に取ろうとする。


 が。


 「……! 嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘!」


 ポケットの中をまさぐっても、お守りが入っていない。もう片方のポケットも探るが、こちらにも無い。


 「どうして」


 どこかで落とした? お姉ちゃんからもらった、あんな大切な物を? けれどそうとしか考えられない。最後に存在を確認したのはいつだった? お姉ちゃんを追う直前にポケットに収まっていたのは覚えている。だとしたら、落としたのは瓦礫を上っていた時に……!


 「大丈夫、道は覚えてる」


 どうか、あってくれよ。


 そう願いながら、琴音は元来た道を再び引き返し始めた。


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