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6/26

6限目 そしてミイラ取りはミイラになる

 教師には土日出勤というものが存在する。

 そうだ。部活動だ。

 毎週土日の午後は、練習を見ることになる。


 特に俺が副顧問をしているサッカー部は地方大会の真っ最中だ。

 会場への移動時間、生徒のアップ時間と試合をしている時間、時間があれば学校でミーティングを行うこともあり、丸1日潰れることなんてざらにある。


 そして、今日が地方大会1回戦だった。


 ちなみに俺にサッカー経験はない。

 そもそもスポーツ全般が得意じゃないし、中高大学と文化系のクラブだった。

 そんな俺が何故、副顧問をやっているかというと、単に副顧問がいないというだけであった。


 サッカー部の顧問をしている猪戸(ししど)未来(みき)先生は20代後半の女性体育教員だ。

 普段は気さくで話しやすい体育教員なのだが、1度部活となれば、その纏う雰囲気は、定年間近の名監督のように落ち着いている。

 今も試合の戦況を腕を組んだままじっと見つめていた。


 猪戸先生は決して根性論を振りかざさない。

 だが、理路整然と生徒の悪いプレイを指摘し、時に声のトーンを上げて圧迫する。

 横で見ている身からしても、怒鳴り散らしてくる方がよっぽどマシだと思うほどの圧力だ。


 一方でサッカーが好きなのも伝わってくる。

 サッカーの話をし出すと、止まらなくなるのだ。

 聞けば、日本代表候補にまでなったそうだが、大学の時に怪我で引退し、教員を目指すことにしたらしい。


 試合は前半の始めに1点を先制される苦しい展開になった。

 初戦の硬さがもろに出た形だ。

 そこからスコアは動かなかったが、後半ロスタイム間際に立て続けに、2点を入れる大逆転劇で初戦を勝利で飾った。


 ゴールが決まった時は、オフサイドの「お」の字も知らない俺も、思わず立ち上がって生徒たちと一緒に喜んだが、来週も試合と考えると、若干憂鬱ではあった。


 幸いにも本日の最終試合だったため、ミーティングはなし。

 現地解散ということになったのだが、俺は猪戸先生に捕まった。


「玄蕃先生、1杯どうですか?」


 ――来たッ!


 俺は思わず心で叫んだ。

 猪戸先生の酒豪ぶりは、学校では有名だ。

 男性体育教員が束になっても勝てず、二色乃高校の酒呑(しゅてん)童子(どうじ)といわれている。


「先生、俺は飲めないですよ」


「大丈夫。私が飲みたいだけだから」


 猪戸先生は試合の興奮冷めやらぬといった様子で、杯を呷るような仕草をする。


 時間は17時前だ。

 いくらなんでも2時間ぐらいで終わるだろう。


 そう高を括っていた俺だったが、完全に当てが外れた。

 よほど今日の勝利が嬉しかったのだろう。

 美酒に酔いしれた我らが酒呑童子殿は、まさに酒を浴びた。


「熱い……」


 と言って、ジャージの前を空ける。

 よっぽど熱かったのだろう。Tシャツが汗に濡れていた。

 おかげで、薄らと下着が見えている。

 俺は目のやり場に困りながら、よく浸かったたくわんをボリボリと食っていた。


「ん? 玄蕃ちゃん? 食べてるぅ?」


 俺は下戸だから、飲み会では食う方に徹している。

 だが、今日は食の方も控えていた。

 サラダか、漬け物を食べながら、お腹を誤魔化す。


 ちなみに猪戸先生は逆でご飯はあまり食べない。

 見ての通り、もっぱら酒だ。


「帰ったら、ご飯があるので」


「ん? あれ? 玄蕃ちゃん、一人暮らしじゃなかったか?」


 酔っぱらってるのに、何故かこういう所だけは鋭い。


「帰ってくるのが遅くなるから、あらかじめ作っておいたんですよ」


「ホントぉ? 実は彼女と同棲でもしてるんじゃないの?」


 ――彼女……!


 ふと脳裏をよぎったのは、白宮このりの顔だった。


 待て待て。

 何故、白宮の顔が浮かぶ。

 あれは、教え子だぞ。


「あれ? 黙ちゃった? もしかして、図星?」


「そそそそそそそんなことあるわけないじゃないですか!」


「動揺しているところが、怪しいにゃあ」


 何故、そこで語尾に「にゃあ」と付けた!

 完全に酔ってるな、この人。


「くぅぅううううう! 悔しい! 玄蕃ちゃんに恋人がいるなんて! 裏切り者! おたんこなす!!」


「違いますから……」


「悔しい! 今日はとことん飲むわ。玄蕃ちゃんもなんか頼んで。今日はあたしの奢りだから。ね! 大将、鳥の唐揚げ1つね」


 猪戸先生は勝手に注文する。

 やがて竜田揚げ風の唐揚げが、俺の前に運ばれてきた。

 からっと揚がった黄金色の衣。

 揚げたての唐揚げは、いまだじゅうじゅうと音を立て、白い油紙の上に鎮座していた。


 ごくり……。


 俺は思わず息を呑んだ。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



 気が付けば、店を出た時には22時だった。


 猪戸先生は今日の試合がよっぽど嬉しかったらしい。

 21時には酔いつぶれ、そして寝てしまった。

 その後、空白の1時間何をしていたかというと、俺は応援を呼んでいた。

 猪戸先生と親しい女性教員に電話し、猪戸先生を送ってもらうためだ。

 男の俺が送ると角が立つ。

 変な噂を立たれても、困るからな。


 1時間後、ようやく応援が到着。

 猪戸先生は無事、タクシーで回収されていった。


 今から二色ノ荘に帰ると、23時だ。


「さすがに、今日は無理だな」


 白宮と一緒にご飯を食べる約束。

 時間を指定したわけでもないし、毎日来るとも俺は言っていない。

 それにこの時間だ。

 育ちのいい白宮のことだから、もう寝ている頃だろう。


「まあ、一応連絡だけ入れておくか」


 酒の席では何度か思ったのだが、酔った猪戸先生の目から逃れることは難しく、猪戸先生が酔いつぶれてからは、それどころではなかった。


 携帯を取りだし、画面にアドレス帳を開く。

 そこで俺はある重大なことに気付いた。


「俺……。白宮の携帯の番号知らないんだった」



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



 いろんな意味で重い重い足を引きずり、俺はようやく二色ノ荘に生還する。


 アパートの周りは静まり返っていた。

 遠くで犬の鳴き声がする。

 二色ノ荘の前の道路を車が横切り、排気音だけを残して去っていった。


 静かな夜だ。


 俺は自分の部屋の扉のノブを捻る前に、ちらりと白宮の部屋を見る。

 やはり静かなものだった。

 もう寝てしまったのだろうか。


 ――仕方ないよな。


 俺はお腹をさすりながら、部屋の中に入る。

 照明をつけると、いまだ家事の痕跡が見えない自分の部屋を露わになった。

 当然、白宮の料理などない。

 久々にウィンダーをインするべく、冷蔵庫を開ける。

 その時、扉をノックする音が聞こえた。


 ――まさか……。


 慌てて扉を開ける。


「白宮……」


「こんばんは、玄蕃先生。今日も一緒にご飯食べましょう」


 タッパーに入ったおかずを俺に掲げてみせた。


 ふわり……。


 食べ物の匂いが鼻を衝く。

 瞬間、俺は何か言うべき事をすべて忘れてしまった。


「お邪魔しますね」


 白宮は俺の隙を突く。

 するりと俺の脇に潜り込むと、俺の部屋の中へと入っていった。


「あ、ちょっと待て! 今、部屋の中は――」


「うふふふ……。なんですか? 彼女さんでも連れ込んだのですか。だとしたら、私が出てきて、大修羅場ですね。この泥棒猫~、とか?」


「そんな訳ないだろ」


「じゃあ、エッチな本とか? それとも動画かな? 定番ですけど、先生の趣味嗜好を知るのも悪くない」


「お前、何言ってんだ! てか、楽しんでるだろう!」


 白宮は短い廊下をあっという間に駆け抜けていく。

 そしてキッチンへと踏み込み、立ち止まった。

 いや、立ち止まらざる得なかっただろう。


 なんとも男の1人暮らし臭がする部屋だったからだ。


「思ったより、片づいていますね」


「お前、これを見てそう言えるのか」


 凄いな。

 感心するわ。


「いえ。もっと弁当の空き箱とか、カップ麺が汁の入ったまま放置されていたりとか、そこに蛆が湧いていたりとか」


「どんな部屋を想像してたんだよ」


 とはいえ、笑えない想像力だ。

 つい昨日までそうだったとは言えない。

 多少片づけておいて正解だった。


「まあ、いいでしょう。掃除は今度にして」


「お前、俺の部屋を掃除するつもりか」


「今は、食べる場所の確保ですね」


「だったら、白宮の部屋で食べればいいんじゃないか」


「たまには先生の部屋で食べるのもいいでしょ?」


 たまにはって……。

 まだ俺たち1回しか食べてないぞ。


 そう言って、白宮はタッパーを脇に置く。

 部屋着にしているジーンズのパンツのポケットから白い袋を取り出すと、バッと広げた。

 手早くテーブルに置かれた空き缶やペットボトルを入れていく。

 テーブルの上に何もなくなると、今度はテーブルに放置された布巾を絞って、丁寧に埃や汚れを拭き取った。


 あっという間に、部屋の一区画が綺麗になる。


 幸い一人暮らしの俺の部屋には、椅子が2脚存在する。

 来客用と思って買ったのだが、栄えある1人目が教え子になるとは思わなかった。


「私のために用意してくれたんですか?」


「そんなわけないだろ」


「残念……。では、食べましょうか」


 白宮はタッパーをテーブルの上に載せた。

 タッパーが開かれる。


 キャベツと油揚げの和え物。

 カボチャの煮物。

 さらには雑穀米だ。


 一際目を引いたのが、鳥の唐揚げだった。


「おおおおおお!」


 俺は思わず目を輝かせる。

 自然と涎が溢れてきた。


 ぐぅぅぅううう……。


 大きな腹音が俺の部屋に響いた。

 ステンレスボトルから家にあった椀に、ネギと豆腐の味噌汁を注いでいた白宮の手が止まる。キョトンと目を丸くした顔を見て、俺は「あ、可愛い」などと不覚にも思ってしまった。


「もしかして、この時間まで何も食べてなかったんですか?」


「あ、ああ……。ま、まあな」


「ど、どうして?」


「ん? そりゃあ決まってるだろ?」



 白宮と一緒に食べるために決まってるじゃないか……。



「え?」


「あ! 白宮、味噌汁」


「え? あ? キャッ!」


 ボトルから注いだ味噌汁が、椀から溢れていた。


「大丈夫か。火傷してないか?」


「た、多分……」


「ちょっと待ってろ。確か氷ぐらいは?」


 俺は冷凍庫を引く。

 買ってから、ずっと製氷器にかけっぱなしの氷を解放すると、小袋に詰めて、白宮に渡した。


「これで冷やしてろ」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。そう大事には」


 白宮はテーブルにこぼれた味噌汁を拭う。

 テーブルから垂れて、すでに床にも溜まりができていた。


「俺がやっとくから。お前、手を冷やしてろ」


「は、はい」


 俺は布巾を取ると、掃除を始める。


 床にこぼれた味噌汁を拭いながら、白宮に言わなければならないことを話した。


「白宮、今日は遅くなってすまなかったな」


「……別に気にしてませんよ。強制というわけじゃないですし、玄蕃先生には玄蕃先生の事情もあるんですから。だから、無理することはないですよ」


 白宮はあっさりと許してくれた。


 ひとまず俺はホッと胸を撫で下ろす。


「ま、それは俺も思ったんだが……」


「だが?」



「お前の作るご飯がおいしくて、正直外で食べてくる気がしないんだ」



 きゅぅう……。


 ん? なんだ? 今の擬音は?


 振り返ると、何故か白宮はテーブルに向かって顔を伏せていた。


「どうした? 白宮?」


「なななななななんでもありません」


「いや、その割には顔が――」


「なんでもありませんから!!」


 白宮は頑なに自分の顔を隠すのだった。


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