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22限目 教え子の誤算

お待たせしました。

 今日は週末である。

 私は朝に学校の課題と復習を終わらせ、部屋で本を読んでいた。


 ぎぃぃいいいいぃいいぃ……。


 すぐ隣で魔女の悲鳴が聞こえた。

 おそらく玄蕃先生だろう。

 続いて、施錠する音が聞こえると、足早に二色ノ荘の敷地から出ていく足音が聞こえた。


 玄蕃先生は例によってサッカー部の引率だ。

 今日はベスト8がかかった大事な試合なのだという。

 うちのサッカー部は古豪と言われているが、最近は2回戦、3回戦落ちが続いていた。 だけど、顧問が猪戸先生になってから指導を受けた3年生が、絶賛覚醒中で大事な場面でしっかりと点を取ってくれる――と、昨夜玄蕃先生が熱っぽく語っていた。


 サッカー部の副顧問を引き受けた時は、「何故、俺が?」みたいな顔をして、グランドでボケッと立っているところを幾度か目撃したことがある。

 だけど、今ではすっかりサッカー部の一員のようだ。


 今日は勝てば、もしかしたら猪戸先生の相手をしなければならない。だから、前みたいに遅くなるかも、と昨日のうちに宣言されている。今日、夕飯を食べるかどうかは、最終的にはRINEで連絡するのだという。


「はあ……。暇だわ……」


 私は部屋の絨毯に寝転び、おでこの上に読みかけた本を載せる。


 壁一枚の向こうに玄蕃先生がいない。

 それだけで何か空虚な気持ちになる。

 もしかしたら、今日は夕飯を一緒に食べることができない――いや、それどころか玄蕃先生の姿を一目すら見ることができないと思うと、少し心臓が痛んだ。


 それほど、玄蕃先生は私の生活の一部になっていた。

 前途多難だ。私は本当に自分の卒業まで待てるのだろうか。


「今日はまた唐揚げにしようと思ってたのに」


 独り言を呟くけど、応答するものはいない。

 あの小うるさいメイドも、天井裏から下りてくることはなかった。


「さっき声をかけていれば良かったな」


 また独り言……。

 こういう時、家に友達とかRINEする相手とかいないのは結構キツい。

 唯一の相談相手も黙りだ。


 私はごろりと寝返りを打つ。

 部屋の引き戸の向こうに、冷蔵庫が見えた。

 冷凍庫には昨日精肉店で購入した100g120円の激安国産ハーブ鶏の胸肉が入っている。「せっかく……」と独り言を呟きそうになってやめた。ただ恨めしそうに冷蔵庫を睨み付けるのみだ。


「あ……」


 私は上半身を起こした。


「そうだ。こっちから行けばいいんだ」


 時間を見る。

 まだ午前11時過ぎだった。

 試合は午後3時と言っていたはずである。

 試合会場も頭にインプットされていた。電車で1時間のところにある学校だったはずだ。

 細かい場所は、ネットで調べればいい。


「ただ何もないってのはね。はっ――――!」


 私はもう1度、冷蔵庫を見つめる。

 再度、部屋の掛け時計の方を見た。


「いけるっ!」


 自然と口角が上がる。

 すぐに立ち上がると、私はエプロンを首に駆け、腰紐をギュッと力強く結んだ。

 そして、天井を見つめる。


「ミネア! いるんでしょ!! 出てきて手伝いなさい」


 呼びかける。

 一瞬、沈黙した後、クローゼットの中からミネアは出てきた。

 寝ぼけ眼を擦りながら登場する。

 明らかに不機嫌だ・


「なんですか、お嬢さま……。わたくし、めっちゃ眠いんですけど」


「見たらわかるわよ。何をしてたの?」


「72時間ゲーム実況をして、グィンを50回ほど殺していました」


「ごめん。何を言ってるかわからない」


 てか、ゲーム実況って。

 この子、ユーチューバーかなんかなの?

 メイドに、忍者、ユーチューバー、クレープ屋もしてたような。

 どんだけ自分で属性を盛るのよ。


「副業の話は聞かなかったことにしてあげる。だから、手伝いなさい。あなたも……」


 私はニヤリと笑った。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



 いつも通り、ロングのウィッグに眼鏡を掛け、変装する。

 つば広の麦わら帽子を押さえながら、サッカー部の試合会場に急いだ。

 小さな猫ぐらいなら入れられそうな竹でできたバケットが、私の腕に下がっていた。


 会場が近くになる連れ、他校の部員らしき生徒とすれ違う。

 どうやら道は間違ってなさそうだ。

 校門をくぐり、校舎を横目に見ながら早歩きで抜けると、広いグラウンドに出る。


 ボッと音がした。

 サッカーボールを蹴る音である。

 声援が上がり、控えの部員が声を張り上げ応援していた。


 グランドを見ると、違うユニフォームの選手たちがサッカーボールを追いかけている。


「よかった……」


 うちの学校のユニフォームじゃない。

 まだ試合は始まっていなかった。

 右手の時計に目を落とすと、午後3時前だ。

 まだ慌てる必要がなかったのだ。


 玄蕃先生の姿を探す前に、一旦日陰に行って、息を整えよう。

 こんな汗びっしょりな姿を見られたくはない。

 振り返り、先ほどの校舎側の方に戻ると、意外な人物と目が合った。


「お姉様?」


 声と姿を見た時、思わず腕に下げていたバケットを取り落としそうになった。


 ちなみに私に妹はいない。

 しかし、「お姉様」なんて私を呼ぶのは、この世でただ1人しか知らなかった。


「こ、こんにちは、文子ちゃん」


 目の前にいたのは玄蕃先生の妹――文子ちゃんだ。


「お姉様!!」


「え? 何!?」


 いきなり文子ちゃんは目を尖らせる。

 今にも掴みかからんばかりの勢いで、私を睨めつけた。


「あたしのことは、あーやとお呼びくださいと何度言ったらわかるんですか?」


「ご、ごめん。あーやちゃん。悪気はないのよ」


 ただ――その……。

 将来の妹さんになるかもしれない人を、愛称で呼ぶのはなんか抵抗があるだけなの。


「まあ、いいです。ところで、お姉様。どうしてここに?」


「え? あ――それは…………」


 言えない。

 玄蕃先生の妹ポジションとして、応援しにきたなんて絶対に言えない!


 そう。私の計画はこうだ。

 さりげなく会場に侵入。

 玄蕃先生の妹として、うちのサッカー部に近づく。

 いつも通り、玄蕃先生を餌付けする。


 という作戦だった。


 ミネアには絶対失敗すると言われたけど、まさか本物の妹が会場に来てるなんて(白目)。


 私はまごまごしながら、回答を探していると、突然文子ちゃんの目が据わる。

 汗を掻いた額が、私を威嚇するようにつるりと閃いた。


「お姉様、もしかして……」


「な、何かな?」


「もしや……」


「…………(ごくり)」


「サッカー部の中に意中の人がいるとか」


「ちが――――」


 慌てて否定しようとした時、文子ちゃんは続けて言った。


「サッカー部の部員(ヽヽ)の中に、意中の人がいるんでしょ? 今日はその応援ですね」


「サッカー部の…………部員…………」


「あれ? 違いました?」


「え? う、ううん! 違わない。いや。違っているんだけど、違わないというか。うん。も、もうそれでいいや!」


 ええい! この際、仕方がない。

 そういうことにしておこう。

 玄蕃先生だって知られるよりは、百倍ましだし。

 それに文子ちゃんに知られるのはまずい。

 この子のお兄ちゃん好きは、筋金入りだ。

 知られると何をするか、想像ができない。

 体よく先生とゴールインできたとしても……。


『何、うちのお兄ちゃんに手を出してるのよ。その制服でお兄ちゃんを惑わしたのね。この泥棒猫!! もう2度と、うちの敷居をまたがないでちょうだい』


 とか言われて、家族が認めない悲恋な関係に……。

 それも悪くないかもだけど、できれば私と白宮家の関係が良好でない以上、先生の親族が頼りだ。

 ここでの失点はどうしても避けたい。


 何としてでも、バレないようにしないと。


「あ、文子――じゃなかった、あーやちゃんはどうしてここに?」


「お兄ちゃんが昨日教えてくれたんです。今日は大事な試合だって。だから、お兄ちゃんを応援に来たの!」


 う、うん。

 お兄ちゃんはプレイヤーじゃないからね。

 指揮官というわけでもないし。

 とはいえ、私が言っても説得力ないか……。


「そっか。えらいねぇ」


 動揺しまくりの私は、とりあえず文子ちゃんの頭を撫でて誤魔化した。


「お姉様も一緒に応援しましょう!」


 すっごいキラキラした目で私を見つめる。

 やめて、文子ちゃん。

 今、その目で私を見ないで。


 結局、私は文子ちゃんと応援することになり、再びグラウンドに戻っていく。

 すると、「あっ!」という声が聞こえた。

 二色乃高校のユニフォームを来た部員が、こっちに向かって手を振っている。


「もしかして、あれって」

「玄蕃先生の妹じゃね?」

「え? マジ?」

「玄蕃先生の妹?」


 それはスマホを玄蕃先生と一緒に買いに行った時の部員たちだった。

 その部員を皮切りに他の部員も反応する。

 最後に、「おーい。玄蕃先生の妹!」と試合前にもかかわらず、手を振っていた。


「わーい! 何故かあたし、大人気みたいです!」


 両手を使って、手を振り替えしたのは文子ちゃんだった。


 どうやら、文子ちゃんは自分のことだと思っているらしい。

 当然だろう。だって、本物の玄蕃先生の妹なんだもん。


 あは……。あははははははは……。


 はあ……。


 どうしてこうなったんだろう。


 私は死んだ魚の目をしながら、小さく手を振り返すのがやっとだった。


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