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隣に住む学校一の美少女にオレの胃袋が掴まれている件(なおオレは彼女のハートを掴んでいる模様)  作者: 延野正行


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19限目 冬瓜スープと冷しゃぶ

久しぶりに更新しました!

台風で大変かと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 ――やばい。遅くなってしまった。


 土曜の夜。

 俺は薄暗い路地を走っていた。

 時間が22時を回っている。

 すっかり遅くなってしまった。


 本日は例によってサッカー部の引率だ。

 我がサッカー部の快進撃は続いており、とうとうベスト8まで進んだ。

 こうなってくると、サッカーの素人な俺でも盛り上がってくる。

 チームの雰囲気もいい。

 そして猪戸先生のお酒も進んだ。


 ただ今日は猪戸先生のお酒に付き合ったのではない。

 試合の方は午後過ぎに終わり、俺はそのまま学校を目指した。

 実は泊まり込みの研修時にたまっていた仕事を、まだ消化しきれていなかったのだ。


 しかも、期末考査はもうすぐである。

 中間考査の時は、ほとんど指導担当の教員が作ってくれた。

 期末考査では、内容の一部を担当することになっている。


 進学塾では簡単な小テストぐらいしか作ったことがない。

 それに生徒のやる気を引き出すため、比較的易しい問題を選ぶ傾向にある。


 一方、高校のテストは全体の平均点を狙う必要がある。

 難しすぎてもダメ。簡単すぎてもダメ。

 50~60点ぐらいが理想だと、指導担当からはいわれている。

 それ故に、難しい問題と簡単な問題のバランスが重要なのだ。


 そのために、出題範囲内を精査する必要がある。

 教師もまた予習をしておかないと、仕事を進めることはできないのだ。


 そして、そんな風に仕事をしていたら、いつの間にか22時になっていたというわけである。


 警備員に呼びかけられなかったら、さらに仕事をしていたかもしれない。


 朝から引率、午後からは学校で仕事。

 ここのところ休みもろくにとっていない。

 さすがの俺もバテていた。

 幸い明日は久しぶりの休みだが、残念ながら家で仕事することになるだろう。


 ぽーん……。


 RINEにメッセージが届く。

 白宮からだ。


『夕食作って待ってます(^^) 一緒に食べましょう』


 どうやら甲斐甲斐しく待ってくれているらしい。

 白宮の忠節といえばいいのだろうか。

 あいつの気持ちには、いつも脱帽する。


 正直にいうと、こうも忙しいと、白宮のご飯が俺の唯一のオアシスになりつつあった。

 なんであいつが、俺と一緒にご飯を食べたがるのか、皆目見当も付かないが、今は白宮が作る料理だけが、俺の生きがいだった。


 ぐぅ……。


 そうだ、とお腹が抗議の声を上げる。

 俺は空きっ腹から無理矢理燃料を捻り出すと、二色ノ荘への帰路についた。





 ようやく二色ノ荘に辿り着く。

 今日の夜は、初夏にして涼しい方だが、二色乃高校から走ってきたので、汗だくだ。

 ネクタイなどとっくの昔に緩めていたが、ブラウスには汗染みができていた。


 ――一旦シャワーでも浴びてから白宮の部屋に行った方がいいだろうか。


 そんなことを考えたが、なんかそれはそれでやらしい。

 石鹸の匂いをさせながら、教え子の部屋に行くのもどうかと思う。

 それにそもそも今にもお腹と背中がくっつきそうだ。


 俺は自分の部屋に寄らず、鞄を持ったまま白宮の扉がノックした。


「はーい」


 いつも通りの声が聞こえてきて、涙が出るぐらいホッとする。

 やがて扉は、魔女の悲鳴のような音を立てて開いた。

 現れたのは、魔女ではなく、その魔女に毒リンゴでも食べさせられそうなお姫様然とした少女であった。


「お帰りなさい、玄蕃先生。あらあら、凄い汗ですね」


「学校から走ってきたんでな」


「そんなに私の料理が食べたかったんですか?」


「言ってるだろ。お前の料理は絶品だって」


「ありがとうございます。クーラーを強めにかけておいたので、どうか涼んでください」


「ありがたい」


 至れり尽くせりだな。

 二色乃高校の才女は、料理だけではなく、「おもてなし」の心も会得しているようだ。

 次のオリンピック誘致の際は、是非採用いただきたい人材である。

 まあ、これで教師に対する敬意というものを感じられたら、俺としてはいうことはないのだがな。


 白宮のいう通り、部屋の中は冷えていた。

 外の温度と比べると、まるで冷蔵庫の中に入ったようだ。


「俺はいいが、白宮は寒いんじゃないか」


「ご心配なく。お料理をすると、意外と汗を掻くので。今の温度は私にとっても、気持ちいいんですよ。さ、ご飯を食べましょう」


 花柄の刺繍がされた食卓カバーを開く。

 テーブルに突如出現した料理を見て、俺は思わず唸った。


 かつおぶしが載った真っ白なとろろ。

 麺汁とみりん、七味だけで味付けした甘辛のこんにゃく煮。

 サラダは氷で冷やされた赤いトマトだ。


 そして主菜はネギとわかめを和えた豚しゃぶだ。

 大皿に載り、白い脂身がきらきらと光っている。


 白宮は最後に軽く火を通したスープを加える。

 椀の中身を見て、俺は思わず涎を拭った。


「おお。冬瓜か……」


「はい。ちょうどスーパーで安かったので」


「そろそろ旬だもんな。今日もおいしそうだ」


「じゃあ、玄蕃先生」


「ああ……」


 俺たちは手を合わせる。

 パンと小気味の良い音が鳴った。



「「いただきます」」



 俺と白宮の声が、いつも通りキッチンに響き渡った。


 箸を構え、1番先に手をつけたのが、冬瓜のスープだ。

 椀を持ち上げ、中身を確認する。

 冬瓜とひき肉、さらに刻んだ卵とじが入っていた。

 匂いからして中華風だろうか。

 胡椒の匂いと、動物系、植物系問わず、様々な出汁の匂いが鼻腔を衝く。


 ずずずずっ、と我ながら豪快にスープを飲む。


 お腹が空き過ぎて、止められなかった。


「はあああああ……」


 熱々のスープが全身に染み渡り、思わず息が漏れる。


 ――うまい。


 中華スープの素に、胡椒、そして生姜を加えたシンプルな味付けだが、お腹にぐっとくる。ピリッとした低刺激が心地よく、スープと一緒に飲み込んだが卵とじが、歯や舌に絡みつく食感もグッドだ。


「さて……。では、冬瓜はどうだろうか?」


 扇状に切られた冬瓜を箸で摘まむ。

 スープに長い間使っていたのだろう。

 ウリ科とは思えないほど、トロトロになっている。

 このまま放置しておけば、スープの中に消え去るのではないかと思うほどだ。


 色もスープに染まっている。

 見ただけで、味が沁みているのがわかった。


 ポトポトと落ちるスープを、こちらから迎えに行く。


「んんんん……!」


 熱い。けど、うまい。

 やはり味が沁みている。

 先ほど飲んだスープを凝縮したような味が、一気に口内へと広がっていった。

 まるでスープの蜜でもなめているかのようだ。


 とろとろの食感も申し分ない。

 舌に載せた途端、はらりと消えて行く様は、食べていて不思議な感覚だった。


 喉を潤し、俺は1つ冷製トマトを摘まむ。

 甘辛コンニャクのピリッとした味を堪能し、ふわふわのとろろを味わう。

 とろろの冷たさがまたいい。

 荒い息を整え、いまだ熱を持った喉に、とろろが落ちていくと、得も言えぬほど気持ち良くなる。


 先ほどの冬瓜のスープで温められた胃にもよく、優しく冷えていく感じがした。


 さあ、いよいよ主菜だ。


 大皿に薔薇のように咲いた豚バラに箸を付ける。

 味付けはもちろんポン酢だ。


 唇に近づけると冷気が漂ってくる。

 一旦氷で冷やしたのだろう。

 やはり暑い日に冷製の豚しゃぶに限る。


 はむっ……。


「デリシャス!」


 思わず英語になってしまうほど、うまい。

 氷で締めるような形となった豚バラの食感がいい。

 噛めば噛むほど、旨みが出てくるし、ポン酢がさっぱりとした後味を演出してくれる。

 わかめの塩気もうまくマッチしている。ネギの食感も最高だ。


 一口食べただけで、今食べたどんなものよりも、口内が冷える。

 後味はさっぱりで後を引かない。

 だから、いくらでも食べれてしまう。

 気がつけば、俺は夢中になって食べていた。

 白飯を一緒に食べるうち、すぐに椀の中が空になってしまう。


「おかわりをもらえるか、白宮」


「もう遅いですよ、玄蕃先生。ほどほどに」


 そう言いながらも、白宮は半膳ほどの量の白飯を盛ってくれた。


 ありがたく受け取り、豚しゃぶと一緒に食べる。

 気がつけば、大皿の中にあった豚バラは消えていた。


「ふぅ……」


 やや膨らんだ腹を撫でる。

 腹八分目といったところの腹は、多幸感に満ちあふれていた。

 満足だ。


 すると、ポーンと白宮の部屋の掛け時計が鳴った。

 時間は23時だ。

 食べてすぐ帰るのもあれだが、あまり長居するのも待っていてくれた白宮にも悪い。

 俺は腰を浮かそうとしたが、その前に急激に瞼が重たくなった。


 ――やばい。ご飯を食べたら、急に眠気が……。


 帰らなきゃ。

 力を入れたが、急に意識が遠ざかっていく。


 台所に立った白宮が何か言ったような気がした。

 だが、俺は口を開いた瞬間、そのままぷつりと意識が途切れてしまった。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



「玄蕃先生、梨食べます? 今日ちょっとおかずをセーブしたので、果物を――」


 私が言いかけた時、不意にごとりと何か重たい音が聞こえた。

 まるで西瓜がテーブルから落ちたような音である。

 慌てて振り返ると、テーブルに突っ伏す玄蕃先生の姿があった。


「え? 先生!? 大丈夫ですか」


 包丁をまな板に置き、反射的に布巾で手を拭う。

 駆け寄り、その肩を揺らしたが、反応はない。

 代わりに聞こえてきたのは、小さな鼾だった。


「ね、寝ちゃった……」


 そっと私は玄蕃先生の顔をのぞき込む。


「ふふ……。だらしない顔」


 思わず笑ってしまった。

 だって、ゆるゆるの顔で犬が寝ているみたいだったから。

 涎も垂れてるし。


 でも、それは信頼の証でもある。

 私の部屋で、私の料理を食べて、寝ているのだから。

 ちょっと嬉しかった。


「先生……。こんなところで寝ると風邪を引きますよ」


 軽く肩を揺らしたけど、起きそうにもない。

 かなり深く寝入っているらしい。


「よっぽど疲れていたのね」


 それにしてもあまりに無防備だ。

 肩も腕も、頬だって触り放題になっている。

 玄蕃進一の大バーゲンだ。

 これは私にならいいということなのだろうか。


 私は手を伸ばす。

 玄蕃先生の髪にだ。


 1度触ってみたかった。

 頑なに真っ黒で、牧草のように柔らかそうな髪を。


 触れる……。


 やや汗で濡れていたけど、不快感はない。

 これが先生のものだと思うと、逆に愛おしくなる。

 そして思った以上に柔らかい。

 家で飼っていた愛犬を思い出す。

 あの子もよく食べたっけ。


「ふわ……」


 規則正しい寝息を聞いていると、こちらも眠たくなってくる。

 私は寝室から1枚のブランケット持ってくる。

 片側を玄蕃先生に、そしてもう片側を私に。


 先生に接近しながら、私もまたテーブルに突っ伏す。


「今日も1日お疲れ様でした、玄蕃先生」


 赤ん坊みたいに安らかな玄蕃先生の寝顔を見ながら、私は瞼を閉じた。


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