表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣に住む学校一の美少女にオレの胃袋が掴まれている件(なおオレは彼女のハートを掴んでいる模様)  作者: 延野正行


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/26

2限目 教え子の料理

 ――細い……。


 それが、湯上がり姿の白宮を見た俺の最初の感想だった。


 バスタオル越しでもわかるそのプロポーションは、息を呑むほど整っている。

 健康的で強い張りを感じる臀部。

 過度に大きくなく、さりとて女性的な膨らみを十分を感じさせる胸。

 バスタオル越しでも透けてみえるくびれは細く、触れるだけで砂楼のように崩れていきそうだった。


 学校一といわれるだけはある。

 その姿を俺は余すことなく驚きのあまり広げた眼孔に焼き付けた。


 ぽた……。


 濡れそぼった髪から落ちた滴がフローリングを叩く。

 その音を聞いて、俺はやっと我に返った。

 そして、先ほど白宮が言った一言の分析が、ようやく完了する。


玄蕃(げんば)……。先生……」


「はい。……あら? お名前を間違っていましたか?」


 白宮は首を傾げる。

 俺は首を振る。


「いや、そうじゃなくて……。なんで、俺の名前を……」


「知ってますよ。二色乃高校の新任教師。科目は世界史担当。受け持ちは1ーAと……」


「ああ。わかった。もういい」


「間違ってました?」


「心配するな。大当たりだ」


「ファイナルアンサー?」


「ふぁ、ファイナルアンサー……」


「良かった」


 何故か、白宮はクイズ番組で正解したアイドルみたいに喜んでいた。


「聞くが、白宮」


「はい」


「もしかして、お前……。俺が隣に住んでいるの――」


「知ってましたよ」


「……………………いつから?」


「玄蕃先生が隣に越してきた時から」


 はあ……。


 思わず俺は脱力した。

 隣に学校一の美少女が住んでいたことすら驚きなのに、その美少女に自分が教師であることはおろか、隣に住んでいることを把握されていたとは。


 マヌケだ、マヌケすぎる……。

 穴があったら入りてぇ。


 ――って、何を俺はがっかりしているのだろうか。


「先生……。そろそろいいのではないですか?」


「何が?」


「わ・た・し・の・は・ん・ら」


 白宮は満面の笑みを浮かべて笑う。

 完全に教師をからかってる時の女子高生の顔だ。


 俺は大人しく制服を差し出す。

 落ちていた生徒手帳も添えておいた。


「玄蕃先生」


「なんだ? 覚悟ならできてるぞ」


「何の覚悟ですか?」


「ケーサツ」


「警察!?」


「知らなかったとはいえ、教え子の半裸を覗いたんだ。さすがに、これは事案だろ」


 減俸? それとも免職(くび)だろうか。

 はあ……。

 短い教師生活だったな。

 また塾講師のバイトでもやるか。

 あれもあれでブラックだったが、俺にはそっちの方が合ってる気がするし。

 少なくとも、教え子の半裸に遭遇することはないだろう。


 すると、白宮は腰を折って、クツクツと笑った。


「そんなことしませんよ。先生は命の恩人なんですから」


「命の恩人って……。人間の背丈ぐらいある蜘蛛から、お前を守ったわけじゃないぞ」


「それでも、私は嬉しかったですよ」


 ん? なんだ?


 今、白宮の顔が赤くなったような気がしたが……。


 すると……。


「へくち……」


 白宮は小さくくしゃみする。

 くしゃみまで可愛いとは。

 学校一の美少女は徹底しているらしい。


「早く着替えろ。教え子の半裸を見た挙げ句、風邪なんて引かせたら、本当に教師失格だ」


「玄蕃先生って真面目ですよね」


「早くしろ」


「はーい」


 白宮はくるりと回れ右をし、浴室へと戻っていく。


 なんか調子狂う。

 それもそうだろ。

 教え子の半裸……じゃなくて、なんだかイメージが違う。

 学校で見た白宮と、今ここにいる白宮が全然違うのだ。


 二色乃高校では、清楚然としていて、少し近寄りがたい雰囲気を醸しているのだが、今の白宮はなんというか……。


「楽しそう?」


 我ながら曖昧な回答しかできない。

 そもそも白宮との会話は、授業以外では初めてなのだ。


「あ。先生」


 ひょこりと白宮は浴室から顔を出す。

 ついでに先ほどの生徒手帳を摘まみ、ヒラヒラと振った。


「何か見ました」


「あ? 別に……。お前の真面目そうな顔写真と名前しか見てないよ」


「そうですか」


「何か人に見られてはいけないものでもあったのか」


「――――ッ!」


「ん?」


 なんだ、その反応は?


 図星か?

 彼氏の写真でも入れていたのだろうか。

 まあ、白宮も女子高生だ。

 プリクラか何かだろ。


「わかりました。もういいです」


 白宮は再び引っ込んだが、また顔を出した。

 随分と慌ただしい。


「先生、まだ帰らないでくださいね」


 俺に反論の隙すら与えず、白宮は浴室の中に消えて行くのだった。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



 するする、と衣擦れの音が6畳のダイイングキッチンに響く。


 制服に着替えた白宮は、俺の前でエプロンを着ていた。

 ピンクに、向日葵のワンポイントの刺繍が入っている。

 首に紐を通し、気合いを入れるようにエプロンの腰紐を結んだ。

 最後に髪をヘアゴムで纏めた。


 何が始まるんです?


 と俺が待っていると、白宮は右手にお玉、左手にフライパンを装備した姿を披露する。


「何が食べたいですか?」


「は? どういうことだ?」


「忘れたんですか? お礼です。お礼にご飯を作っちゃいます」


「いや、お礼なんて俺は――」


「それとも私の半裸が良かったですか」


「それはできれば、記憶から消したい」


 消したくないけど……。

 あと、女子高生が「半裸」とか連呼するなよ。


「だから、さっきのは不可抗力として……。ご飯でお礼させて下さい。ああ。ご心配なく、料理の腕はそれなりに自信がありますから」


「そういえば、さっきちょっと食べたコールスローはおいしかったな」


「ああ。女子高生の肌とか髪に付いた」


 ――言い方!!


「おいしかったですか?」


「まあな。味付けの加減も良かったし、レモン汁の酸味も効いてて良かった」


「そうですか。ただ残念ですが、材料を全部台無しにしてしまって、その――」


 白宮は項垂れる。


「そうか。じゃあ、またの機会ということで」


「ダメです。お礼をするまで帰しません」


 お礼をするまで帰さないって……。


 とんだ鶴の恩返しだな。

 別に気にしなくてもいいのに。

 ともあれ、白宮の料理がうまいことは確かだ。

 正直にいうが、あのコールスローを食べてから、疲れで意気消沈していたお腹が活発に動いている。


 家庭の料理というと大げさだが、俺がそういうものに憧れていることは事実だ。


「わかった。ご相伴に預かるよ。メニューは任せる」


「はい」


 見事なターンを決めた白宮は早速、料理を始めた。


 料理が得意というのは本当らしい。

 手つきが慣れていた。

 調味料の量も身体が覚えているようだ。

 ほぼ目分量で調整していく。

 何より楽しそうだ。


 じゅっ……。


 料理の音が鳴った。

 香ばしく、そして懐かしい匂いだ。


 今作っているのは、卵焼きだろう。

 数回に分けて、四角いフライパンに溶いた卵を流し込んでいく。

 やはり手慣れたものだ。

 軽く鼻歌を歌いながら、卵を巻いていく。


 リズムに合わせて、学校のプリーツスカートが揺れた。


 俺はちょっと目のやり場に困る。


 フライパンから下ろした卵焼きをラップで巻いて、粗熱を取ると、次はまな板を取り出した。


 たんたんたんたんたん……。


 お腹を刺激する軽快な音が鳴る。

 白宮は大根を切り始める。

 短冊切りにすると、厚揚げを角に切り、さらにネギを切る。

 その材料をネギだけ残して、あらかじめ火にかけておいた鍋に投入する。


 だし汁は昆布だろうか。


 磯の良い香りが狭いダイニングキッチンに漂う。


 最後に味噌を入れて、一旦火を消した。

 白宮の動きは止まらない。

 隣のコンロにフライパンを置くと、クッキングペーパーを敷く。


「コンロを2つ使ってるの、初めてみた」


 このボロアパートの目玉の1つが、2つのコンロが完備されていることだ。

 不動産屋がそう勧めていたから間違いない。

 だが、俺は1度もその利点を生かしたことがなかった。


 そのクッキングペーパーに載せたのは、鮭の切り身だ。

 なかなかの大振りで、ほんのり紅色が差している。

 それをクッキングペーパーを敷いたフライパンで焼き始めた。


 じゅうぅぅぅ、というくぐもった音とともに香りが漂ってくる。


「うまそうだな」


 俺はごくりと唾を呑む。

 すでにお腹が悲鳴を上げていた。


 両面を焼き、中までしっかりと火を通す。

 さらに横で待機していた味噌汁が入った鍋にも、火を入れて温め直しはじめた。


 慌ただしく食器を取り出し、出来上がった料理を皿に盛る。

 とんとんとん、小気味良いリズムで、テーブルに料理が並べられていった。

 花瓶の1つも置かれていなかった殺風景のテーブルが、まるで魔法のように料理で彩られていく。


 白宮は冷蔵庫からインゲンの胡麻和えを出すと、忘れず味噌汁の上に刻んだネギを散らし、最後に白米を俺の目の前に置いた。


「おお……」


 俺はテーブルを見ながら、思わず唸った。


 それは高級食材をふんだんに使ったフレンチでもなければ、ゴージャスな中華でもない。

 まして、この道云十年という料理人が腕を振るった懐石料理というわけでもなかった。


 テーブルにあったのは、誰でも1度は食べたことがある家庭料理だ。


 焼きたての鮭の切り身。

 白い湯気を立てた味噌汁。

 ふんわりとした卵焼き。

 小さく可愛い小鉢に入ったインゲンの胡麻和え。

 手をかざすと温かみが伝わってくる白いご飯。


 特に凝った要素はない。

 それでも、俺にはどんな豪奢な料理よりも愛おしく見えた。


 そりゃあ実家に帰れば、食べられる料理かもしれない。

 けれど、赴任先近くのアパートで食べる日が来るとは思わなかった。

 しかも、それを作ったのが、俺の教え子である。


 俺は対面に視線を向けた。

 まるで旅館の女将みたいにお盆を抱えた白宮は、目を細め微笑む。

 反射的に背筋が伸びた。

 ドキリ、と教師にあるまじき音を聞いたような気もする。


 その音が白宮にも聞こえたのだろうか。


「どうぞ召し上がれ」


 と言った。


 その言葉は何かの呪いだったのだろうか。

 俺の手は吸い寄せられるように、まず味噌汁へと向かう。

 まだ熱いお椀を、我慢しながら両手で持ち上げた。


 ずずっ……。


 一口味噌汁を啜った。


「ほう……」


 うまいとか、おいしいではない。

 俺の第一声は自分でも訳のわからない一言だった。

 間違いなくおいしいし、腹の中に味噌汁の熱が伝わっていくのがわかる。

 出汁もよく利いていて、奥深い味が舌を刺激した。


 でも、それだけではない。


 安心できる味だった。

 このまま味に身を委ねたいと思うような――そんな味だ。


 箸を持ち、具材を摘まむ。

 まだ大根に味が染みこんではいなかったが、本来の味を楽しめてそれもいい。

 ひたひたになった厚揚げは熱く、口の中を一気に温かくした。


 次に鮭の切り身に手を伸ばす。

 外は焼き目が付き、皮はパリパリ。

 だけど、中身はしっとりとして柔らかい。

 絶妙な塩加減が、白米とよく合う。

 昨日までウィンダーだけで十分だった腹が寄越せと欲する。

 俺はいつしか夢中でかっ食らっていた。


 卵焼きの味付けも上品だ。

 薄すぎず、さりとて濃すぎず。

 でも、しっかりと味を感じることができる。

 目分量とは思えない、良い加減だった。


 冷蔵庫の中で眠っていたインゲンはひんやりとしていて、熱くなった口内にはちょうど良い。シャキシャキと音を立て、胡麻の風味とともに鼻腔にまで広がっていく。


 贅や、細部まで工夫を凝らした感じはしない。

 本当にどこにでもある優しい家庭料理だ。

 それでも、俺の箸が止まることはなかった。


 気がつけば、俺の前にあった皿は空になっていた。

 あるのは、味噌汁の椀に入った味噌カスと、鮭の切り身の焦げ目だけだ。


 はたと視線に気付いて、俺は顔を上げる。

 白宮が微笑んでいた。


「す、すまん。俺だけなんか夢中になって食べてしまって」


「おいしかったですか?」


「あ、ああ……。おいしかった。白宮は料理もできるんだな」


「も?」


「勉強もできるし。体育だって、成績良いだろ」


「私のことをよく知ってるんですね」


「い、いや……。職員室で話題になってるから」


 俺はしどろもどろに答える。

 しかし、学校一の美少女は俺の答えがお気に召さなかったらしい。

 何故かむっとした顔で、味噌汁の椀を拾い上げる。

 慎ましい音を立て、味噌汁を啜った。


「おいしい……」


「そりゃあ、自分で作ったんだから」


「そういうことじゃなくて」


「だったら、なんなんだ」


「玄蕃先生」


「なんだ、改まって……」


 言葉通りの意味だった。

 白宮は椀を置くと、付けていたエプロンを脱いだ。

 丁寧に畳み、テーブルの脇に置くと、シュッとブラウスの襟を正す。

 真剣な目で、俺に言った。



「私の話を聞いてくれませんか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍化予定作品。最強の村人の成り上がり!
『劣等職の最強賢者~底辺の【村人】から余裕で世界最強~』

コミカライズ版配信中! 能無し料理人の成り上がり!
『ゼロスキルの料理番』

発売中! 娘の力が強すぎて覚醒したアラフォー男の伝説譚!
『アラフォー冒険者、伝説になる~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました』


これを読んでお腹空いた人は是非こちらもよろしくお願いします。
↓↓画像をクリックすると、公式HPに行けます↓↓

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large

ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ