情熱の街
「ふあー、やっと着いたなー」
タブルスは両手を上に伸ばして体をほぐす。
陽が傾き、地上が橙色に染まる頃、漸く一行は街に辿り着いた。
「アビイ君。初めての長旅で疲れたじゃろ。まずは、宿を探すかのう」
砂漠地帯に浮かぶ緑地に、この街は形成されていた。
きっとこの辺りに水源があるのだろう。
背の高い木や美しい花々。
中央広場には噴水もあり、緩やかな小川が街の中を流れていた。
店先にはほんのりと鮮やかな黄赤色の光が灯り出し、街が夜の顔へと変化していく。
一行は無事に宿を取り、夕食へと街に出かけた。
「なかなか雰囲気の良い街じゃんか」
「そうだね。…ねえ、何か聞こえない?」
タブルスと話していたリスイアは、ふと聞こえてくる音色に耳をすませた。
木をくり抜いたところに弦を張った楽器を掻き鳴らす男と演奏者たち。
手拍子と足を踏み抜く音、そして掛け声をかける男。
丸い小さな楽器を打ちながら、足元まで長い裾広がりの布を振って踊る女性。
それは闘いの儀式のような、男と女の駆け引きのような、熱い情熱がぶつかり合う舞台であった。
リスイアたちが扉を開けると、大勢の人の熱気に包まれていた。
「うわー、すげーな」
「中はこんなに人がいっぱいいたんだね」
「これは宴かな?」
「ホッホ。まあ、どこか席に座るとしようかの」
円卓テーブルに四人は座り、食事を楽しみながその歌と踊りに酔いしれていた。
色とりどりの野菜と豪華な肉と魚の焼き物、黄金色に輝くスープなど、今まで見たこともないような国際色豊かな食事だった。
「めっちゃうめー!!」
「なんだろーこれ…美味しい」
「ホッホ。たんと食え」
タブルスもアビイも勢いよく料理を口に運んでいる。
リスイアは料理を摘みながら、舞台で華麗に舞う女性に釘付けだった。
「なかなかの美人さんじゃのう。リスイアは、ああいうのがタイプかね?」
「ち、違いますよっ!」
ザミアに突っ込まれ、照れるリスイア。
「まあの、むさ苦しい男だけの旅も、ちと寂しいからの。今度はうら若き女子に出会えると良いのう」
リスイアには女性と接触した記憶がなかった。
良い思い出なら思い出してみたいが、悪い思い出だったなら思い出さなくていい。
記憶を無くしてよかったのか、今はなんとも言えなかった。
「さて、儂は酔い冷ましに、その辺りを歩いてから帰るとするわい」
「じゃあ、僕らは先に宿に戻りますね」
店先に出たところでザミアと別れ、子どもたちは宿に戻ることになった。
タブルスとアビイは並んで歩きながら、街のあちこちを物珍しそうに見てはしゃいでいる。
日が落ちても生温かい風が柔らかく吹き抜けていく。
ふんわりと花のような甘い香りがした。
この香り…どこかで…。
リスイアは脳裏を掠めるこの香りを思い出そうとしていた。
宿に着いた三人は沐浴した後、寝巻き姿になり、それぞれベッドで寝転んだ。
タブルスとアビイは、疲れたのか満足そうに深い眠りについたようだ。
ザミアに拾われてからリスイアは、毎晩眠る前に過去の記憶について考えていた。
どこで生まれ育ち、暮らしていたのか。家族はいたのか。
この有色の髪を持つ自分は、本当に何か特別な力を持っているんだろうか。
あのアビイのように。
そういえば、ザミアの力も見たことがなかった。彼には何か複雑な事情があるように見えた。聞いていいものなのだろうか。
ザミアはまだ帰ってくる気配がなかった。
そんなことを考えているうちに、リスイアにも睡魔が襲ってきたようだ…。
黒髪の若い男と女がリスイアの手を引いている。
どこへ行くんだろう。
青い空の下、小高い丘にある教会へと辿り着く。
「さあ、ここで暮らすのよ」
「なんで? 僕、お母さんたちと一緒にいたいよ」
リスイアは若い女に訴える。
困った表情をする女の代わりに、男が答える。
「ここにはお前と同じ仲間がいるからな、寂しくなんかないだろ」
「嫌だよ! ねえ、置いていかないで!」
女は泣き崩れ、男は女の肩を抱いて、神父に一礼の後、立ち去って行った。
リスイアは神父に尋ねる。
「ねえ、僕、悪い子なの?」
「いいえ。貴方たちは全て等しい神の子ですよ」
「どうして僕は置いていかれたの?」
「自分たちと違うものを受け入れられない人もいるのです。人とは弱い生き物なんですよ」
「…これから僕、どうしたらいいの?」
「貴方は決して一人ではありません。貴方を必要としている人たちを探しなさい。そして、貴方がすべきことを行いなさい」
「僕は何をすればいいの?」
「それは、貴方自身で答えを探すのです。強く生き抜く為にね」
リスイアは目を覚ました。
神父様??
前にもどこかで会ったような…。これはただの夢なのだろうか。
それとも過去の記憶の一部なのか。
リスイアにそれは判断がつかなかった。