アビイと友だち
夜が明けると、一行は朝の食事を取ってから出立した。
村から出るのは初めてというアビイだったが、会った時より生き生きとしているように見えた。
「おい、アビイ。村の外に出るのに怖くないのか?」
最年少のアビイを気遣ってかタブルスが声をかけた。
「うん! 村ではあんまりいい思い出がないからさ、何だかとてもワクワクするよ!」
「そっか」
タブルスとアビイはお互いに笑い合った。
二人の様子を見てザミアとリスイアも微笑む。
「さあて、まずは森を抜けてと…」
コツンと、タブルスの頭に何か落ちてきた。
「あてッ! な、何だ??」
タブルスが頭を撫でながら上を見上げると、手の長い愛らしい顔の生き物が、木ノ実を片手に携えてこちらを見ている。
「あれはムイーマという猿なんだ。イタズラ好きだけど良い子だよ」
「へえー。目がクリッとしてて可愛いね」
「ほう。この森には珍しい生き物が多いようじゃの」
ムイーマは、なんでもなかったように、そのまま木の枝を走り抜けて行った。
一行は渓流を渡り、山林の間を下りながら森の外れまで来たところで一休みした。
日が真上に差し掛かり、暑さも厳しくなってきた。
頭上を囲む木々の上を、大きな鳥が飛んでいく。
「ふう。やっと森を抜けられそうじゃの」
ザミアは先ほど川で掬っておいた水筒の水で喉を潤し、一息ついた。
リスイアもその水筒を受け取って水を飲み、ザミアに尋ねる。
「ザミアさん、次はどこへ向かうんですか?」
「そうじゃな、この森から南西に大きな街があるらしいでの。まずはその街で情報集めしようかの」
タブルスとアビイは、まだまだ体力が有り余っているようで、その辺を楽しそうに遊び回っている。
「おーい、そんなとこ登ると危ないぞー!」
「大丈夫だよ! こんなの全然平気だって」
タブルスは小高い木の上に向かって叫んでいる。
アビイは先ほど森で出会ったムイーマのような身軽さで、あっという間に木の上まで登っていった。
木の上までくると、森の外まで良く見えた。
「森の外って、こんなに広いんだなー」
「おーい、アビイ! そろそろ行くってよー」
「はーい!」
アビイはまたスルスルと、木の枝を回転しながら降りて行った。
密集した木々が段々と少なくなり、やっと森を抜けた。それから一行は南西へと向かう。
木陰も水も果物も豊富にあった森と違って、だだっ広い平原を歩いて行くのは何だか不安だ。
「ロアーゴでもいたらよかったんですけどね」
「ロアーゴって?」
アビイがタブルスに尋ねる。
「顔が長くて四つ脚の馬さ。人や荷物を運ぶのに使うんだ」
「そうじゃのう。仲間も増えて長旅に出るなら必要かもしれんの。次の街で探して見ようかの」
「そうですね」
リスイアが相槌を打った。
「凄いなあ。この世界にはまだまだ、いろんな生き物がいるんだなー」
「俺もまだ見たことない獣に出会ったり、知らない街に行くのが楽しみだぜ!」
アビイとタブルスは意気投合したようだ。
二人は足取りも軽く、先頭を切って歩いていた。
しばらく歩いていると、大きな岩やチクチクした植物があるだけの砂の海が現れた。
熱を吸収した砂の上を歩くと、足元から熱気が伝わってくる。
「これはなかなか足にくるのう。まあ、これも修行じゃわい」
「確かにこれは体力消耗しそうですね」
「旅はの、楽しみもあるが、危険も伴うものじゃ。自分の身は自分で守れんといかんぞ」
「…ちょっと待って。何か来るよ」
「ん?!」
アビイが険しい表情をしていると、前方から砂埃がこちらに向かってやってきた。
「皆、武器を構えよ!」
ザミアの声に従い、三人は武器を構えた。
砂埃の影から現れたのはなんと、鼻から立派なツノが伸び、がっしりとした体つきの四つ足のサイの獣だった。
「あれは、ケリーノロスじゃ!」
「なんか、興奮して突っ込んでくるみたいだよ!」
「ひとまず、避けるのじゃ!」
四人はそれぞれ左右に別れ、突進を避けた。
猛獣はそのまま突き抜け、正面にあった岩にぶつかった。
「ウオオーン!!」
獣は苦しそうな呻き声をあげた。
「ちょっと待って!」
「どうしたんだ、アビイ! 危ないぞ!!」
タブルスが声をかけたが、アビイはその猛獣の側へと向かった。
「おい! アビイ!!」
「この子の足に、何か刺さってる!」
アビイ以外の三人は顔を見合わせると、アビイの元へと駆け出した。
「ほら、ここ」
アビイが指差した猛獣の足の裏には、人工物の罠のようなものが食い込んでいた。
「誰がこんなことを…儂がこやつに麻酔を打つ。落ち着いたら取り外すぞい」
ザミアが麻酔を打ち、猛獣は大人しくなった。
その間に罠を外して薬草で止血した。
「ふう。これで良いじゃろう」
「よかったなあ」
アビイがその獣を撫でている。
「しかし、よく気付いたな、アビイ」
タブルスは感心してアビイに言った。
「この子がね、痛いよーって叫んでたんだ」
「お主、獣の言葉が理解できるのかね?」
「言葉っていうか、気持ちが伝わって来るんだよね。森も川も鳥も獣も、みんな心があるんだよ」
「すげーな、アビイ!」
「確かに。そんな力があったんだね」
「ふむ…」
ザミアは少し複雑な顔をした。
「あっ、それと、街はこの先にあるってさ」
「そうか。では、もう一踏ん張りじゃな」
「よし! 皆の者、俺に続けー!」
タブルスが何故か張り切って、再び街を目指して歩き出した。