緑の精霊
バンッ! ババンッ!
夕暮れ時、精霊祭の始まりを告げる花火が打ち上がった。
提灯の火が灯り、新緑の光で村中が包まれていた。
屋台が立ち並んでいるところは、飲めや歌えやと盛り上がりを見せている。
それとは打って変わって、森と湖に面する祭壇では、巫女や神主などが支度を整え、厳かな雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ、作戦通りにな」
「了解!」
タブルスとリスイアは、神主の姿をしたザミアとお互いに顔を見合わせてうなづき、それぞれ持ち場に散って行った。
リスイアたちは祭壇の近くの木陰に隠れて、生贄にされる予定の子が現れるのを待っていた。
「なあ、上手く行くかな?」
「わからないけど、やってみるしかないよ。…あっ、あれ!」
リスイアが指を差そうとしたところを、タブルスがリスイアの頭を抑えて隠れた。
巫女に連れられている少年がいた。
白い衣装に身を包み、その髪は、森と湖を現すようなエメラルド色に輝いている。
「あの子だね」
「ああ。ここで待ってろ。俺はザミアさんに知らせてくる」
「うん。気をつけて」
タブルスは気づかれないように注意しながらその場を離れた。
緑髪の少年は、巫女に案内された席で腰掛けている。
その様子は落ち着いているように見えるが、手は震えていた。
「待ってて。今、必ず助けるから…」
準備が整い、多くの人が祭壇前の広場に集まり出した。
巫女が供物を携え、神官が現れた。
台座にはあの少年が横たわっている。
「おお、森と湖の精霊様よ。我らの村の豊穣と安寧と、永遠の繁栄を願い申す」
神官が幣を左右に振り、儀式を始めた。
巫女が清められた剣を運び、神官へと渡す。
「忌わしき子を捧げます。どうか我らを神ながら守り給い」
神官は深々と頭を下げた後、神剣で生け贄を貫いた。
台座からは赤い雫が流れ落ちる。
「キャー!!」
「うおおおおー!!」
悲鳴と雄叫びが同時に上がった。
神官は民衆の方に向き直り、手を左右に広げて天を仰いだ。
祭儀は滞りなく終了したようだ。
森の奥、ザミアと白い衣を纏った少年の姿があった。
ガサゴソと木陰からタブルスとリスイアが預けた武器や荷物を持ってやってきた。
「見張りに見つからんかったか?」
「うん。みんな祭りに気を取られて警備も手薄だったから大丈夫だよ」
「おい、とりあえずこれ着ろよ」
タブルスが旅人用の服を少年に渡した。
「ありがと。だけど君たちは一体…」
少年はまだ状況をよく理解していないようだった。
「まあ、俺たちはお前と似たようなもんさ。お前、なんて名だ?」
「僕はアビイ」
「そうか。一先ずすぐに着替えるのじゃ。バレぬうちにここを離れてからゆっくりと話そう」
「は、はい、わかりました!」
アビイが着替えを済ましてザミアたちも装備を整えると、一行は祭りで賑わう村を後にした。
湖を対岸に渡り、振り返る。
村の明かりが遠く離れ、段々と暗闇に包まれていく。
「この湖ともお別れだな…」
タブルスがそう呟き、森の方へ入ろうとすると、小さな緑の光の粒が、ふんわりと舞った。
「これは…」
二つ、三つと増えていき、やがて数えきれない程の緑の星となった。
「これはね、ラビリスっていう発光する虫だよ。精霊祭の時期になると湖にいっぱい集まるんだ」
「誠に綺麗じゃのう…」
一行はこの光景に見とれた。
そのうちの一匹がアビイの肩に止まった。
「行ってきます。みんなも元気でね」
アビイはそのラビリスという虫を指に取り、離してやると湖の上を飛んで行った。
森の中に入って天幕を張ると、四人は焚き火を囲んで寛いだ。
「ふう。やっと落ち着いたぜ」
タブルスは足を伸ばしながら仰向けになった。
「皆さん、本当にありがとうございました」
「ホッホ。無事に救出できてよかったのう。温かいスープはいかがかね?」
「あっ、いただきます」
「しっかしさー、どうやってあんなの用意したんだよ?」
タブルスがザミアに向かって疑問を投げかける。
「ホッホ。なあに、ちょいと人形作りの名人に出会ってのう。うまくいってよかったわい」
「そう言えば、自己紹介もまだだったね。僕はリスイア、よろしくね」
「俺はタブルスだ! まあ、兄貴と呼んでくれてもいいぜ?」
「儂はザミアじゃ。こやつらとはアダルナピスで知り合ってのう。まあ旅仲間ってやつじゃわい」
「そうなんですね。僕はアビイ。フロス村で生まれ育ちました。この髪を持って生まれ、ゆくゆくは精霊祭の供物として捧げられる運命だと覚悟していました」
「だけど嫌な風習だね。僕は精霊様がこんな幼い子の命を欲しがるとは、到底思えないんだけど」
リスイアは今だに納得いかないというふうに言った。
「しょうがないんです。僕の命一つでこの村が救われるならと…」
「アビイ君じゃったか。あの村がひと時の平穏を保っていたとしてもな、この世界はいずれ大きな闇に飲み込まれてしまうじゃろう。誰かを犠牲にしてでも自分たちだけが守られたらいい。そんな考えさえもな」
「…」
「儂らはの、特別な使命を持って生まれてきた仲間なのじゃ。儂ら一人一人では多勢に立ち向かうことはできぬじゃろう。しかし、それぞれが力を発揮し、互いに思いやり、助け合うことによって、一人では難しいことも乗り越えることができるのじゃよ。アビイ君、どうか儂らに君の力を貸してくれんかのう」
「僕の力…?」
タブルスとリスイアも頷く。
「そうじゃ、君にしかできぬことがあるはずじゃ。君が困ったら儂らが手を貸すし、儂らが困ったことになったら手を貸して欲しいのじゃよ」
「僕に、何かできるでしょうか…」
「そんなのはなー、俺だってまだよくわかんねーよ! だけどまあ、生きてりゃなんとかなるだろ」
「そうだよ。僕だって記憶を失って何もできないけど、君の力になれるなら何でもするよ」
三人の顔を見つめるアビイと、ニッコリと微笑む三人。
「…わかりました。皆さんと共に行きます!」
「よっしゃー!!」
「よおし! それじゃあ、乾杯じゃ!」
「新たな仲間との出会いと、これからの僕らの明るい未来を祝って…」
「かんぱーい!!」
四人になったザミアたち一行は、新たな門出の盃を交わすのだった。