信じる心
喉が渇く。心も渇ききった。我に必要なのは大量の水だ。
あの大きな海を飲み込んだなら、きっとこの渇きも満たされるはずだ。
どうか我を満たしてくれ…。
ギュロンドノアスは大地を駆け抜け、海の見える岩場までやってきた。
波が岩礁にぶつかって割れ、水飛沫をあげていた。薄暗い雲が辺りを覆っている。
「怒りも悲しみも全て燃やし尽くされた。我には何もない。何もないのだ…」
激しい虚無感が襲ってくる。今はただこの空白を埋めたくて仕方がなかった。
我はこの有り余る海原の前で何をしようと言うのか、自身でさえ分からなかった。
遠くから妖しい声が聞こえてくる。悲しいような穏やかな旋律。
何かを失った悲しみは、どれだけの時が経とうと心に残っている。
この海に身を投じ、全ての生命を根絶やしにすれば、きっとあの子も浮かばれるだろう。
ならば、いくらでも我が身を捧げよう。
あの幼気な子猫を殺めたこの世界に復讐するのだ。
「おい、待て!!」
「…誰だ、我を邪魔する者は」
「こんなところまで来させやがってよ。まだ何かやるつもりなのか?」
「もう観念しなさいよ!」
「これ以上、好きにはさせませんよ!」
「海を汚すのは止めろよ!」
「貴方は間違っているわ。何故分からないの?」
リスイアたちはギュロンドノアスを見つけて訴えた。
「なんだ貴様ら! 我のどこが間違っていると言うのだ! 欲しいものは奪い、やられたらやり返すまでだろう!」
「貴方は忘れちゃったのね。貴方が唯一愛しいと思ったものを。そして共に悲しんだ人たちのことを」
リオはギュロンドノアスに優しく語りかける。
「あの子はもういないのだ。そんな世など消えてしまえばいい!」
「その子は確かにここにはいないわ。でもね、清らかな魂はいつか帰ってくるの。だけど、悪い行いをした者は永遠に愛する者と出会えないわ」
「くだらぬ! そんな話、誰が信じようか!」
「貴方、本当は気付いているはずよ。自分が間違っているって。こんなことをしてもあの子は戻らないし、誰も喜ばないわ」
「ノア、あの子だって悲しんでるよ、きっと。あの子が好きだったのは、あの優しいノアなんだから」
「う…煩い!! 貴様に何が分かる!!」
リスイアもギュロンドノアスの気持ちを落ち着かせようとした。
「僕だって悲しいよ。優しいノアが変わってしまったのはね。君はあの子の為にここまでしたんだろう? あの子は誰かを傷付けることは望んでないよ?」
「いいや! そんな話、聞くものか! 人間も海も大地も、皆滅びゆくがいい!! クハッハハハッ!!」
ギュロンドノアスは止める間も無く、海に身を投げた。
「ノアーーー!!!」
「ヤメてーーーー!!!」
「クソッ! もうダメか…」
みんなが諦めかけたその時、ギュロンドノアスが空中に止まったまま、身動きが取れない状態になった。
「おい!! なんだ、これは!! はっ、離せーー!!!」
何が起こっているのか分からないでいると、何処からか歌声が聞こえ、たくさんの手が水面から現れていた。
「私たちの海を穢そうとする者は、誰であろうと許さないんだから!!」
「に、人魚?? …インセーレ!!」
そこには人魚のインセーレと、たくさんの男女の人魚たちがいた。
「リスイア! 私たちで動きは止めたから、今のうちにやっちゃって!」
「わかった!!」
リスイアは、聖光の首飾りを取り出した。
「みんな、僕に力を…」
みんなが集中してリスイアに力を注ぐと、オーラが最大限に高まり、首飾りは七色の輝きを放った。
「穢れた魂を浄化せよ! アディカルミフローア!!」
リスイアが太陽の剣を頭上に掲げると、七色の光が剣を覆った。
そして、振りかざした光の刃がギュロンドノアスを切り裂いた。
「うぬおおおアアアッーー!!」
ギュロンドノアスは叫び声をあげると、白い光の泡となって弾けて消滅した。
「…やった…のか?」
「これでもう、終わりよね?」
「もうダメかと思ったよ…」
みんなは膝を落として崩れ落ちた。
「みんなー、大丈夫?? やったわね!」
人魚のインセーレが近寄り、声を掛けた。
「ノア…」
「終わったな、リスイア」
「完全に魂が浄化されたわ。貴方はよくやったわよ」
リスイアはタブルスに肩を借りて支えられていた。
「リオ、ノアの魂は無くなっちゃったのかな?」
「魂の行方は神様次第ね」
「そっか…」
リスイアはギュロンドノアスを思いながら、空と海の彼方を見つめた。
「あれ、雨かしら…」
インセーレは空を見上げた。
ポツポツと落ちてくる水は、大地全てに降り注いでいた。それは熱く渇いた大地を潤すようだった。
「ねえ、あれ見て! 虹が出てるわよ!」
カナンが空を見上げて指し示す方には、雲の間から光が地上に降り注ぎ、虹が掛かっていた。
「新たな時代の架け橋ね…」
リスイアは最後の最後までギュロンドノアスを信じていた。いつか分かってくれるはずだと。
「またいつか会おう、ノア…」
虹の彼方に新しい世界があると信じて…。




