番外編 其の三 〜白馬の恩返し〜
一般の馬は茶色の毛並みと引き締まったボディで、主に荷物運びや移動手段として使われている。
野生の馬の場合は、気性が荒く獣化し、普通の人間では乗りこなすことは到底できなかった。
珍しい白馬の場合は、貴族などに飼われていたりするが、その中の一頭が我儘な態度の飼い主に懐かず、追い出されてしまったところだった。
そんな時、リスイアたちに運良く引き取られ、ロフィスという名を与えてもらったのだった。
それまでのロフィスは、人は馬を奴隷やペットのように扱うものだと思っていた。
しかし、リスイアたちはロフィスを友だちだと言い、対等に扱ってくれた。
ロフィスは、こんな人たちもいるんだなと初めて人が好きになったのだった。
「よーし! 疲れたろう、ロフィス。ここで休憩だ。しばらくみんなと待っててね」
アビイがロフィスと他の馬たちを撫でながら、草と水を与えた。
この人間は不思議だ。私のして欲しいことや考えが分かるようなのだ。
他の馬たちは気にせず草を食べたり水分補給している。
快晴の空、心地良い風が吹き抜けていく。
一羽の大鷲が風に乗り、天高く優雅に飛んでいる。
ロフィスには夢があった。
草原や大地を自由に駆け巡り、いつかあの鳥のように空をも駆けて行きたいと。
地上で生活する翼のない生き物の、一つの理想の夢であった。
「よう、ロフィス! また鳥を見てるのかい?」
「俺たちにゃ無理ってもんだよ。ハハハハハッ」
二頭の馬がロフィスをからかう。
「いいだろ? 夢くらい見てもさ」
「馬は馬らしくしとけばいいんだって」
「そうだぜ。こうして人間様のお役に立てば、美味い飯にありつけるんだからよ」
「まあな…」
大抵の馬は皆、そういう考えなのだろう。俺は馬らしくないのか。
ロフィスはそう考えるとなんだか笑えてきた。
「どうしたんだ、ロフィス? ちょっと散歩でもするか?」
リスイアという人間がやってきた。
この子もまたちょっと、他の人間とは違う雰囲気を持っているようだ。
繋がれていたロフィスを連れ出し、リスイアは小川の辺りまでやってきた。
清らかで美しい川だ。一口飲むとその新鮮な水が、喉と心の乾きを癒していくようだった。
「綺麗な小川だね。こんな遠くまで来たんだなー。ロフィスたちのおかげだよ。いつもありがとう」
リスイアはそう笑顔で言うと、ロフィスの首元に抱きついて抱擁した。
ああ、なんて心地良いのだろう。この子の優しさと温もりが伝わってくる。
ロフィスは自分が馬だと言うことを忘れ、この子の為に出来ることをしたいと思っていた。
「リスイアー、そろそろ出発するよー!」
アビイが遠くから声をかけた。
「うん! 今行くよー」
リスイアはアビイに応えて手綱を引いた。
「さあロフィス、またヨロシクね」
三頭の馬たちは、リスイアたちを乗せて大地を駆けた。
背の低い草が生えるだけの枯れた土地、木々が入り組む森林地帯、熱を帯び足を取られる砂漠地帯。
あらゆる土地に蹄を残した。
岩がゴツゴツした山岳地帯では登ることができず、仕方なく待機して待たねばならなかった。
知恵のある人間たちは、便利な道具を作ったり非力ながらもみんなで協力して問題解決を図るようだ。
この蹄鉄という金具がなければ、私の足もきっとボロボロであろう。
我らに出来るのは、主の無事の帰りを信じて待つだけなのだ。
「やあ、綺麗な毛並みのお馬さん、どこからやって来たんだい?」
愛嬌のいいムイーマという猿が一匹、ロフィスに向かって話し掛けてきた。
「こんにちは、ムイーマ殿。私は砂漠の町ポルカリートから来たのだ」
「なんだ?」
「あれはムイーマだな」
他の馬たちも興味を持って近づいてくる。
「おお、それは遠いとこから大変だったね。長旅の疲労に効く取っておきの場所があるんだけど、行ってみる?」
「ホントか?」
「そんな話、聞いたことないぞ。気をつけろよ、ロフィス!」
ムイーマとロフィスの会話に勝手に入ってくる二頭は、正に野次馬だった。
「ムイーマ殿、それはどんな場所なのだ?」
「この山にはね、温かい水が湧く温泉があるんだよ。人もあんまり来ない場所だから、動物たちの憩いの場所なんだ」
「ほう、いいね〜、温泉」
「浸かってみたいもんだな〜」
気をつけろと言っていたのにと思いながらも、ロフィスはあることを思いつく。
「なあムイーマ殿、我らの主人たちも浸かれる場所はあるかな?」
「人間かい? そうだな…動物たちを怖がらせたりしないと約束出来るなら、連れて行ってあげてもいいよ?」
「感謝する」
しばらくすると、リスイアたちが帰ってきた。
「ただいま〜、ロフィス。ごめん、待たせちゃったね」
アビイがロフィスを撫でて詫びる。
ロフィスはアビイに心で話し掛けて伝えた。
「ええっ! ホント?! ロフィス?」
「ヒヒーン!!」
人間の言葉は話せないが、心でなぜかアビイとは通じ合えた。
今度はロフィスの背中に乗っていたムイーマに向かって、アビイは何やら話している。
「ねえねえ、みんなー!! この近くに温泉があるんだって! ちょっと寄って行こうよ!」
ムイーマとの交渉が上手くいったようだ。
アビイはリスイアたちに嬉しそうに呼びかけていた。
「ああ、極楽じゃの〜」
「ザミアさん、おじいちゃんみたいだぜ?」
「お主らこそ儂から見れば、生まれたてのひよっ子じゃわい」
ムイーマの案内で一行は秘境の露天風呂へとやってきた。
「疲れが溶け出すようですね」
「こんな所に温泉なんて、アビイよく見つけたね」
「いやーさっきね、この山に住んでるムイーマが教えてくれたんだよ」
「ああ、いいお湯加減ね〜」
「…ねえ、ちょっと。なんでムイーマも一緒に入ってるのよ!」
リオとカナン女性陣が入っていた所には、雌ムイーマや子ムイーマたちも一緒に仲良く浸かっていた。
雄ムイーマも中に入ろうとしたが、ロフィスに敢え無く摘み出された。
馬たちは川の近くにお湯が流れ込む所で、ムイーマたちに背中を流してもらっていた。
「ああ、そこ! いいねー、最高だよ」
「いやー、なんていい奴らだ」
色々言っていた二頭の馬たちも、すっかり仲良くなったようだ。
「ねえロフィスさん、なかなかいい所でしょう?」
「ああ、主人たちも喜んでいるようだ。本当に有難う」
人懐っこいムイーマはロフィスの背をゴシゴシと擦りながら持て成す。
「そう言ってもらえると、おいらたちも嬉しいよ! 人間たちの中にもいい奴っているもんなんだな」
「ああ、そうだな。今度来る時は、甘い果物でも持参しよう」
「ホント? 楽しみだな〜」
こうして、様々な土地を巡りながら七人と三頭の馬たちは、お互いに良きパートナーとして再び夢に向かって走り出していくのだった。




