番外編 其の一 ザミアの修行 〜腹が減っては旅はできぬ〜
旅の途中、近くに町がない時は、今日のように野営して過ごすこともある。
なるべく、外敵から身を守れる場所を選び、水源や食材のありそうなところを選ぶのだ。
白馬ロフィスや馬車の馬たちに食事と水を与えて休ませ、ザミアたちは手分けをして天幕や火おこしの準備、また食材調達などを行うのだった。
「さてと、儂は火をおこして待っておるんでのう。今夜の晩飯はお主らに任せたぞ」
「おう! この俺が大物を一発仕留めてくるからな!」
タブルスは自信満々な様子で宣言する。
「僕は魚釣りに行ってくるよ」
リスイアは釣りの準備をして川を探しに行く。
「じゃあ、アビイと私は、木の実や果物、山菜なんかあれば取ってくるわ」
カナンがアビイと顔を見合わせて微笑む。
「皆、では頼むぞ」
「いや、お主も行くのじゃよ。これも修行じゃ。食材一つ取ってこれぬのなら、晩飯は抜きじゃ」
「な、なんと!!」
待機組みだと思っていたレヴィオにザミアが言い放った。
「この私が狩りになど…」
ブツブツ言いながらも仕方なく、レヴィオも獲物を探しに出かけて行った。
タブルスは、草むらに身を潜めて獣が現れるのを待っていた。
周りは木々と草だらけで動物の気配はない。
この辺りでいるとすれば、小鳥か兎、狸か鹿か、せいぜい猪くらいだろう。
すると、向こうの草むらがガサゴソと動いた。
(おおっ! これは早速ツイてるな)
タブルスは気づかれないようにゆっくりと動く。
あと五歩程の距離。
「どりゃー!!」
タブルスは獲物に向かって一気に飛びかかった。
両手で捕まえようとしたところ、白い綿毛のような兎がピョンと飛び出して、タブルスの頭を踏んで跳ねて行った。
「くっそー…」
リスイアは緩やかに流れる川を発見し、釣り糸を垂らしていた。
穏やかな晴れ間。ゆっくりと流れる時間。そよ風がふんわりと顔を掠めていく。
皆とワイワイする時間も好きなのだが、こうして一人でぼんやり寛ぐのもいいなと感じる。
そんなことをぼんやり考えていると、釣り糸が引っ張られているのを感じた。
「来ているな…今だ!」
タイミングを見計らってリスイアは釣竿を上げる。
釣り糸を持ち上げると、予想より軽く、針だけが残っていた。
「逃げられちゃったか…」
餌をつけ直し、リスイアは再び竿を振って川に投げ込んだ。
その頃、アビイとカナンは、アビイが木に登って果物を落としてカナンが拾っていた。
「アビイってホント、木登り上手ね」
「僕は森育ちですからねー。はいっ」
「うわっと。そろそろいいわよー」
「ほーいっ」
アビイは軽やかにスルスルと降りてきた。
「さあ、次行きましょっ」
カナンは鼻歌を歌いながら林の中を歩く。
すると、小鳥や小動物がこちらを見て付いてくるようだ。
「カナンさんの楽しそうな歌につられて、動物たちも出てきたよ」
アビイが面白そうにカナンに伝える。
「花咲く森の道〜」
カナンが陽気に歌っていると、大きな影が現れた。
「熊さんに出会っちゃったー!! キャー!!」
付いてきた動物たちもびっくりして散らばって逃げた。
「む? 何か聞こえた気がしたのじゃが…まあ気のせいじゃろう」
火をおこして待っているザミアは、特に気にせず準備を進めていた。
「なぜ私のような貴公子が、狩りなど美しくないことを…」
当てもなく、とりあえず獲物探しに出たレヴィオは林の中を歩いていた。
箱入りだったレヴィオは、身の回りのことは全て使用人に任せており、旅に出たのも初めてだった。
必要なものはある程度持ってきたが、食材に関しては現地調達も必要なのだろう。
旅に出ると決めたのは何より自分だ。
今まで母上や父上に頼りきりだったので、これからは心配かけずとも一人で生きられるようにと一念発起したのだった。
「キャー!!!」
「ん?」
どこかで悲鳴が聞こえた。カナンさんだろうか。
「確かアビイとやらと出かけると仰られていたが…」
何やら大きな獣の気配がした。
ガサガサと音を立てながらこちらへと向かってくる。
草を掻き分けながら走ってきたのは、カナンとアビイ、そして…熊?!
「助けてー!!!!」
「食われるー!!!」
「グオーッ!!!」
「う、うわー!! こっちへ来るでないっ!!」
レヴィオも来た道を振り返り、カナンやアビイと共に全速力で走った。
「おーい!! 皆、大丈夫かー!!」
猛獣の声を聞いたザミアは、剣を携えて心配になって探しに出かけていた。
カナンたちは走っていたが熊の方が断然速く、追いつかれそうになっていた。
先頭で走っていたレヴィオも走り慣れていないらしく、足が縺れて転倒した。
「よ、寄るなー!!!」
「レヴィオ!!」
「グアアーッ!!」
「もうダメだー!!」
レヴィオたちは動けず、熊の爪が頭上に伸びた。
カナンたちも目を瞑り、頭を抑え込んだ。
ジャキッーン!!!
予想外の金属音が響いた。
熊の爪と剣を交えたザミアが守ってくれたようだった。
「ザミアさん!!」
「もう、死ぬかと思ったー!!」
「ザミア殿…?」
「お主ら無事か?! 下がっておれ」
剣を構えたまま、熊を睨み付けているザミアが皆に告げた。
カナンたちは言われるがままに、ザミアから距離を取って木陰に隠れた。
「儂は殺生は好まぬが、これ以上仲間に手出しするなら覚悟せよ!」
いつものザミアと違い、ピリピリと威嚇するオーラを放っている。
熊は暴走気味に一声轟かせ、ザミアに襲いかかってきた。
「やれやれ、しょうがないのう」
辺りは雲に覆われて暗くなると、雲がゴロゴロと鳴って一瞬閃光が走った。
「ブロンティモース!!」
剣を振るうザミアの叫びと共に、熊が黒焦げになってドシンと倒れた。
ザミアは剣を収める。
レヴィオやカナン、アビイは皆、呆気にとられて立ち竦んでいた。
「よいせっと。さて、今日は熊鍋じゃのう。おい、お主らも手伝わんか」
熊を運ぼうとするザミアの声で、やっと皆は正気を取り戻した。
「…あ、はい!」
「なんだ、今のは…」
「あのお爺さん、恐ろしい強さだわね…」
火をおこしていた場所まで戻ると、辺りは暗くなっていた。
「ホッホ。それでは頂くとするかのう」
結局、収穫はザミアの熊だけだった。
カナンたちの果物は逃げる途中に落として、動物たちの餌となったのだった。
「まったく、情けないのう、お主らは」
「ちっくしょう…」
みんなは意気消沈して、ザミアだけが熊鍋を美味しそうに啜っていた。
「まずは自分の得意なことを見つけることと言うたじゃろ。苦手なことをやっておっても失敗して落ち込んでばかりじゃぞ?」
「じゃあ、どうしろと言うのですか?」
レヴィオが食ってかかった。
「得意なことを活かしつつ、周りと協力するのじゃよ」
「そんな簡単に言っても、ねえ…」
カナンも食材を落としたのが悔やまれるのか落ち込んでいた。
「儂だって最初はお主らと同じく何もできずにいたのじゃ。儂は長い年月をかけ、自らの才能を見出し、磨き上げてやっとここまで来れたのじゃ。お主らは今、一人じゃない。切磋琢磨できる仲間がおるじゃろ。こうして、お互いを助け合うことも大事なのじゃぞ」
皆は黙ってザミアの話に耳を傾けている。
「今日のことは各自で省みて、明日また精進するのじゃぞ。ほれ、皆食え。食事は皆で食べた方が美味いからのう」
「…はい!!」
一気にみんなに笑顔が戻り、自分の力で食べ物を得ることの難しさと尊さも一緒に噛み締めるのだった。




