旅立ち
タブルスが落ち着いた頃、ザミアが口を開いた。
「実はの…儂のこの髪も、昔は藍色の美しい髪じゃった」
「えっ?! それでは、ザミアさんも?」
「そうじゃ。儂も色素を持つ者であった。昔から一定の割合で生まれるらしいこの者たちは、一体何の為に存在するのか、私は旅をしながら研究しておるのじゃよ」
「なるほど…そうだったのですね」
「まあ、これも何かの縁じゃろう。ほれ、二人とも疲れたろう。今日はここで、ゆっくりと休むが良い」
「ありがとうございます」
ザミアは病み上がりのリスイアに気遣い遠慮していたが、数日も寝床を借りてしまって申し訳ないと断り、今はベッドを使って壁側を向いて寝息を立てている。
タブリスも床に敷いた布に寝転がり、毛布を蹴飛ばして涎を垂らしながら、ぐっすりと眠り込んでいるようだ。
リスイアはぼんやりと天井を見上げながら、なんとか思い出そうとしていたが上手くいかなかった。
自分の赤毛を一摘みして、指に絡めて見てみる。
窓から差し込む薄っすらとした月明かりに髪が染まり、艶っぽく光っていた。
「俺は普通と違うんだな…」
分かったのはそれだけだった。
「んー!! あー、よく寝た。…あれ、リスイア? もう起きてたのか」
「うん、今起きたとこだよ。って、あれ? ザミアさんは…?」
ベッドを見ると、枕も毛布も綺麗に整えられていて、ザミアの姿が見当たらなかった。
「あれ? 便所でも行ったのかな??」
そんな話をしていると、部屋のドアが開いて、朝食を乗せたお盆を持ったザミアが入ってきた。
「おお、おはよう。やっと起きたかね」
「おはようございます! ザミアさん」
「おはようございます」
二人は体を起こしながら挨拶をした。
「そんな畏まらんでええぞ。ザミアと気軽に呼んでくれ」
「分かりました。ありがとうございます!」
「さあ、着替えたら朝飯にするぞ」
「はい!」
二人は急いで着替えた後、ザミアと一緒に朝食を取った。
この国では朝の陽の光も僅かで、ぼんやりとした明るさだった。
朝食を食べ終えた後、食後のお茶を啜っていると、ザミアが話し始めた。
「それで…お主らは、これからどうするのかね?」
「そうですね…まずはこの国を離れようと思います」
「そうか…。当てはあるのかね?」
「いえ…」
「ならばどうじゃ? 儂について来んかね?」
「えっ?! ザミア…さんの研究のお供にですか?」
「そうじゃ。儂はの、実は、お主らのような者を探しておったのじゃ。イディアペリスを」
タブルスは驚いた後、少し考えて切り出した。
「…ひとつお尋ねしたいのですが、その研究の目的とは?」
「ふむ。そなた達が警戒するのも無理もない。その希少性から捕らえようとするものや、高額に売ろうとする者もおるじゃろう。しかし儂にとって、いや、この世界にとってイディアペリスの存在は、唯一の希望じゃと儂は考えておる」
「それは一体、どういうことですか?」
「言い伝えの話はしたじゃろ? この世界は今、危機的な状況に直面しておる。人の強欲によって戦が続き、人間たちが兵器として作った機械人間らに逆に乗っ取られ、怯えながら暮らしておる。この混沌とした世界を救う希望があるとするなら、それはイディアペリスの存在にあると儂は考えておるのじゃよ」
「僕らにそんな力が…?」
「我々の中にはの、自らでさえ気付いていない力が眠っておるのじゃ。儂らがその力を有効に使わねば、この世界は滅びるじゃろう」
ザミアは徐に左足に手をかけ、膝下から脛と脹ら脛を持って引き抜いた。
「うわっ! あ、足が…」
「儂はこの片足を失ってからある力に目覚めた」
再びザミアは足をはめ直した。
「今はこの義足じゃが、普段の生活には支障ない。じゃが、儂も長旅はやはり堪えるでのう。何かと手伝ってくれると助かるんじゃが」
「あの…その力と言うのは…」
リスイアはどうしても聞きたかった。
「それは人それぞれじゃろうな。儂の場合は、雷を扱う力を得た。まあ、いずれ時が来ればわかるじゃろう」
「そう…ですか」
記憶も失ったが、リスイアには他にもう一つ気になる事があった。
それは初めて用を足しに行った時のこと、男であるはずの俺にあるべきはずのものがついていなかった。
生まれつきなのだろうか。それとも…。
「まあ、考えてもしゃーねーな。とりあえず、付いて行ってみるか」
タブルスは楽観的な答えを出したが、二人には結局他に目的がなかった。
「そうだね。僕も自分のことをもっと良く知りたいです」
「それじゃあ決まりじゃな。準備出来次第、ここを出るとしよう」
「はい!」
三人は早速、旅支度を整えて出発した。
食料や薬草、武器や防具などを買い足して国を出た。
ザミアは義足であることを感じないほど旅慣れているようで、ここまで問題なく出て来れた。
地図を広げるザミアに、一緒に覗き込みながらリスイアは尋ねる。
「ザミアさん、これから何処へ向かうのですか?」
「そうじゃの、まずはここから国境を越えた先のフロロスの森じゃ」
タブルスは初めて見る景色を眺めながら、好奇心に満ち溢れた表情をしている。
「フロロスの森には、何があるんですか?」
「そこはの、緑豊かな森に囲まれておっての、妖精がいると言う噂じゃ」
「妖精?!」
「さて、日が傾かぬうちに歩こうかの」
「はい!!」
リスイアとタブルスはザミアと出会い、まだ見ぬ世界と新しい冒険の旅に胸を弾ませながら歩き出したのだった。