過去の思い出
穏やかで優しい母上。そして父上と私。一緒にいるだけで幸せだった。
母上の愛が溢れたこの庭園。
一つ一つの草花に声を掛けながら手入れする母上の様子が、今でも瞼に浮かんでくる。
あれから数年。
父上は悲しみを忘れるように商いに没頭していた。
私の悲しみは未だに癒えぬまま、美しいものを身の回りに置くことで和らげようとしていた。
母上が亡くなってからこの町は、雨の降る日が多くなったようだ。
これは天の涙なのだろうか。
人の悲しい定めを憂えて流す雨雫。そう思いながら母上のことをいつも思い出す。
母上はもうこの世にはいない。父上もほとんど家におらず私は孤独だった。
母上が恋しい。あの幸せを取り戻したかった。
私は美しく愛しい花たちへ愛を注ぎ、健やかに育てた。
季節が来ると一生懸命に花を咲かせ、そしていつしか枯れ、終わりを迎える。
私は何度、愛しいものたちとの別れを経験しなければならないのだろう。
別れが訪れる度に、身が一つずつ削られていくようだった。
私の命よりも長き時を、美しいままに側に居てくれるものが欲しい。
そうしてくれたら私は、生涯側に置き、愛し続けるであろう。
母上がくれた愛のように、この私の愛を与えるならば、其方も嬉しいはずだ。
紅き輝きを持つ者よ。私の陽の光となるのだ。
私をこの暗く陰湿な場所から連れ出して欲しい。
気が付くと、レヴィオは家の寝室で寝かされていた。
私は一体どうなったのだ?
そういえば、あの緋色の子に斬りかかって…。
「おお、気が付いたか? レヴィオ」
寝台の横には、行商に出ていたはずの父上がいた。
「父上…? 私は一体…」
「行商から帰ってきたところ、外で倒れていたお前を見つけたんだよ。異変に気付いた旅の者たちが、お前を運んでくれてね」
「旅の者…。そうだ! 父上、その者たちは?」
「宿に帰っていったよ。なにかお礼をせねばいかんな」
「私が参ります! それと、父上。ご相談があるのですが…」
ザミアたちは気を失ったリスイアを宿に運び、回復を待っていた。
「ねぇ、あの炎はなんだったの??」
カナンが誰ということなく尋ねる。
「あれはのう、たぶんリスイアに秘められた力なんじゃろうな」
「あんな力が私たちにあるっていうの??」
「いや、その力の性質は皆異なるじゃろう。しかし、タブルスよ。お主、知っておったのか??」
「…昔、幼い頃に一度、似たようなことがあって…」
「似たようなこと?」
「あの時は、リスイアの友だちが、悪ガキたちに傷つけられそうになったんだ。そしたら、リスイアが怒ってあんな感じに…。リスイアは覚えてないだろうけどな」
「しかし、どうやってあの力を抑えた?」
「それは恐らく俺の力なんだと思う。俺には水を操る力があるみたいでさ、リスイアの怒りの火を俺の水で包み込むようなイメージで静まれって念じたんだ」
「なるほどのう…」
「その力は誰にも見せるなって神父様に言われたけどね」
「そうか…」
ザミアは難しい表情になり、アビイとカナンは驚いた顔をしていた。
「儂らの中に眠る力は、使い方次第で凶器にもなるのじゃ。アダルナピスでお前さんらを捕らえた輩は、それを軍事利用しようと企んだのかもしれんのう…」
「そんな…」
カナンは恐ろしさのあまりに絶句した。
「リスイアは悪くないんだ!」
タブルスは声を荒げた。
「しかしのう、力を制御できなければ、仲間たちや自分さえも傷付けてしまう恐れがあるのじゃ。何より精神の安定が必要だからのう。このことはしばらくリスイアには伝えぬようにな」
「分かりました…」
ザミアの言葉に一同は無言で同意した。
「うぅ…」
「リスイア! おい、大丈夫か??」
リスイアはゆっくりと目を開けた。事件があった後、半日が過ぎていた。
「みんな…無事だったんだね」
「ああ、大丈夫だ。お前こそ大変だったな」
タブルスが涙ぐむ。
「ちょっとー、心配させないでよ!」
「とにかく無事でよかったよ」
カナンとアビイもほっとした表情を取り戻した。
「すまんかったのう。単独で任せた儂の責任じゃ。許してくれ」
ザミアが頭を下げた。
「そんな! 僕が軽率でした。みんなに心配かけちゃって、僕こそ申し訳ありませんでした」
リスイアも頭を下げようとするが、体に力がうまく入らなかった。
「ほら、まだ無理すんなよ。お前は人が良すぎるから事件に巻き込まれちまうんだぜ? まったく、寿命が縮まったよ」
タブルスは心配しながらも皮肉を込めて言った。
「タブルスだってこの前、腕輪買っちゃったでしょ?」
「アビイもだろ!」
「え? なんの話??」
「ホッホ。まあ人には騙されぬようにの」
普段通りの会話にみんなは安心し、笑い声が響くのだった。