覚醒
陽が落ちかける頃、雨も小雨になってきたようで静かだった。
リスイアはゆっくりと目を開けると、どこかの部屋の中にいた。
辺りは暗く、ここはどこなのか、気を失ってどのくらい経ったのか分からない。
腕は縄で拘束され、自由にならない。
「やっとお目覚めかい?」
どこかで聞いた中性的な声。
そうだ。薄紫の長髪の貴公子に出会って、庭に連れられて来たんだった。
そして、あの花を見てたらボーとして…。
「思い出したようだね。そうさ。君はスヤスヤと私の腕に抱かれていたよ」
リスイアは薄ら笑いをしたレヴィオの顔を見てゾッとした。
「なんでこんなことを!」
「君が気に入ったのさ。その燃えるような緋色の美しい髪。私のコレクションに相応しい」
「僕を殺す気か?」
「いいや。そんなことしないよ。私と一緒にこの町で暮らそうじゃないか。美しいこの私とずっといられるなんて光栄だろ?」
「…嫌だと言ったら?」
「恥ずかしがっているのかい? そんなところも可愛いよ。けれどもしね、万が一、この私から逃れたいと言うのなら、命の保障はできないかもしれないなあ」
「最初から、僕を攫うつもりだったんだな…」
リスイアは後悔と怒りで歯軋りし、レヴィオを睨み付けた。
「怒りの炎に満ち溢れているね。なんだかゾクゾクするよ」
恍惚な表情を浮かべるレヴィオに対し、リスイアは激しく嫌悪感を抱いた。
ザミアたちはアビイが怪しいという邸宅の入り口に立っていた。
ドンドンドンッ!
「お尋ね申す! どなたかおらんかのうー」
ドンドンドンッ!
「すいませ〜ん! 誰かいませんかー!」
「おーい」
「リスイア、いるのー?」
レヴィオの表情が変わる。
「おっと、これはお仲間が迎えに来てくれたようだね」
「くっ! みんなには手を出すな!!」
「さあ、それはどうかな? 挨拶してみないとね」
レヴィオは部屋から出て行こうとする。
「待て!! みんなには関係ないだろ!!」
クククッと嫌な笑みを残してレヴィオは門へと向かった。
「みんな、早く逃げてくれ…」
しばらく門の前で待っていたザミアたちは、どうしようかと話していた。
「留守なのかな?」
「でも、ここに入ったのを見たって言ってたんだよっ」
「けどなー、誰も出てこないぞ?」
「む? ちょっと待つのじゃ。誰か来る気配がするぞ」
そのザミアの予想通りに扉が開き、中から人影が現れた。
「すみません、お待たせしました。こちらに何か御用でしょうか?」
扉の中から現れたのは、スラッとした背丈で薄紫色の長髪の若者だった。
一行はその容姿の美しさに圧倒され、しばらく固まっていたが、ザミアが気を取り直して尋ねた。
「あー、ごほん。突然すまんのう。実は人を探しておっての、ここに入っていく姿を見たと言う人がおるのじゃが…緋色の髪の子でのう」
「緋色の髪ですか…見かけませんねえ。何かの間違いじゃ御座いませんか?」
「そうですか…」
その時、一羽のカラスが門の横にある塀に止まって鳴いた。
「!! ザミアさん! リスイア、この中にいるって!」
アビイが何かに気付いてそう叫ぶ。
「ふむ。すみませんが、中を探させていただけますかな?」
「ちょっ…なんですか、貴方たち! 役人を呼びますよ?」
「どうぞご自由に! ただし、お役所にはもう捜索願を出してますからねっ」
カナンが突っぱねて中に入り込み、それぞれに分かれて探し始めた。
「貴様ら、勝手に母上の庭園へ…許さぬ!」
「じゃあ、早く本当のことを言えよ!」
タブルスが怒りを抑えられずに叫んだ。
「なんだと…ん? お前ももしや、イディアペリスなのか?!」
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
「素晴らしい!! 美しい紺碧の色。ほう。貴様らもか」
「お主、儂らの連れに何をした?」
ザミアが眼光鋭く、怒りを滲ませ問うた。
「クックッ…ハーッハハハハッ! ほう、そんなに大事な子だったのか? 確かにな、この世のものとは思えぬほど美しい緋色だったぞ」
「リスイア、迎えに来たよー!!」
「アンタ、リスイアをどこへやったのよ!」
アビイは必死で探し、カナンはこの若者が忌わしい存在だと認識し睨み付けた。
「クククッ。貴様たちも私の美しい宝箱に加えてやろう。命の保障はできないが、な!」
ザミアたちは防御の構えをとり、レヴィオの攻撃に備えた。
レヴィオがザミアたちへと攻撃を仕掛けようとした時、突然、家の奥で爆発が起こった。
ドドーンッ!!
「な、なんだ、今のは!?」
ザミアたちも何が起こったのか分からず、動けないでいる。
そして、すぐにその原因が現れた。
「リ、リスイア!?」
現れたのは、薄っすらと火のオーラを纏い、怒りに燃えたリスイアだった。
一同は、その様子に身動き出来ない。
「その者たちに手を出すな…」
静かにだが、激しく燃える紅の炎。
時折、弾けるように火花が飛び出している。
「リスイア…」
タブルスが僅かに呟いた。
しかし、リスイアの燃え盛るような瞳には、レヴィオしか映っていないようだった。
「なっ、なんなんだ!! その炎は!!」
レヴィオは、亡霊でも見たかのように後退りしている。
「…どけ」
「フン! そ、そんな脅しに、私が怖気ずくとでも思ったか! デリャー!!」
レヴィオは持っていた剣を振りかざした。
「馬鹿者! あの炎に触れるでない!!」
ザミアはレヴィオの鳩尾を一発殴って気絶させた。
リスイアは炎で焼き付くそうとしていた。
「リスイア、もう大丈夫だ。みんな無事だよ」
ゆっくりと近付き安心させようとタブルスが、炎に包まれたリスイアに話しかけた。
「アイツを許さない!」
「タブルス! 今のリスイアは危険じゃ! 離れるんじゃ!!」
「リスイア! アイツは俺たちがやっつけた! だから大丈夫なんだ」
それでもリスイアの炎は消えなかった。タブルスはザミアの言葉に従わずにリスイアに一歩ずつ近付く。
「タブルス! ダメよ!」
「リスイア! どうしたの? 僕たちが分からないの??」
カナンもアビイも心配して二人に声をかける。
タブルスはリスイアの前に立ち、怒りの矛先を納められないままのリスイアを抱き締めた。
「ありがとなリスイア。俺たちを助けてくれて」
「タブ…ルス…?」
タブルスが抱き締めると、炎が少しずつ収まっていった。
「リスイア!!」
炎が消えると同時に、リスイアは力を使い果たしたように気を失った。
意識の奥で皆が心配そうに叫ぶのを聞きながら、リスイアは暗闇に落ちていった。