華の貴公子
ここはエスヒュート。俗に『雨の町』として有名だ。
シトシトと降り続く雨の中、一行は雨傘を携えて練り歩く。
この天気なので人通りは少なかったが、町人らしき姿を見かけた。
町人たちは一枚の布生地を重ね着し、花柄や色の濃淡などでまるで花のように優雅な装いをしていた。
町の中央にある池には、大きな円形の葉と花が浮かび、小さな雨蛙が合唱して天の恵の雨を喜んでいるようだった。
「なかなか風流な町じゃのう」
「私は雨、嫌ーい」
「おい、アビイ! アメンボだぜ」
「わあ、ホントだー」
雨の感じ方も楽しみ方も人それぞれだ。
町の食事処に入ると、外よりも人が多く賑わっていた。
ここの食事は、カナンがいたポルカリートの多国籍料理と異なり、見た目も味も繊細で美しく量より質という感じだった。
「わあ、美味しそう! 見た目も華やかね」
「いっただきまーす!」
「ホッホ。旅の醍醐味じゃわい」
「何から食べようかな〜」
円卓を囲んで座り、それぞれに食事や酒を味わい、楽しいひとときが流れた。
思い思いに食べ尽くし、満足し始めたところで雑談を交わす。
「あー、美味しかったー。ねえ、そういえば、この町に来た目的はなんなの?」
カナンは、食後のデザートを終えるとザミアに尋ねた。
「ふむ。まずは我らの同士がこの町にいるか調べることと、世界情勢を探ることじゃなー」
ザミアは乳白色の濁り酒をちびりとやりながら答える。
「だけどよー、この町ってずっと雨なんだろ? みんな、傘を差したり被り物してるから難しくないか?」
タブルスが珍しく真面な意見を言う。
「確かにね…」
「ふーむ。それならば、地道な聞き込みと、目立った特技がある有名人物などを訪ねるしかないかのう」
「そうだね」
アビイもリスイアも頷き、その意見に賛同した。
「まあ、今日のところは十分疲れを癒して、明日から行動開始とするかの」
「はーい」
食事を食べ終えた一行は宿へと戻り、ゆっくりと休息を取った。
次の日の朝、昨日に引き続き雨が絶え間無く降り続いている。
「この町って、ずっと雨なのー? 私、晴れ女だと思ってたんだけどなー」
「世界は広いでのう。雲の流れや気温もその土地によって変わるもんじゃて」
「カナンさんのところは乾燥地帯だから羨ましいだろうね」
「アビイのところは森も湖もあって、過ごしやすかったよなー」
「さあて、待ってても降り止まないようじゃ。昼に一旦集合だからの。忘れるでないぞ」
「はーい!」
今日は単独で町を調査することとなった。
雨傘を手に街中を歩いていたタブルスは、人が多く集まりそうなところを探していた。
薄い霧としとしと降り続く雨は人々の心を憂鬱にさせるものだが、この町の人たちは慣れているのか気にせずに傘を差して行き交っていた。
商店街では花売りや傘屋が多く見られ、町人の衣服もまた花柄が多く取り入れられていて身近に花がある生活を楽しんでいるようだった。
「ここはな、一年の殆どが雨の日だから湿気を好む草花の宝庫でな。苔や珍しい花を求めて他の町の者もよく買い付けに来るんだよ」
「なるほどな。ところで、この辺りで色髪の人を見かけたことねえかな?」
「色髪の? んー、さあな。俺は花ばかりに目がいくもんでね」
「そうっすか。どうも」
タブルスは今度は仕立て屋に立ち寄ってみた。
「いらっしゃいまし」
美しい反物や帯、装飾品などが飾られてある。物腰の柔らかそうな女性店員が現れた。
「この町では花柄の着物や飾りが人気みたいっすね」
「ええ。花は美の象徴ですもの。見た目にも美しく、その人を引き立てる器に御座いますゆえ。何かお探しものですか?」
「あ、まあ、探し物と言えばそうなんだけどさ。ここに色髪の人は来たことないですかね?」
「色髪の…はあ、そういえば、細身の美しい中性的なお方が参られたことはありましたね」
「それはどんな人だったんですか??」
「女性に贈られるのかご自身用か分かりませんが、花柄の反物や髪飾りなどを手に取ってじっくり見ておりましたわ」
「その人、どこにいるか知りませんかね?」
「さあ、そこまでは」
「そうですか…」
細身で中性的な顔か…。男女不明でどんな奴なのかまだ分からないな。
タブルスはもう少しじっくり探してみることにした。
カナンは初めて歩く異国情緒溢れる町並みに、旅行気分でウキウキしていた。
「エスヒュートか。小さいけど雰囲気あって、なかなか洒落た町じゃない」
花やカエルなどをモチーフにした雑貨屋や、歩きながら楽しめる屋台スイーツなどもある。
「お嬢さん、一杯いかがかな? この町で有名な冷茶だよ」
「冷茶? それじゃあ、頂くわ」
「あいよ!」
カナンは店員に勧められた冷茶を購入した。
「なにこのお茶! 甘くて香りが良くて、こんな味初めてだけど美味しいわ!」
カナンの後にも数人の女性が購入しているところを見ると、この町の女性に人気なのだろう。
「あ、雑貨屋もあるんだ! 覗いてみようっと」
カナンは本来の目的を忘れて珍しい雑貨や飲食物に夢中になっていた。
池のほとりではアビイが蛙たちの歌声に耳を傾けていた。
一般人の耳には、ただ鳴いているだけの蛙たちの声だが、アビイには歌詞を含めて耳に入ってくる。
「ポタポタシトシト雫が落ちるよ」
「泣いているよ、悲しくて」
「僕らの大地を守っておくれ」
アビイは蛙たちに尋ねた。
「ねえ、蛙君たち。この町でさ、綺麗な色の髪を持っている人を見かけなかったかい?」
「知ーらないよー」
「知ってるけど知ーらないよ」
「え? どっちなの??」
「ここにはいないよー」
「ここにはね」
「ってことは、この町のどこかにいるんだね?」
「探してごらん」
「花がいっぱい咲いてるよー」
「花?」
アビイは蛙たちの良く分からない言葉を分析するのに苦労していた。
一方リスイアは、珍しい植物や昆虫に心を惹かれて、じっくりと観察していた。
すると突然、ふんわりと甘い花の香りが立ち上った。
「花は好きかい?」
リスイアの後ろから、男か女か聞き分けることの出来ない若い人の声が聞こえた。
雨傘を少しあげて振り向くと、薄紫色の艶やかな長い髪を持つ、中性的な顔立ちの若者がこちらを見ていた。
「あ、あの…はい」
「君の名は?」
「リスイアです」
「そうか。美しい名前だね」
「あの、貴方は…」
「私はね、この町で有名な華の貴公子、レヴィオ。宜しく」
レヴィオという若者は、リスイアに花を一輪差し出す。
「はあ、どうも」
とりあえず受け取るリスイア。
「もしや君は、この町は初めてかい? もし宜しければご案内致しますよ」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
「喜んで」
若干怪しい雰囲気の若者に勧められ、リスイアは町を案内してもらうことになった。
降り続く雨の中、雨傘を差した貴公子とリスイアは、並んで歩いていた。
「このエスヒュートはね、ずっとこの美しい雨音を聞きながら、皆、心穏やかに暮らしているんだ」
「へー。確かに皆さんお優しい雰囲気ですね」
「そうだろう? この町にしか咲かない花や植物が有名でね、皆、花や草木を育てながら生活しているんだよ」
「なるほど。そうなんですか」
確かにこの町には見たことのない植物があちこちに咲いていて、水を十分に蓄えて生き生きとしていた。
「そうだ! もしよかったら、うちに遊びに来ないかい? 私の庭に、この世で私の次に美しい花があるんだ」
「それは大変有難いお話ですが、僕、仲間たちと待ち合わせしているので…」
「少しくらいいいじゃないか。時間は取らせないよ」
「うーん…。じゃあ、ちょっとだけなら…」
「よし! 決まりだ。さあ、行こうか」
リスイアは断りきれず、少しだけ付き合うことにした。
しかし、それが事件の始まりだった。