それぞれの夢
カナンに誘われた一行は、この辺りで有名な大衆食堂に入った。
この街は食材が豊富に取れる訳ではないが、各地との交易が盛んでいろんな品物が入ってくるようだ。
客は各地から訪れた行商人や旅人、街の常連客も混ざっている。
料理も多国籍な感じで、カラフルな彩りと甘辛な味付けが多かった。
また、見たことのない食材や虫みたいなのもあった。
「はーい、注目ー! それでは改めまして、カナンでーす! みんなに会えてとっても嬉しいでーす! じゃあ、器持って、ほら。カンパーイ!!」
「カンパーイ!」
始終、カナンのペースで事が進んでいた。
切なげに見えたのは最初だけだったのか、なかなか快活なお姉さんだ。
この街で作られたブドウ酒を大人たちは飲み、子ども達は木ノ実の果実水を頂いた。
「ほう、なかなか美味い酒じゃのう。ところで、カナンとやら。リスイアから聞いておるかもしれんが、儂らはイディアペリスの同士を集める旅をしておってのう。お主はどうするかね?」
「ねえ、その前に答えてくれる? 貴方たちはさ、なんで仲間集めしてるの?」
カナンは理由をザミアに尋ねてきた。
「儂はの、遥か東の国からやってきた考古学者じゃ。儂の国では古い遺跡が残っておっての。儂も昔はお主らと同じで有色の髪を持っており、よくイジメられたもんじゃわい。何故自分は皆と違うのか、何の為に生まれてきたのか、などと疑問を持ってのう。それで、昔の人にも同じような人がいたのか、また世界のどこかに自分と同じ人がいるのかと興味を抱き、こうして旅に出たという訳なのじゃ」
「ふーん…」
一同は食べながらザミアの話に耳を傾けている。
「で、仲間に会いたいって気持ちは私もあるからわかるけど、何で仲間を集める必要があるわけ??」
「儂の研究によると、イディアペリスには特殊な能力が秘められているという。昔は緑に覆われていたこの世界も、今や砂と淀んだ空気に覆われとる。儂はの、この世界に希望があるとすれば、イディアペリスの存在と何か繋がりがあるのでは、と考えておるのじゃよ」
「なるほどねえ…」
「そういえば、アビイは生き物の心が分かるもんな」
「リスイアも闘牛を宥めてたよ」
「あれは偶然だよ」
「いや、そうとも限らんぞい。儂らには自覚できていない能力が備わっているのかもしれん。ただ、使い方を間違えるといかんのじゃがのう…」
みんな難しい顔になり、黙りこくってしまった。
「まー、今夜は仲間と出会えたお祝いだからね! とりあえず飲もうよ!」
カナンはザミアの盃に酒を注ぎ、また楽しく食事を始めた。
そして、食事が終わって店の外に出た。
「今日は貴方たちと話せて楽しかったわ。それでさっきの話だけど、ちょっと考えさせてくれる?」
「うむ。儂らはあと二、三日はこの街にいるでのう。それまでよく考えておいてくだされ」
ザミアは宿の場所をカナンに伝えた。
「じゃあな、カナンさん!」
「また行きましょうね!」
タブルスとアビイは、すっかりカナンが気に入ったようだった。
「うん! じゃあ、またね。リスイアも」
「うん。お休みなさい」
カナンはみんなに笑顔で手を振り、家へと帰って行った。
みんなも手を振って見送り、その店を後にした。
カナンは家に着いてベッドへ寝転び、仰向けになって考えていた。
この街での生活は何不自由がなく平和だが、ゆくゆくはこの街の水も尽きて寂れていくかもしれない。
今まで何人もの男たちに交際を迫られたが、ピンとくる人はいなかった。
自分には何か特別な力があるんだろうか。
この髪は選ばれた者という証で、何かの定めを背負っているのだろうか。
そんな妄想が浮かんできた。
やりたいことも目標も、何もない今までの人生。
その辺の男と結婚し、子供を産み育てる、そんな普通の生活。
私が望む幸せとはそれなのかな?
『この世界に希望があるとすれば、イディアペリスの存在と何か繋がりがあるのでは…』
ザミアの話を思い出した。世界とはどんなところ何だろう。私はどんな力があるのだろう。
こんな私でも何か役に立てる事ができるのかな…。
自分の事がもっと知りたい。世界が知りたい。
そんな思いを抱きながら、カナンはいつの間にか眠りについていた。
宿に戻り、就寝準備に入っていた一行もまた、それぞれの思いを胸に抱いていた。
リスイアはザミアの話を思い出しながら、それぞれについて考える。
タブルスは、同郷で面白そうなところにどこでも行きたがるタイプ。
それは記憶ではなく、今までの発言と行動から推測できた事だ。
アビイは、あの村には居られなくなり、広い世界を知りたいと一緒に出掛けることになった。
また、ザミアとは、あの灰色の街で偶然出会った。
…偶然?
いや、この出会いも実は決められたことだったのかもしれない。
或いは、会いに行こうという意志と選択があった結果なのだ。
「ねえ、タブルス。将来の夢ってあるの?」
「何だよリスイア、いきなりだな。んー、世界を救うとかっても、俺にはよくわかんねーしな」
タブルスは唐突な質問に驚きつつも、仰向けになりながら答えた。
「アビイは?」
「僕? うーん僕も、ずっと村で生きてて村で死んで行く運命だと思ってたからね」
「そっかー。そうだよな」
リスイアもまた、記憶も戻らず、自分がどうして行きたいかなんて言われても上手く答えられない。
「お主らはまだ若い。まずは自分のことをよく知ることじゃ。どんな性格でどんな能力があり、何に向かって進み、何をやり遂げたいかとな」
「そうですね。分かりました!」
「後は自分と、いつか守りたいと思える人を守れる強さを身に付けねばならん。ということでじゃな、明日から稽古を付けるぞ。今のうちにしっかりと休んでおくのじゃ」
「け、稽古?!」
「旅の途中でまた猛獣に出くわすかもしれんしのう」
「そ、それは、アビイとリスイアがいれば大人しくさせることも…」
「話を聞かないタイプもいるよ?」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
「ホッホ。さて、早う寝るのじゃ」
四人は毛布を被り、それぞれ考えながら眠りについた。