黄昏の女
宿に戻るとザミアが待っていた。
「お主ら、どこへ行っておったのじゃ?」
三人は気まずそうに目配せする。
「えっとなー、アビイと二人で例の人探してたら、偶然リスイアに会ってさー」
「それで闘技場に行ったのかね?」
「そうそう…って、あ…」
タブルスはザミアの誘導尋問にまんまと乗せられた。
「こやつめ! まったく…あれほど目立つ行動をするなと言うたじゃろ!」
「ごめんなさい…」
三人は夕飯中もザミアにきつく説教され、全然食べた気がしなかった。
翌朝、今日はザミアの指示通りに動くことになった。
ザミアが入手した街の地図を元にエリア分けを行い、東西南北で別れて探すことになった。
一度昼頃に集合し、昼飯を取りながら情報交換するという方向で話は決まったのだった。
リスイアは南地区の闘技場がある付近を探すことになった。
闘技場のイベントは七日に一度行われるようだ。
昨日よりは人が少ないが、周りには広場などもあり、街の人たちの憩いの場にもなっているようだった。
ひとまず犬を連れて散歩中の人に声をかけてみる。
「あのー、ちょっとお尋ねしたいのですが、この街で色髪の人を見かけませんでしたか?」
「えっ? 見たことないなぁ」
「…そうですか。ありがとうございます」
道行く人に尋ねたが、皆同じ答えだった。
やはり目立つのを避けて行動しているのだろう。
四人で手分けしてもなかなか難しそうだった。
昼に待ち合わせの店で状況を話し合った。やはり有力な情報はなさそうだった。
「みんなー! 見つけたよっ!」
遅れてきたアビイが駆け込みながら叫んだ。
「ホントか、アビイ?」
タブルスが立ち上がって聞く。
「うん! 東地区にいた小鳥たちに聞いたんだ! 夕陽のような黄昏色の髪を持つ女性がいるってさー」
「そうか! それで、どこにいるのじゃ?」
アビイは席につくと、水をゴクゴク飲みながら一息ついて答えた。
「んー、それが細かい場所までは…だけどね、何故だかその人は夕方以降にしか現れないらしいんだよね」
アビイは運ばれてきた食事に手を伸ばしながらザミアに伝えた。
「そうか。では、食事を食べ終えた後、皆で東地区の聞き込みに行くぞよ」
「はい!」
街の東側のエリアにやってきた。歴史のある建造物や美しい街並みが広がっている。
「ふうむ。場所によって街の雰囲気が結構変わるもんじゃのう」
ザミアが興味深げに見渡す。
趣きがあるこの場所は、他の町から来た旅人や、恋人たちのデートスポットとしても人気があるようだった。
「それでは皆、手分けして探すのじゃ」
「おぉー!」
四人は各自で聞き込みを始めた。
この近くにいるのは確からしいのだが、なかなか容易ではなかった。
リスイアは通りかかった若い男性に尋ねた。
「すみません。この辺りで夕陽に染まったような色の髪を持つ女性を見ませんでしたか?」
「ああ、カナンのことかな? あんな美しい女性は見たことないよ。ポルカリートの男たちは皆、一度はあの人に恋をするんだ」
「その人はどこに行けば会えますか?」
「あの人に会えるのは時の運でね。陽が落ちる頃になったら、どこかで夕陽でも眺めているんじゃないかなー」
「夕陽か…」
他の三人と合流したリスイアは、先ほどの話を伝えた。
「カナンという美しい女性、とな」
「その人ね、歌声も綺麗らしいよ」
アビイが情報を追加する。
「二、三日前にその人に告白した男がいたってさ。見事に振られたみたいだけど」
タブルスも必要かわからない情報をねじ込んできた。
「ふむ。儂が聞いたところでは、時々夜の店で見かけるらしいのじゃがの、お前さんらは入れんからのう…」
「じゃあ、どうするんだよ!」
タブルスが突っ込む。
「これから陽も暮れるが、それまで探してみて、もし捕まらんかったら儂がその店に行ってみるしかないかのう」
「わかった。じゃあ、また後でな」
タブルスがそう言うと、またそれぞれ分かれて探し始めた。
夕陽が街を染める頃、人通りも少なくなってきた。
街の人は美しいと表現していたが、その女性もきっと、皆と違う髪の色に悩んできたのではないだろうか。
だから目立たない時間に出歩くのでは、とリスイアは考えていた。
そして奇跡的に出会えたとしても、仲間になってくれるかは分からない。
その人にもその人なりの人生があるのだから…。
小高い丘の上で落ちていく夕陽を眺めると、なんだか寂しく愛しく感じられた。
「この街の夕陽は綺麗でしょ?」
リスイアはその声に驚くと、夕陽と溶け合うような長い髪の若い女性が、いつの間にか隣で一緒に夕陽を眺めていた。
「貴女は…もしかして、カナンさん?」
「私のこと知ってるの? あんた、見かけない顔だけど…。ちょっとねぇ、その髪! もしかして、あんたもなの??」
「はい。僕実は、イディアペリスの人を探して仲間と旅をしてるところなんです」
「うっそー!! 私、同じような人と会うの初めて!!」
「まぁ、僕も最近出会ったばかりなんですが。あの、もし良ければ、仲間たちと会いませんか?」
「え? いいのー? 行く行くー!!」
もっと警戒されるかと思ったが、積極的に賛成してくれて助かった。
「それでは、一緒に行きましょう」
リスイアは簡単に自己紹介しながら、カナンを連れて仲間たちと合流した。
「おぉー! もしかして、そちらの方が…」
「こんばんは! 初めましてー、カナンでーすっ」
「えっと…俺はタブルスで、こっちはアビイだ」
「よろしくねー! わぁ! タブルス君は晴れた日の空の色で、アビイ君は新緑の色なんだねー」
タブルスとアビイは、元気なカナンの勢いと魅力に負けてモジモジしている。
「オッホン! 儂はザミアと申す。儂も若かりし頃はの、美しい藍色で皆に誉め称えられたものじゃ」
何故か自慢気に語るザミア。
老いても若い女性を目の前にすると、かっこ良いところを見せたくなるものなのか。
「こんばんはー、ザミアさん! ウフフッ、みんな可愛いわねー」
ボンッという音が聞こえたかのように、真っ赤になる男子たち。
「お主ら、顔が真っ赤じゃぞ?」
「私のことは気軽にカナンって呼んでね? あ、そうだ! みんなとゆっくり話したいからさー、これからどこかで食事しない?」
「ハイ! 是非、喜んで!!」
みんなを代表してタブルスが威勢よく返事をした。
「それじゃあ、みんな行きましょ!」
カナンが元気に取り仕切って歩き出し、みんなも嬉しそうにカナンに付いて行った。