エピソード5 盗賊団③
ここはベルカの街の、教会が管轄する修道院の一室。
僕たちは、あのあとすぐに駆け付けた救助隊に助けられ、ここに運び込まれて、現在治療を受けている。
みな重症だが、さいわい死者は出なかった。
「クソッ! クソッ!」
僕は、まわりにほかの患者がいるのもお構いなしに、わめき散らしていた。
腹が立つ。あの盗賊頭にではなく、情けない自分自身にだ。
何が恩を返すためだ! 何が平和な世の中のためだ!
結局、何もできなかったじゃないか。
大切なイリナを目の前で奪われて、何もできなかったじゃないか!
廊下から、ひそひそと話声が聞こえる。
「捜索隊は出るだろうか?」
「ないだろうな。さらわれたのは女の子1人。あの兄さんには気の毒だが、運が悪かったで終わる話だろうよ」
「貴公、少し話はできまいか?」
となりで治療を受けていた男が、僕にそう話しかける。
「私はマウゼン。ピーター=マウゼンと申す。先ほどは我らの力及ばず、誠に申し訳ない。弁明の余地もない」
そう、この人は先ほどまで商隊を護衛していた騎士達の隊長だ。
「我らみな重症で起き上がることができない。聞いての通り、捜索隊が出る見込みもない」
「それでもあの少女を助けたいと願うなら、できる限りの協力をさせてもらうが、貴公はどうしたい?」
「僕は……」
一瞬考えるが、すぐに答えは出た。当然だ。
「イリナを、助けたいです」
「ウム、よろしい。では私も、せめてもの礼儀、全力をもって貴公を支援させてくれ」
マウゼン卿は、敗因の分析から始める。
「まず、あの盗賊団は、非常に統率が取れ、かつ、戦術的に動いていた」
それは僕も思った。
的確に護衛の戦力を分断し各個撃破、おまけに内通者まで忍び込ませておく念の入れようだ。
「次に、君のやられ方。何をされたのかはわからないが、少なくともバトルアックスはおとりであったと考えられる」
今になって冷静に考えれば、巨大なバトルアックスを目の前で振り回したり、大げさなモーションを取っていたのは、「敵の攻撃手段はバトルアックスだ」と僕に認識させるためのパフォーマンスだったのだ。
「以上の2点から、敵は粗暴で力任せの盗賊ではなく、高度な戦術を立て、敵を誘導する策略を練ることができる、むしろ戦術家のような人間ではないかと私は考える」
「なるほど」
「実は数週間前、私の同僚が例の盗賊頭にやられたのだが、彼も同じように、ナイフで決定打を与えられていた」
大体わかってきたぞ。あのバトルアックスはフェイク、いわば「おとり」だ。
避けて懐に入ってきたところをナイフで刺すというのが、あの盗賊頭の戦法らしい。
「では、それを防ぐ対策が必要ということですね?」
「ウム、正解だがもっと良い方法がある。敵が罠にはめようとしているなら、さらにそれを利用して、敵を罠にはめ返すのだ。その策をこれから貴公に伝授しよう」
流石に夜に外出するのは危険すぎるので、その日の夜はマウゼン卿からいろいろとアドバイスを受け、準備に専念することにし、翌朝すぐに出発した。
腹の刺し傷が痛む。処置はしてもらったが、この状況で戦えば傷が開くのは明らかだろう。
戦闘を長引かせることはできない。
僕は、右手に剣・左手に盾を装備して、ベルカの街の近くに広がる森に向かった。
住民から、盗賊団のアジトと思わしき建物があるとの情報を得たからだ。
森に入ってけもの道をしばらく行くと、やがて一軒の小屋が見つかった。事前の情報通りなら、あれが盗賊団のアジトだ。
まわりに見張りが2人確認できる。
中に何人いるかは分からないが、盗賊頭一人だけということはないだろう。
盗賊団員はサボることなくまじめに見張っている。
やはり、統制が取れた組織であるというのは間違いないようだ。
さて、どうしたものか。
ここでの戦闘は避けたい。騒ぎを起こすのはまずいだろう。
こっそり潜入するか?
いや、潜入経路を練っている時間はないし、作戦的にも、潜入するのはあまりいい手ではない。
やはり……
僕はさっと立ち上がり、堂々と小屋に向かって歩きながら、大きな声を張り上げた。
「僕はリュート=グッドホープ! 盗賊団の頭に、決闘を申し込みに来た!」
「昨日のあのガキ、マジで爆笑だったな。今思い出しても笑えるぜ」
小屋の中、盗賊団のメンバーが、酒を飲んだり、ギャンブルに興じたりしながら、思い思いに談笑している。
「しかし兄貴、あれから機嫌悪くないか?」
団員の一人が、チラッと盗賊頭を横目で見ながらつぶやく。
盗賊頭は、いつものお気に入りの席に座っている。
時々、手にしたモルトウィスキーのボトルをあおってはいるが、誰とも談笑せず、不機嫌そうな表情で団員たちが談笑するさまを眺めている。
突然扉が開き、外を見張っていたはずの団員が入ってきた。
「兄貴、とんでもねぇバカ捕まえやしたぜ」
僕は団員に両手を縛られ、盗賊頭の前に引きだされた。
「てめぇ、何しにきやがった?」
「もちろん、お前に決闘を申し込みに来た。僕と勝負しろ!」
「おいおい、本当にバカだな。それでわざわざ命捨てにここまで一人で乗り込んできたのか。決闘なんざ受ける義理はねーよ」
「おい、誰かこの死にたがりのバカを縛ったまま川に捨ててこい」
「怖いのか? 図体がでかいだけで、臆病者だな」
「安い挑発だな。そんなもんで俺が熱くなるとでも思ったか?」
「いや、姑息な手を使わなければ勝てないから怖いんだろ? そんな臆病者だから、騎士を落ちこぼれたんじゃないか」
ピクリと盗賊頭がわずかに反応する。チャンスだ、このまま畳みかけろ
「騎士は正々堂々戦うものだ。たとえどんな強大な敵でも、ひるまずに立ち向かわなければならない。逃げるのは臆病者のすることだ」
「それなのに、お前は卑怯だ。姑息な手ばかり使って。騎士として恥知らずだと思わないか。落ちこぼれるのは当然だろう?」
「何だと……」
「僕はお前とは違う。正々堂々戦う。騎士の教えに恥じるようなことは絶対しない」
「黙れ……」
「愛する家族のため、恋人のため、故郷のため、命をとして戦い抜いて見せる」
「僕は勝つ、騎士の名に懸けて」
「黙れ!!!」
ブンっ、と盗賊頭が持っていた酒瓶を僕に投げつける。
僕はそれを避け、大声で言い放つ。
「来い! 僕と勝負しろ!」
「そんなにお望みならぶっ殺してやるぜ」
盗賊頭は怒り心頭といった様子で立ち上がる。
僕は縄を解かれ、剣と盾を返された。
「一瞬で消してやる」
盗賊頭がバトルアックスを手に取る。
僕は左手で盾を構える。
「なんのつもりだ……」
僕の行動がさらに盗賊頭を怒らせる。
この盾はマウゼン卿から借りたものであり、護衛騎士団の紋章が大きく刻まれている。
「騎士の誇りだ」
「死ね!!!」
最後の一言で盗賊頭は完全にキレたようだ。
例のごとくバトルアックスを大きく振りかぶり、一直線に縦に振り下ろしてくる。
僕はそれをサッとかわすと、右手の剣で突きの姿勢をとり猛然と盗賊頭の喉元を狙う。
――「勇者式ですか?」
「ウム、左様」
マウゼン卿がそう答える。
「勇者式」とは、神聖バームガルド皇国における最も一般的な剣技の型のことだ。
必ず右手に剣、左手に盾を持ち、魔物・盗賊・連邦軍、あらゆる敵に対し効果的、効率的に戦えるよう類型・形式立てて技の体系が整理されている。
バームガルド皇国の正規兵で構成される、「神聖騎士団」、あるいは民間最大の傭兵組織である「護衛騎士団」は、いずれも入隊条件に、「勇者式」をマスターしていることを要件とする。
逆に言えば、バームガルド皇国の騎士は、必ず「勇者式」を使えるということだ。
「今回は時間がない。よって、たった一つの技のみ教える。外したら終わり、チャンスは一度きりだ」
そういってマウゼン卿が教えてくれたのが、「刺突剣」という技だ。
敵の攻撃を避けた際に、そのまま一瞬で懐に入り、右の剣で喉元を狙う。
いわゆるカウンター技だ。
これこそが、盗賊頭を倒すための秘策である。
――「死ね!!!」
盗賊頭がバトルアックスを振り下ろす。
僕はそれをサッとかわすと、右手の剣で突きの姿勢をとり、猛然と盗賊頭の喉元を狙う。
……と見せかけて、直前でバックステップし、距離を取る。
「なっ」
盗賊頭が驚いて目を見開く。
左手のナイフが、僕が入り込んでくるはずだった空間に突き出されている。
「もらった!」
僕は完全に無防備な盗賊頭に、一閃を振り下ろす。
―― 信じていたさ、俺だって。昔はさ。――
「クソがっ……」
盗賊頭は傷を抑えながら、ガクンと膝を折る。
手にしたバトルアックスが床に落ち、ガランガランと大きな音を立てる。
勝負ありだ。