エピソード3 盗賊団①
――「兄貴、獲物ですぜ。」
月の見えない不気味な夜、数人の男たちが何やらこそこそと話している。
「人数は」
「5人です。護衛は1人みたいですぜ」
「チッ。平和ボケしてやがる」
男たちの中でも、ひと際大きい、リーダー格と思しき男が、のそりと立ち上がる。
「よし、いくぞてめぇら」
「へい、兄貴」
――街道沿いに、5人組の商隊がいた。護衛騎士と思われる先頭の男が、街の灯りが見えたのを確認し、ほっと胸をなでおろす。
「まもなく、ベルカの街に到着します」
「ヤレヤレ、こんな時間になってしまった。まだ宿は開いているんだろうな?」
依頼主の男が、そう愚痴をこぼす。
「しっ! 静かに。誰か来る」
護衛剣士はそう言って腰の剣に手をかける。
騎馬が数騎、こちらに向けて駆けてくる音が聞こえる。この時間、この状況からして、歓迎のできる客ではなさそうだ。
「なっ、なんだって」「ひぃ」
商人たちは、大慌てで回りを見渡す。
間もなく、商隊のまわりを、武装した5人の男たちが一瞬で取り囲んでしまった。
「そんな、この辺にはコボルトぐらいしか出ないって聞いてたのに」
商人の1人が、泣きそうな声でそうこぼす。
「ハッ。それで護衛をケチって今の状況だ。ざまぁねぇな。金目の物を全部出しな。金貨、銀貨、宝石、 武器、商品、魔道具もすべてだ。馬もいただく。抵抗するなら全員ぶっ殺す!」
リーダー格の大男がそう怒鳴りつける。
「待ちたまえ!」
そう言って護衛騎士は右手に剣、左手に盾をかまえ、大男の前にさっそうと立ちふさがる。
「き、きみ! 彼らを刺激せんでくれ」
依頼主の男が、慌てて護衛騎士を制する。
「ご心配なく。こういう時のための護衛です。なぁに、所詮は徒党を組まなければ何もできないチンピラ。コボルトと一緒で、ものの数ではありませんよ」
護衛騎士はむしろ、待ってましたといわんばかりの調子で、盗賊たちを挑発する。
「兄貴、どうしやす?」
「チッ、勇者気取りが、めんどくせぇな」
リーダー格の男はやれやれといった感じで馬から降りると、大人の身の丈ほどはあろうかという巨大なバトルアックスを構え、護衛騎士の前に立つ。
「クッ、あんな大きなものを振り回せるのか……」
護衛騎士が一瞬怯み、盾に身を隠した瞬間を、大男は見逃さなかった。
「おらぁ! 行くぞ!!」
バカでかい掛け声とともに巨大なバトルアックスを頭の上で大きく振りかぶり、そのまま全力で縦に振り下ろす。
岩盤のめくれる轟音とともに、粉塵があたりを覆う。
だがそこに、護衛騎士の姿はなかった。
「フッ。でかいだけで、よけるのは簡単だ!」
大男の大げさなバックスィングを見て危険を察知した騎士は、それをひらりとかわしたようだ。
「もらった!」
今度は騎士が一気に距離を詰め、隙だらけの大男を剣で刺し殺そうとする。
「バカが、かかりやがった」
大男はにやりと笑う。いつのまにか、左手にナイフを握っている。
大男は最小限の動作で騎士の剣を避けると、そのまま相手の勢いを利用して、ナイフを腹に深々と突き立てる。
勝負ありだ。
「手間かけさせやがって」
大男はそうぼやきながら、悶絶する騎士からナイフを引き抜く。
「おら、さっさと金目の物をだせ、次はねーぞ」
――空はよく晴れ渡り、ポカポカとした陽気が心地よい。
ここはミナス村と、次の街ベルカをつなぐ街道。
運よく商隊の馬車に同乗させてもらえたので、道中は非常に快適だ。
「あの、リュート、もしかして怒ってます?」
イリナは少し離れた荷物の陰から、恐る恐るといった感じで僕に尋ねる。
「怒ってなんかないよ。むしろありがたいぐらいだ。でも、本当に良かったの?」
これは偽りのない本心だ。
敵国のど真ん中で、右も左もわからない僕が一人旅なんて、無謀にもほどがある。せめて現地のことに詳しいガイドに、同行してもらいたいと思っていたところだ。
「はい、実は私も以前から、いつか旅に出たいと思ってたんです。旅に出て、いろんな土地の、いろんな薬草のことについて勉強すれば、早く立派なお薬屋さんになれそうで」
「それに、もしかしたら兄の行方が分かるかも知れません。だからリュートが旅に出るっていったとき、すぐについていこうって思ったんです」
イリナは僕が怒っていないことに安心したのか、嬉しそうに近寄ってきて僕のとなりに座る。
「それにしても随分と、ものものしい護衛だね」
僕は、商隊のまわりを囲む兵士たちを見渡す。
商隊の構成は、馬車に乗っているのが僕たち2人も含めて5人、
僕たちのほかは商人や旅人など非戦闘員ばかりだ。
商隊を護衛するのが、
歩兵6人、
馬車をあやつる御者が1人、
剣と盾で武装する護衛騎士が3人、
全部で15人の商隊だ。
護衛騎士の3人は馬に乗ってあたりを警戒している。
「なんでも、ここんとこ街道に盗賊が出るらしい。何度も商隊が狙われて、結構な被害が出てるんだとよ」
馬車に同乗している商人が、そう教えてくれた。
「あんたら夫婦かい。いいねぇ、おれもそんな可愛い嫁さんと旅してーよ」
「よ、よよよ嫁さんだなんて私たちまだ……」
イリナは真っ赤になりながら何事かつぶやいている。
「それであんたら、どこまで新婚旅行するつもりだい?」
旅の最終的な目的地は、北の果てにある「クロスゲート」だ。
この世界には2つの大陸がある。大陸の名は、それぞれその地を統治する超大国の名前を取って、「バームガルド大陸」と「クラトス大陸」だ。
2つの大陸の間は、巨大な結界が延々と張り巡らされ、通常のいかなる手段をもってしてもこの結界を超えることはできない。
この世界で唯一、「クロスゲート」と呼ばれる場所にのみ、大陸間を移動可能な、つまり、連邦と皇国を行き来できる門が存在するのである。
だから連邦と皇国は、この「クロスゲート」を戦略上最重要拠点ととらえ、死に物狂いで奪い合いを繰り返してきたのだ。
ちなみに、イリナの故郷である、ウォーレンベルク領、ミナス村は、バームガルド大陸のほぼ南端にある小さな村だ。
つまり、ミナス村から、「クロスゲート」に向かうには、南から北へ、ほぼ大陸を縦断する必要がある。
道中険しい道のりになることが予想される。だからまずは、ミナス村の隣街、ベルカにて、本格的な大陸縦断の準備と、情報収集を行うつもりだ。
「敵襲! コボルトだ!」
護衛騎士がそう叫ぶ。
コボルトは犬の頭に獣人の体をした、小柄な魔獣だ。
数匹でチームを組んで、旅人に襲い掛かってくる。
この商隊が襲撃されるのも、これで3回目だ。
とはいえ、コボルト程度では戦闘にすらならない。
彼らは非常に憶病なので、護衛騎士が太鼓やドラなど音のでるものを鳴らしながら馬に乗り、大声で追い立ててやるだけで、戦いもせずに一目散に逃げていく。
護衛が警戒しているのは、コボルトではなく、人間の盗賊団だ。
「もうすぐベルカだ。気を引き締めろ!」
護衛騎士達の隊長が、改めて皆にげきを飛ばす。
ベルカの街まであとわずかというところで、歩兵が突然声を張り上げる。
「出たぞ! 盗賊団だ!」
馬車の進行方向右手、丘の上に馬に乗った盗賊が5騎見える、いずれも弓と矢で武装している。
「まずは馬車を落ち着かせろ」
「歩兵は馬車のまわりを円陣防御、護衛騎士は全騎、右翼に集まれ」
隊長が冷静に指示を出す。
「リュート、どうしよう」
「大丈夫だよ。護衛騎士が何とかしてくれるさ」
そう答えてはみたものの、敵は護衛騎士の剣の射程外から矢を撃ち込んでくるつもりだ。
恐らく、逃走戦になるだろう。
「ベルカまであと少しだ! 逃げ切れば我々の勝ちだ。全力で走れ」
「行くぞ、愛する家族のため、恋人のため、故郷のため、命をとして戦い抜いて見せる。我らは勝つ、騎士の名に懸けて」
隊長がそう叫ぶ。
御者がたづなを取り、馬車を全力で疾走させる。
馬車が大きく揺れ、荷物がガタガタと音を立てる。
イリナが僕にしがみつく。
盗賊団は、挑発するように矢を撃ち込んでくる。
護衛騎士が近づくと、サッと逃げ、距離をとり、また矢を撃ちはじめる。
「深追いするな。適当にあしらえ」
隊長が、そう指示を出す。盗賊団の狙いが、騎士をかく乱して馬車から引き離すことだと見抜いているからだ。
護衛騎士たちは深追いせず、また、馬車に矢が当たらないように絶妙な距離を保ちながら、盗賊団をけん制している。
「左翼。新たに2騎!」
馬車のまわりを固めていた歩兵が叫ぶ。
左の深い茂みの中から、突然新たに2騎、盗賊が現れた。一人は槍、一人は斧で武装しており、馬車の左側を固めた歩兵3名に一気に襲い掛かる。
「しまった!」
左翼の異変に気付いた隊長以下護衛騎士3騎が、慌てて救援に向かおうとするが、その背を、待ってましたといわんばかりに右翼の盗賊が弓で一斉に狙い撃つ。
「まずい!」
尋常ではない事態に僕も剣を抜く。
「動くな」
突然近くで声が聞こえた。
ハッとして振り返ると、なんと馬車の右側を固めていたはずの歩兵3名が剣を抜き、馬車に乗り込んでいる。
その中の一人が、イリナに剣を突き付けながら、僕にそう警告した。