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エピソード2 旅立ち

「あの、リュート。どこか痛む? 顔色が真っ青だけど」

 イリナが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「あ、ああ、大丈夫だよ。ありがとう。そ、それより、イリナこそすごいじゃないか。僕の右手と右足は、回復魔法か何かで治療してくれたの?」


 あまり僕のことを詮索されるのは得策ではないと考え、とっさにイリナに質問をなげかける。


「えっと、あの、それは、その……」


 イリナは突然居心地が悪そうに、手をもじもじさせながら、言いよどんでいる。目が完全に泳いでいる。


「あっ、そうだ! 起きられるようになったなら何か温かいシロップでも作ってきますね」

 イリナは逃げるようにして、その場をパタパタと離れていった。


「何か変なことを聞いてしまったかな?」

 僕はあっけにとられ、その様子を眺めていた。






――それから数日が経過した。


 右手右足の傷は、完全に消えていたが、精神的・肉体的疲労が限界に達していたので、その間はイリナの好意もあり、彼女の家で厄介になることにした。


 余計な詮索を避けるため、僕はケガで記憶が曖昧になっており、自分がどこから来たのか、イリナを助けた時になんの魔法を使ったのかわからないということで、彼女の質問をなんとなくはぐらかすことにした。


 だましているようで罪悪感を覚えないでもないが、ここは皇国領のど真ん中。連邦人であることはバレない方がいい。


 極力用心しておくに越したことはないだろう。


「リュート、夕食にしましょう」


 夕食のメニューは、近くの川で採れた旬のサクラマスのムニエルだ。サクラマスの切り身にパン粉をまぶし、アスパラガス、マッシュルームと一緒にバターで炒め、塩コショウで軽く味付けした絶品料理だ。


 バターの濃厚なコクと、塩コショウのスパイスが効いている。アクセントのレモンの酸味がまた食欲を引き立てる。ほかには特製のクリームシチュー、ライ麦パンにペルベリーの実のジャム、どれもイリナの手作りだ。


「じゃあ、料理とかにも、そのヒートトーチを使うんだ」

 僕は、イリナの話に耳を傾ける。


「はい、ヒートトーチは、炎の魔法を閉じ込めた石のことです。光と熱の性質をもっているので、家の灯りや、調理なんかにも利用します」


「ほかにもいろいろあって、水の魔法石のアクアクリスタルは、冷気を発するのでタルや壺に食料と一緒にいれて冷蔵保存用に」


「風の性質を持つエアキューブは、水車や風車を回すのに使ったり、ヒートトーチやアクアクリスタルと併せて冷暖房器具として使います」


「土の性質をもつマインストーンは家を建てる時に要石として使うと、地震に強い家になるんですよ」


 イリナが楽しそうにそう答える。


 とても興味深い話だ。数百年にわたり戦争を続ける連邦と皇国は、お互いの文化の交流はほぼ皆無といっても過言ではない。


 連邦では、皇国の生活、文化、風俗に関する知識はほとんど得られない。だから、イリナの話は本当に新鮮に感じる。


「こういった魔法石は、ダイヤルという調整器具を取り付けて出力を調整するんですよ。魔法石の錬成は自然系統の魔導士、ダイヤルの加工は錬金術系統の魔導士にしか、それぞれできないんですよ」


 これまた面白い話だ。


 連邦には、魔法を使える人間はいない。というか、貴族特権を持つ神聖バームガルド皇国の魔導士に虐げられていた平民や奴隷階級の人たちが、力を合わせて開拓した新天地が今のクラトス機械都市連邦なのだ。


 血統、生まれながらの才能でしか開花しない魔法の力は、それを持つ者には圧倒的な権力を、それを持たない者には絶対的な服従を強いるものだ。


 それに対抗するために、連邦では「機械」が発明された。身分や才能に関係なく、どんな人でも使い方さえ知っていれば皆同じように使うことができる機械。


 まさに、「自由・平等・民主主義」の精神をもつ連邦にとって、ピッタリの文明文化なのである。


 だから連邦では、魔法を毛嫌いしているし、皇国に取り残された平民や奴隷たちは、貴族である魔導士に搾取され、とても過酷な環境での生活を強いられていると考えられている。


 ところが、目の前にいる平民のイリナは、ごく当たり前のように魔法石を使いこなしている。彼女曰く、これらの魔法石は道具屋で普通に売っているものらしい。


 中には平民が使っている魔法石の修理や補修、メンテナンスを請け負う魔導士もいるとのこと。


 想像と現実のギャップに、開いた口が塞がらない。


 夕食を終え、片づけを手伝いながら、今度は別の事について聞いてみる。

「そういえばイリナ、ご家族は?」


「両親は、物心つく前に病気で亡くなったそうです。兄が一人います」


「ごめん」


「いえ、いいんです。寂しくはありませんでした。私には兄がいましたから。兄はとてもやさしくて、面倒見がよくて、いつも私のことを気にかけてくれました。薬草の知識も、ほとんど兄が教えてくれたものなんですよ」


 そこでイリナは少し暗い表情をする。


「兄は8年前、私が10歳のときに突然村を出て行ってしまいました。理由は、よくわかりません。泣きじゃくる私を、教会の司教様が慰めてくれたのを覚えています」


「でも」

 イリナは言葉を続ける。


「優しかった兄が、突然出て行ったのには、きっと何か深い理由があるはずです。私の夢はいつか立派なお薬屋さんになって、世界のどこかにいる兄の力になってあげることなんです」


「立派な夢だね」


「ありがとうございます」

 イリナはえへへ、と少し照れくさそうに笑うと、今度は僕に尋ねてきた。


「リュートのご家族は?」


「15年前に戦争に巻き込まれて亡くなっている。僕が5歳のときだ」

 ごめんなさいと謝ろうとするイリナを、いいよと手で制し、話を続ける。


「でも、僕も寂しくなんかないんだ」


「父さんの親友だった、バーナードおじさんが僕を引き取ってくれたからね。おじさんの実の娘で、2つ下のジルっていう血のつながっていない妹もいるんだ」


「そうなんですか。なんだか、私たちって似てますね」


「ほんと、よく似てるね」


 そう言って、少しだけ笑った。


「あの、やっぱり故郷が恋しいですか?」

 イリナにそう尋ねられて、改めて自問自答してみる。


 ここ数日の目まぐるしい環境の変化に混乱していた頭が、だいぶ整理できてきた。


 やはり、連邦に帰りたい。


 戦争孤児となった僕をここまで育ててくれた大恩人のバーナード大将に、いつもわがままでおてんばだけど、誰よりも僕のことを気にかけてくれるジルに、僕はまだ何の恩も返せていない。


 クルムハイツ先輩に、ヴァン伍長に、ケイマン隊長に、お世話になったすべての人に恩を返すために、そして、二度と僕のような戦争孤児が生まれないよう平和な世の中を作るために、僕は兵士に志願したのだから。


 その誓いを、僕はまだ何も果たせていない。


 でも、僕が連邦に帰り、その誓いを果たすことは……。


 そこまで考えて、隣で鼻歌を歌いながら片づけをしている少女を見て、僕は思う。


 それは、皇国に住むイリナを、不幸にすることになるんじゃないか……。








――そして、そこから更に一週間が過ぎた。


 僕は今日、ついにミナス村を旅立ち、連邦への帰還の旅を開始するのだ。

 大勢の村人が、見送りに来てくれた。


 この1週間ちょっとの間に、村の人たちともすっかり仲良くなっただけに、別れるのが惜しまれる。


「気を付けるんじゃぞ」

 司教様が僕に声をかける。


「おにーちゃん頑張ってね」

 孤児院のカイ君だ。おなかの具合はすっかりよくなったらしい。


「よう坊主、俺が仕立ててやった剣、似合ってるじゃねーか」

 鍛冶師のタイルンおじさんが、誇らしそうに言う。


 そうそう、結局例の事件の後、ショックガンは行方不明になってしまった。


 森で気絶したときにどこかに落としてしまったのか、いずれにせよ、皇国では銃弾の補充ができないので、使い捨てるしかなかったのだが。


 なので、道中新しい武器が必要になり、どうしたものかとイリナに相談してみたところ、鍛冶師のタイルンおじさんを紹介してくれたというわけだ。


 そう、そういえばイリナだ。


 あの日、僕は意を決してイリナに、自分の故郷に帰りたい、つまりイリナともうすぐお別れしなければならないことを告げた。


 驚かれると思っていたが、イリナはあっさりと受け入れ、旅に必要な武器や道具を、てきぱきと準備してくれたのだ。


 別れを惜しんでほしい、とまでは言わないが、あまりにもあっさりとした反応だったので、少しだけ寂しい気もする。


 今日もお別れの日だというのに、朝から姿が見えない。


 やはり、最後にちゃんとお別れのあいさつをしたい。

 短い間だったが、彼女には命を助けられ、本当に世話になった。


 感謝の気持ちを伝えることなく、お別れすることはできない。


「あの、司教様。イリナがどこにいるか知りませんか? 最後に挨拶をしておきたいのですが」

僕の問いかけに、司教様は不思議そうな顔をする。


「挨拶、なんのじゃ? 出発してからではいかんのか?」


 うん?出発したらもう会えないと思うのだが……。


「あ、イリナねーちゃん準備できたみたいだよ」

 カイ君が、そう言って通りの方を指さす。


「す、すみませ~ん。遅くなりました」


 見ればイリナは、いつもの白と青のローブ姿に、なぜか護身用の杖をもって、そしてなぜか大きな荷物をかかえてパタパタと近づいてきた。


「い、イリナ? 僕の荷物は、昨日イリナが準備してくれたから大丈夫だよ。そんなに大きな荷物は持っていけないよ」


「はい、これは私の荷物ですから」

 イリナは、あっけらかんと、そう言い放つ。


 そして、僕に衝撃の事実を伝えたのだ。

「私も、リュートさんの旅についていくことにしました♪」



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