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1話 ウエクケー会戦

 軍事的成功とは政治的な成功をしばしば意味しない。


 にも関らず多くの政治家は自らの政治的失敗を糊塗しようとして軍事的成功を求める。その結果、勝っても負けてもその政治家は破滅する。軍事的成功を政治的成功だと思い込めば、そのまま戦い続けるしかなくなるからである。


 戦争というのは続けていればいつかは負けるものだ。永遠に勝ち続ける国家や軍隊は存在しない。その事が分からない愚か者は戦争の泥沼に沈む。


 しかしながらその事が分からない政治家、あるいは軍人が「政治的に勝利するために」戦争を始め、しばしば終わらせる事が出来なくなって破滅する。戦争とは政治的手段の一つであって、戦争の勝利を政治的な勝利に変換するセンスが無ければ戦争をコントロール出来ない。


 政治的センスと軍事的センスを併せ持つ。そのハードルの高さが分からない者たちが何度でも戦争を起こし、勝手に破滅する。


 しかし、歴史上極めて稀な例だが、軍事的にも政治的にもセンスに恵まれた人物が、戦争を起こすことによって国を救う事がある。


 戦争とは当たり前だが戦う相手同士が恐ろしい量の血を流し命を奪い合い、憎しみと怨念をぶつけあう行為である。


 その死屍累々の中から、それでも未来を築く礎を見出す。


 そういう人物が後の世に英雄と呼ばれる。



 エドワルド・カインツはそもそもは騎士階級の出であった。当時の騎士はつまりそこそこの土地を持つ農民という事である。封建世界において土地こそが富であり、それを多く所有する事が許されている=領主に対する多くの義務を負うという事であった。


 多くの土地を持つ者には多くの軍事的な負担を負わせる。そうして封建領主の軍事力は維持されていた。もっと言えば当時の領主の上にはいくつかの大王国がある訳だが、その王国の軍事力もまた領主たちに割り振られていた軍事的な負担の寄せ集めであった。


 現在のように中央集権国家が当たり前で軍事力と言えば中央政府が常備軍を統括している世界の見方で当時の軍事力を推し量ると見誤る。国家の軍事力は常に寄せ集めであり、国家の統率力や情勢、経済状態等で大きく簡単に変動するのである。


 カインツもそうした騎士階級の一人として戦争に駆り出された。そしてそこで大活躍するのである。


 そもそも戦士として、指揮官としての才能があったのであろう。数度の戦争で大きな手柄を立て、優れた指揮官として名を馳せた。


 そうして初めて戦争に参加してから数年ほど経った戦いでは、王国軍の前線指揮官の一角に名を占めるに至るのである。


 後の世にはフェルナンド王国対アレント帝国との決戦で知られる「ウエクケー平原の戦い」である。



 サミュエル・バーンは緊張していた。


 彼は弱冠15歳の少年騎士である。初陣であった。


 当主である父親が病に倒れたため、急遽手勢5名を引き連れてフェルナンド王国軍に参陣したのである。


 そして、地方領主の指示で配属されたのが名高いエドワルド・カインツの部隊であった。


 なんでも戦闘においては負けを知らず、敵からは悪魔のように恐れられていると聞く。いったいどんな男であろう。


 カインツ将軍の野営天幕の守備兵に来意を告げる。ただの挨拶だが、初陣なので出来るだけ戦闘の少ない所に配置してもらいたいと、それとなく告げたという魂胆もあった。


 入室を許可されたので、鎧の身だしなみが乱れていないかを確認し、大きく深呼吸しつつ入口を潜った。


 天幕の中はごく狭く、中央に大きなテーブルが置いてある以外には何も無い。おそらくここは作戦会議室用の天幕なのだろうと思われた。テーブルの上には何枚もの紙が乱雑に置かれていて、その地図と思わしき大きな紙を見下ろしている男がいた。


 ・・・男であろうか。バーンには自信が持てなかった。


 背が低かった。バーンはそれほど巨躯という程でもなかったが、それでも頭頂がバーンの目の高さぐらいであった。肩幅も狭く薄く、身体つき自体もほっそりとして、一見して女性のようであった。


 髪も肩の下あたりまで伸びており、色はくすんだ金。使い込まれて少し錆が浮いた鎧を着ていなければ別人かと思っただろう。


 バーンに気が付いてふと振り返る。切れ長の青い瞳から鋭い視線が飛んだ。


 顔立ちは整っている。いや、男性に対して失礼でないのなら美しいと評すべきだろう。バーンは思春期の少年らしくどぎまぎしたが、いやいや、この方はかのカインツ将軍なのだぞと思い直す。


 踵を揃えて一礼する。


「メデッカから参陣いたしましたサミュエル・バーンと申します!」


 カインツ将軍は柳眉をひそめ、ぽつりと言った。声も男性とは思えない透き通った声であった。


「バーン家からはソルトン氏が来るはずではなかったか?」


「は、父は病になりまして代わりに私が参りました!」


 カインツ将軍は舌打ちをした。美形があからさまにそれをやると実に嫌な感じになった。


「病程度で初陣の餓鬼を寄越したと?あの爺め。今度こそ殺してやろうと思ったのに逃げやがったな」


 目の前でさらりと父を侮辱された挙句殺意まで表明されたのだが、あまりに涼やかな声であったので少しの間バーンは気が付かなかった。


「おい!サム!」


 カインツは勝手にバーンの名前を縮めて呼び、彼の事を正面から睨め付けた。そんな表情まで美しいが、サムと呼ばれた方は心臓が凍りそうな心地がした。


「仕方が無いからお前で我慢する。恨むなら逃げた爺を恨め!」


「・・・な、なにをですか?」


「殺すのをだ」


 サムは思わず悲鳴を上げて後ずさった。


「安心しろ。私が手を下すような真似はせん」


 サムには全く安心出来なかった。小柄な将軍は腰に手を当てた姿勢でサムを睥睨した。


「一番戦闘が激しくなるであろうところで戦わせてやる。勿論、懸命に戦って運が良ければ生き残れるだろう」


「初陣なのに!」


「初陣の役立たずなど露払いにしか使えん。爺ならもう少しましな殺し方が出来たのにな」


 カインツは残念そうにそう呟くと大きなため息を吐き、もう用済みというようにテーブルの上に視線を戻し、片手でサムに行けと命じた。


 サムは転がり出るように天幕を出た。その晩はまるで寝ることが出来なかった。

 これがサム・バーンとカインツ将軍の出会いであった。



 極悪非道。冷酷無残。残虐無道。サムが後々聞いたカインツ将軍の評判は散々なものであった。


 もっともその評判の中に無能低能の類は無く、非常に有能な将軍であるという評価は一致していた。つまるところ優秀な将軍というのはそういう物なのであろう。


 しかしながらサムにとって問題なのは、自分が本当に最前線最前列に配置されてしまったという現実であった。自分よりも年上の騎士たちに挟まれて、半ば涙を流しながらサムは馬上にあった。


 鎧兜を身に付け、右手には馬上槍、左手には盾を持っていた。馬にも鎧を纏わせている。サムは重装騎兵であり、合図とともに槍を構えて敵陣に突入する役目である。つまり、敵陣に一番最初に、一番深く突入する役目である。


 早朝、まだ朝靄は晴れない。しかし風が吹いて敵が全面に現れたならサムの命運はこの手の槍だけが知ることになる。


 と、その時、最前列のサムたちの前に一頭の黒馬が現れた。ほっそりとした人物が銀色の鎧を纏い、金の飾りの付いた兜を被り、一旒の旗を掲げていた。


 エドワルド・カインツ将軍である。


「良いか!」


 その小柄な身体のどこからという大音声でカインツ将軍は呼び掛けた。


「我が軍の勝利は貴様らの前進力に掛かっている!無様に足を止めた者は後ろから踏み潰すからな!」


 最前列に立つ騎士たちを見渡す時に、怜悧な瞳がサムに一瞬静止したと思ったのは錯覚だろうか。


「敵を倒して尚も進め!槍が無ければ剣で突け!剣が無ければ脚で蹴れ!脚が無くれば噛み付いてでも進め!分かったか!」


 サムの周囲の騎士たちが苦笑気味におおう!と応じる。その雰囲気にはサムは違和感を覚えた。誰も怒ったり憤慨したりはしていないようである。むしろ感じるのは・・・。


(将軍への信頼?)


 その時、ラッパの音と太鼓の音がウエクケー平原に鳴り響いた。はっとサムが顔を上げると風が朝靄を晴らしつつある。


「さぁ良いか!者共!行くぞう!」


 カインツ将軍は旗を打ち振ると、誰よりも先頭に立って馬を走らせ始めた。



 サムは仰天した。カインツ将軍が馬を走らせると同時に、周囲の騎士たちも兜のマスクを下ろし、馬に気合を入れた。慌ててサムも倣う。緊張を感じる暇もない。それよりも、槍も持たずに敵陣に突っ込んでいったカインツ将軍の事が気に掛かった。周囲の騎士と足取りを合わせて隊列を維持しつつ前進しながら土煙に紛れてしまった将軍の姿を探す。


 程無く前方に銀色の「壁」が見えてきた。敵の騎士たちだ。今更ながらサムの背筋をおぞけが走る。と、隣で馬を走らせていた騎士が怒鳴った。


「盾!」


 サムはその言葉にとっさに反応した。左手で持っていた盾を頭上に掲げ馬の首に身を伏せる。


 豪雨のような音がして矢が振り注ぎ、数本を盾が弾く。


「うおおお!」


 思わず叫んだのは初めて敵からの攻撃を受けた恐怖からか、怒りからか。姿勢はそのまま槍を持つ手に力を籠め、馬に拍車を入れた。


 敵との距離はあっという間に無くなった。無我夢中で構えていた槍に物凄い衝撃があり、気が付いた時にはサムは一人の敵を突き落としていた。その騎士はサムの槍を抱えたまま馬から落ち、サムは槍を失った。すぐに片手剣を抜刀する。


「この野郎!」


 サムは手近な敵の方に夢中で剣を振るった。しかしその歩兵は慌てて身を躱す。サムは殺意に駆られ、馬を操り剣を振り上げた。


「馬鹿者!」


 涼やかな大音声がサムの動きを止めさせた。


「立ち止まるでない!進め!」


 思わずその声の方向を見ると、カインツ将軍が血まみれの姿で馬上にあった。


「将軍!?」


「前進して突き抜けよ!他の者についてな!早く!」


「将軍は!」


 と、その時カインツ将軍に二人の騎士が同時に斬り掛かってきた。カインツ将軍は左手に指揮旗、右手に片手剣を持っているだけだ。サムは思わず加勢に向かおうとした。が。


「ひよっこに心配される程落ちぶれておらんわ!」


 片手剣一閃。瞬く間に二人の敵騎士は馬上から消えた。返り血を更に浴びて赤い幽鬼のような姿でカインツ将軍は叫ぶ。


「行け!貴様らの前進力が勝敗を握っていると言ったろうが!」


 そう言われれば否やない。サムは他の騎士の後を無我夢中で追った。



 フェルナンド王国軍重装騎兵隊は見事にアレント帝国軍の戦線を突破した。サムには分からなかったがこれには重大な意味があった。


 カインツ将軍の指揮するこの部隊は全軍の右翼に位置していた。この戦場は重装騎兵同士がぶつかり合うに相応しい広々した平地であったのだが、ウエクケー平原自体は小さな丘陵が幾つかある地形であったのだ。


 サムたちは敵陣を貫通するとそのまま一つの丘の上に進んだ。


「見よ!」


 いつの間にか重装騎兵隊の前にいるカインツ将軍が旗を振ってそれを指した。


「あれこそは敵本陣ぞ!これより我々はあれに突入する!」


 へ?サムは思わず間抜けな声を出した。確かに、サムたちがいる丘の直下に敵の本陣らしきものが見える。


 なんだってこんなところに?と思うのはサムが素人であるからで、重装騎兵の壁に守られたところに本陣を配置するのはそれほどおかしい事では無い。


 重装騎兵を収斂させて戦線を一気に突破させたカインツ将軍の発想こそ異常であったのだ。カインツ将軍は初めから自分の戦力で敵本陣を落とすことを狙っていたのだ。


 それにしても敵の本陣である。当たり前であるが本陣を守備する兵力や、予備兵力がまだ何重にも取り囲んでいるのである。あそこに突入?思わず確認したが、カインツ将軍の率いる重装騎兵はせいぜい200騎。敵は何倍だ?


 しかし、騎士たちは全く怖れ無くカインツ将軍の声に応じると、奇声を上げながら丘を駆け下り始めた。サムも思わずつられて何を叫んでいるのか分からない声を上げながら馬を押した。


 サムは素人で助かったのだ。200騎で3千人の兵力に突っ込むと知っていたなら逃げ出していたかもしれない。しかしその事を正確に知っていたのは「部下を殺すつもりでいる」カインツ将軍だけであった。


 しかしながら馬まで鎧を纏った重装騎兵が200騎も一斉に突入してくるのである。しかも、戦線から遠く離れていると信じている連中の所にそれが現れたらどうなるか?


 アレント帝国軍は驚愕し恐慌をきたしたのである。安全であるところにいると信じているところに死兵が攻撃をしてくる。それは恐怖以外の何物でもない。


 カインツ将軍の狙いは正にそこにあったのだ。


 有効な反撃を受けないまま敵の本陣に突入したサム達は、そこで殺戮と蛮行の権化と化した。つまり手あたり次第に剣を振るい血飛沫を上げ手を切り飛ばし首を刎ね上げ頭蓋を叩き割ったのだ。


 悪魔のようなフェルナンド王国軍重装騎兵の突入によりアレント帝国軍司令部は瓦解。逃走。司令部の逃走は指揮系統の崩壊を意味したからアレント帝国軍は総崩れとなった。騎士と兵たちは散り散りバラバラになって戦線を離脱。


 かくしてフェルナンド王国はウエクケー平原の戦いの勝利者となった。


 誰がどう見てもカインツ将軍のおかげで。



 サムはいつの間にか英雄となっていた。


 敵中突破して敵の本陣を突き、会戦の勝利の立役者となった騎士たちの中でも、常に先頭に立ち剣を振るって戦い続けた若き騎士。


 フェルナンド王国王都アサカリに凱旋したサムを熱狂的な歓声が迎え、若い女性たちは彼に黄色く熱い嬌声を浴びせた。自分が何をしたかも分かっていないサムはただただ目をぱちくりさせるばかりである。


 サムは自分が戦った会戦の全容すら知らなかったのである。実のところウエクケー平原の戦いは戦力的にはフェルナンド王国2万7千に対してアレント帝国3万5千。フェルナンド王国は前哨戦に二度続けて敗れており、ウエクケー平原を抜かれれば王都アサカリを陥れかねないところであったのだ。


 王都の住民は王都失陥の危機を救ってくれたサム達、つまりカインツ将軍率いた重装騎兵たちを讃えていたのである。中でもカインツ将軍と、最年少初陣にして敵将軍を二人も打ち取った(実はそうだったらしい)サミュエル・バーンを。



 祝勝会やら叙勲式やらで揉みくちゃにされたサムはホトホト疲れ果て、ヘロヘロになった挙げ句、半月後に漸く解放された。彼は叙勲により上級騎士の位を得て支配領域が三倍にも広まり、更に税率も下がったので、彼と彼の一族にとっては莫大な利益を得ていたのであったが、とてもではないがそれを喜んでいる場合では無かった。


 サムは無我夢中で戦場を駆け回り、剣を夢中で振り回したに過ぎず、一体どの騎士が敵の将軍だったのかも思い出せない有様であったのだ。要するに初陣に有り勝ちな指揮官に引き摺り回されただけの騎士に過ぎず、戦功などまったくのたまたまに過ぎなかったのである。


 しかしながら大騒ぎも一段落したらしいので、サムはとりあえず家に帰る事にした。その前に何はともあれカインツ将軍にお別れの挨拶をせねばなるまい。正直、あの美しくもおっかない将軍と面と向かって合うのは恐ろしいことではあったが、挨拶もせずに帰るのはそれはそれで恐るべき事である。


 カインツ将軍は王都アサカリに個人的な事務所を構えていた。街中の小さな事務所であった。しかしながら今回の戦いの大功でカインツ将軍は男爵の位を授けられ、軍の大将軍に就任する事になっていたので、たぶん程無く首都の中に屋敷を構え王宮内部に自分の執務室を構える事になるだろう。


 ノックをしたが反応が無く、不在を疑ったが、中から物音がする。サムは無意識にドアノブを捻ってしまい。ドアはあっさり開いてしまった。のぞき込むとやはり物音がする。


「失礼します」


 と声を掛けて中に入る。すると奥の方から声が届いた。


「おう、その声はサムだな?今行くからしばし待て!」


 涼やかながら張りがある間違い無くカインツ将軍の声である。サムはホッとして、一応身嗜みを整えた。とはいえ厚手の上着にマントという旅装であり整えようが無かったのだが。


 やがて床を踏みならす音がして部屋の主が姿を現した。どうやら中庭の井戸で水浴びでもしていたらしい。頭からタオルを被りその金髪を拭いている・・・。


 その全身を視界に捉えた瞬間、サムは硬直した。


「いや~すまんな。忙しくて水浴びの暇もなくてな」


 などと言いながら髪の水分を拭うカインツ将軍。待たせることに気を使ったのか急いで来たらしく、ズボンは履いていたが素足で、そして、上半身は裸であった。


 いや、男同士であれば別に大きな問題は無い。剣術の訓練など夏場は上半身裸が当たり前だし、男の上半身など見て面白いものではない。


 問題なのはその、カインツ将軍の白い裸身に、どう見ても女性にしか無い筈のあれが見受けられる事だった。その二つの膨らみは小柄なカインツ将軍の胸の所で結構な量感を示しており、先端ではかわいらしい桜色の何かが揺れていた。サムの目はそこに釘付けになる。


 なんで、どうして?ていうか、やたらと美人で華奢で綺麗な声でと思ってたのだが・・・。


「うん?その格好は家に帰るのか?そうかそうか、今回そなたの働きで大分領地の加増があったらしいからな。ソルトンの爺も喜んでおるだろう。しかし戦場の厳しさを叩き込んでやろうと思って最前列に入れてやったのにあの働きは予想外だったぞ。一体どこの誰に師事したのだ?爺よりも技が洗練されておったぞ。そなた程の技量があれば王付の近衛騎士も勤まるかも知れんぞ?・・・うん?どうしたのだ・・・?」


 上機嫌で喋っていたカインツ将軍だが、サムが沈黙しているのを訝しんだ。そして彼がなんだか硬直して一点を凝視しているのに気が付いたらしい。サムの視線を辿り、それが自分の胸に向けられている事を知る。そして・・・。


「!」


 自分が上半身裸であることにようやく気が付いたらしい。瞬時に顔色が真っ赤に染まる。


 しかしさすがはカインツ将軍である。悲鳴を上げるような事は無く、じろりとサムを睨み上げる。


「おい」


「は、はい」


「見たか」


「はい、見ております」


「そうか。バレては仕方が無い」


 はぁ、とカインツ将軍はため息を吐くと、俯いた。しかし一転、恐ろしい眼光でサムを見上げ、同時に思い切り右手を振り上げた。


「とりあえず何時までガン見してんだこのアホが!」


 見事な右ストレートがサムの左頬に炸裂した。


 ・・・というわけでサムはカインツ将軍が着替え終わるまで追い出された後、改めて呼ばれて恐る恐る事務所に中に入る。


 カインツ将軍はすっかり男装して、腕組みをして立っていた。ブーツに白いズボンと紺色の上着でこの格好をしていると男に見える。しかしながら結構大きな胸をしていたのにどうやって隠しているのか?と思わず目をやりそうになり、腕組みの手に阻まれる。


「う」


 あれは腕組みでなく胸を隠しているのだ、と分かってしまい、サムはあらぬ方向に目をやった。カインツ将軍はサムの入室時から凄まじく厳しい眼光を照射し続けており、とてもではないが目を合わせられなかった。


 しばらく何とも言い難い沈黙が続いたが、やがてそれは地獄の釜が開くような声で破られた。


「秘密を知られた以上生きて帰すわけにはいかぬ」


「ひ!」


 ウエクケー会戦の英雄たるサミュエル・バーンともあろうものが恐怖に戦いた。カインツ将軍の目は赤く光り、口からは瘴気のようなものが吹き出している様に見える。カインツ将軍は本気で怒っており、このままでは躊躇無くサムを斬り捨てて庭にでも埋めるであろう。


「も、申し訳ありませんでした。まさか将軍が女性であるとはつゆ知らず・・・。」


「大きな声で言うでない!誰にも知られてはならぬ秘中の秘ぞ!」


 カインツ将軍はそう言うのだが、サムは果たしてそれはどうか?と思っていた。そもそも男にしては美しすぎるし華奢であるし、大体、鎧姿ならともかく普通の服では男装しても身体の曲線は隠しようが無いだろう。特にあの胸は無理だ。


 大体、あの迂闊さで何年も周囲の人間を騙し続けられるとはとうてい思えない。女性であることを隠そうとしている人物が、いくら家の中だとは言え、事も有ろうに上半身裸でノコノコ歩き回るなど迂闊にも程があるだろう。たぶん、周囲にはバレバレなのではないか?とサムは思ったが賢明にもとりあえず沈黙を守った。


「・・・責任をとって貰おうか!」


 カインツ将軍の言葉にサムは反射的に下げていた頭を上げてしまう。責任?え?その、乙女の裸を見た責任を取れって、つまり?などと少年らしい夢見がちな事を考えてしまったが、サムを睨みつけるカインツ将軍の目は据わっていてどう考えてもそういうロマンチックな話ではなさそうだった。


「貴様には家に帰って貰うわけには行かなくなった。秘密を吹聴されても困るからな!」


「いや、誓ってそんな事は致しません!」


 サムは叫んだのだがカインツ将軍は聞いちゃいなかった。


「今回の私の大将軍就任に伴い、私の直衛騎士団を編成することになっておる。そこに加わって貰う。勿論、首都常駐だ」


「待って下さい!それでは領地の経営が!」


「やかましい!ソルトン爺がいるだろう!あやつは当分死にはせん!兎に角!貴様は私の騎士団に入れて根性を叩き直してくれる!そんで、記憶から今回のことを抹消してくれる!覚悟しろ!」


 いや、たぶん何やってもあの衝撃映像、特にカインツ将軍のアレは記憶から消えることはないだろう、と思ったが賢明にもサムは口には出さなかった。


 美しき『血塗れ将軍』はその細い人差し指をサムに突きつけて宣言した。


「貴様は今日から私のモノだ!こき使ってやるから覚悟するが良い!」

 

 

 

たぶんゆっくりゆっくり更新予定。

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