おっさん我に返る
はっ、と目が覚める。
薄明るい。
ピピピピッ、ピピピピッ、と響く電子音。
がば、と跳ね起きると「俺の」部屋。
あわてて洗面所に行って鏡をのぞく。
…見慣れたむさいおっさんの顔だ。
ほっとするが、イザベラが気になる。
(イザベラ!)
念じたが返事はない。
「イザベラ!」
頭の中に声も響かない。
がっかりしながらも体は勝手に出勤準備にとりかかっている。
いつも通りの時間に、玄関を出る。
代わり映えのない、景色。
…のはずなのに、俺の足は勝手に走り出していた。
会社につくと、すぐに資料室から『ジュエル・ソーサリー~恋の魔法にかけられて~』の設定ファイルを借りてきた。
ファンブックよりも詳しい設定や色指定なんかがわかる。
パラパラめくりながら、イベントやフラグを確認していく。
「おはよ~ございま~す。あれ、黒崎さん今日早いですね」
今井が近寄ってきた。
「あっ、ジュエソー?次作も時代考証とか頼みますよ~」
「略しかたどうなんだよソレ…。次作はどうでもいい」
「そうそう、次作の前に追加イケメンを楽しめる拡張版のアイデアがシナリオライターから来ててですね~」
「追加もどうでもいい」
「えっ、黒崎さんが言ってた幼なじみ枠なのに~」
「これ以上増やすな!」
面倒くさくなるだろうが!
「また仕様がはっきりしたらよろで~す」
「人の話を聞け!」
とは言っても仕事としてきたらどうにかしなけりゃならない。
もし追加版が出たらあのイザベラと、どういうふうにかかわっていくんだ?
片手間でオンラインゲームのバグとりをしつつ、設定を読み込む。
フラグを折りつつ、村の結界士を目指せるようなルート…。
あるのか?
今あるエンドは
・王道の、それぞれの攻略対象とのハッピーエンド。(村には帰れないな…)
・誰ともくっつかない友情エンドはパラメーターによって職業「魔法剣士」「治癒師」「魔術師」「花屋」「侍女」とか色々あるけど基本、王都での仕事。
・逆ハーエンド。(まあ王都から離れることはないだろ…)
・冒険者エンド。(俺のイチオシだが…)
…冒険者エンドくらいしか王都を離れられそうなのがない…。
冒険者は多くのパラメーターを限界近くまで上げないとなれない。ようにしてしまった。俺が。
やりこみ要素というより、あんまり弱い冒険者じゃすぐに死ぬだろ、という親切心からだったのだが…。
イザベラの目指す結界士に必要なパラメーターはわからないが、冒険者エンドに必要なくらい上がってれば大丈夫だろ。
色々記憶して考えてとしていると、今井が会議から戻ってきた。
「あっ、黒崎さん、ジュエソーの拡張版、たぶんやることになるんでよろしくお願いしまーす」
「そんな簡単に決まるのかよ!」
「リリースは半年後目標です」
「どのエンドからの引き継ぎだ?少なくともハッピーエンドからじゃないよな…?」
「全部からですよ。ハッピーエンドしてても、幼なじみに鞍替えみたいな」
「いい加減きわまりないな…逆ハーエンドはどうなるんだ?全員捨てて真の愛に生きるのか?」
「ハーレムに一名様ごあんな~いじゃないですか?まだ詳細詰めてないんで。後は、十回以上クリアしてたら、最初からのプレイで、新たな選択肢としてでてくるとか」
「そうなるよな…」
開発する時に、キャラが増えるかもしれないこと前提して組んでおいて良かった。
「あんまり驚きませんね」
「増えると思って最初からやってたからな」
「さーすが~!」
「おだてても何もでないぞ」
「ちぇっ…あれ、じゃあ一人と言わず五人くらい増やしても…」
「キャラメイク間に合うのかよ…」
五人も増えたらフラグ折るの至難の技じゃねーか!
帰り道。
満員電車に揺られながら我に返る。
…何でこんなにイザベラのことを真剣に考えてるんだ?
ゲームの、キャラなのに?
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