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おっさん実験する 2

イザベラが選んだのは、乗り合い馬車で二時間ほどの森だった。

ここから歩いて帰るだけで真夜中になる。

つまり、昼間、街歩き中の王子と出会う『下町の王子』のイベントはなくなる。

(…念のため、一時間くらいここらで時間をつぶすか)

「では『ジェムベリー摘み』でもしましょう。高く売れるんですよ~」

イザベラはいつも使っている肩掛け鞄から、小さめの布の巾着をとりだした。

(…売るほど取れるのか?)

「内緒ですよ?」

イザベラは袋の口から中に手を入れた。

するすると手は巾着の中に吸い込まれていく。

(ストーップ!)

肩まで入ったところで思わず叫ぶ。

(マジックバッグか…。よく買えたな)

「買ってないですよ?」

(は?)

巾着をよく見ると、丁寧に作られてはいるが、縫い目は粗いし、イチゴやベリーをかたどった刺繍もつたない。

「小さい頃に母さんに手伝ってもらって作ったんです。最初は見た目どおりの巾着だったんですよ」

いつの間にか入る量が増えていたそうだが…。

ちらちらとインサートされるイザベラの思い出。

イチゴやらラズベリーやらを見つけては夢中で巾着に入れている姿が、ほんのり発光している…。

そして巾着も。

イザベラは慣れた足取りで森に入り、早速ジェムベリーを発見した。

名前の通り宝石のように輝く色とりどりのベリー。

口に二つ入れる間に巾着に一つ、入れている。お、味が俺にもわかる。

ふんふん、色によって味がちがうのか。

真っ赤な実はイチゴ、ピンクが少し入った赤はラズベリー、紫はブルーベリー、などなど。

歯ごたえはカリッというかパリッというか、薄い飴に包まれているような不思議な感じだ。

…なんかジェムベリーがらみのイベントがあったような…

思い出せん。それにしても。

(…食いしん坊の巾着か…)

「美味しいものは誰だって好きでしょう?あなたも……」

イザベラは急にハッとした表情になった。

「私はイザベラ・ベリー二です。あなたは?」

知ってる。

沈黙。

「『あなたの、名前は?』」

(あああああ!マズイ!)

『ジェムベリー摘み』のイベントだ!

「ど、どうしたんですか!?」

(キザメガネの礼儀作法講師が、授業で使われている茶菓子のためにジェムベリーを摘みに来ているのに出会うイベントだ!)

「『…えっ、授業のお菓子、トパーツィオ先生が作ってらっしゃるんですか?』」

言うべき相手がいない状態での、イベントまんまの台詞。

つーかキザメガネで通じるのか…。

不意に何かの気配を感じ、叫ぶ。

(隠れろ!)

すごい反射神経で、イザベラは繁みに一瞬で身を隠した。

がさがさ、と繁みをかきわけて現れたのは、やはりキザメガネだった…

小さな篭に、ジェムベリーの実を吟味して入れていく。誰もいないのに優雅な所作。

イザベラはまるで石になったかのように動かない…が、内心が大変なことになっている。

(あああああ私のジェムベリーがあああああ!)

(落ち着け、イザベラのじゃないだろ…)

(だって!)

ゲームならイザベラはキザメガネの美しさにうっとり、手にした篭を落として相手に気づかれて、

『こんな森の中で、素敵な女性に出逢えるなんて素晴らしい日だ。あなたの名前は?』

とかいう台詞からあれこれやり取りがされて、キザメガネが木漏れ日の下で微笑むスチル回収、となるところなんだが…。

まったくそんな気配はない。

やっとキザメガネが立ち去り、さらに三分経過を待ってからごそごそと繁みから這い出す。

(まだ残ってるじゃないか、よかったな)

「そうですね!」

気持ちを切り替えたらしく、イザベラはまたジェムベリー摘みにとりかかった。

このイベントは発生確率は五十パーセントくらいだったか?

だが、比較的簡単に何回もチャレンジできるイベントだったような…。

今回は避けられたが、またどこかで発生するかもしれない…。

全部の細かいソースを覚えてるわけじゃないが、このゲームを作成していく上で、百パーセント、という数値はつかっていない。

攻略サイトでは百パーセント、となっていても実情は違っていたりする。

その数値が、この世界にどれくらい反映されているのか。

鼻歌まじりにせっせとジェムベリーを摘むイザベラ。

無邪気な彼女に何をどこまでどうやって説明すればいいのやら…。

頭が痛い。


その後、『下町の王子』のイベントがおきるはずのない真夜中に、王都に無事帰ってくることができた。

これでわかったのは、物理的に無理な状態にすれば、イベントを回避できるらしい、ということだった。

ただ、ある程度の状況ができあがると、イザベラはイベントに強制的に参加させられてしまうかもしれない、という懸念も出てきた。

『ジェムベリー摘み』のイベントでの台詞が、イザベラのものではないのも含めて、いくつかイザベラの口から出ていた。


疲れきってベッドでぐっすり眠るイザベラにひきずられるように、俺の意識もゆっくりと眠りのようなものに引き込まれていった。

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