おっさん提案する
…現実かどうかもわからない、やけにリアルなゲームの夢。
それなのに黒崎はイザベラをどうにかしてやりたいと思い始めていた。
(きみは、村の結界を維持できれば、どんな職業でも構わないのか?)
「もちろんです!」
(結婚についてはどう考えてる?)
聞いた途端、寡黙な雰囲気の青年の映像とカーツという名前が流れ込んでくる。
…こんなキャラはいない…。
華やかな攻略対象どもとは大分かけ離れた雰囲気の、狩人のような格好をした青年。
イケメンというより精悍のほうがしっくりくる容姿だ。
(カーツはきみの婚約者か?)
「!?カ、カーツのこと、なんであなたが!?」
(結婚のことを聞いたら見えたぞ)
「か、カーツは命の恩人なんです…わ、私はカーツのお嫁さんになれたら嬉しい、けど、カーツは私のこと、妹くらいにしか…」
ハッ、とイザベラがまた周囲を見回す。
(落ち着け、俺はきみの頭の中だ)
「あの、私の記憶が全部見えるわけではないんですか?」
(きみが今現在「考えていること」が見える程度だ。だからさっきも村や成人の儀式について色々聞いただろ)
「そういえばそうでした!」
ほっとしたように表情が緩む。…まあ得体の知れない誰かに思考を読まれてたら嫌だよな…。
(質問を続けるぞ。じゃあ、昨夜会った王子は?)
「…?殿下がなんですか?」
(結婚したいとは思わないのか?)
「思いません」
(カーツが誰かと結婚しても?)
「思いません、まったく」
(じゃあ王子以外に、この学院に付き合いたいとか思う相手はいないのか?)
「いません。…本当なら結界がはれるようになったら退学して村に帰りたいんです。エンナおばあちゃんのためにも」
迷いも何もない。
だが、これがゲームの世界で、プレイヤーによって行動が決定されていると仮定するならば、イザベラの思う通りには到底いかないだろう。
「…あなたは、何を知っているんですか?」
(…何、とは?)
「先ほど、私が行きたくない場所としか言わなかったのに、『噴水広場』だと知っていましたね?」
(思い浮かべたものはわかる、と言っただろう?)
「はい。でも、あの時に思い浮かべていたのは、市場に行くつもりだったのに、喫茶店にいた時のことです。噴水広場のことは言われて思い出しました」
喫茶店はキザメガネとの好感度上げイベントか。
…それにしても鋭い。
取り乱してはいてもちゃんと思考がはたらくタイプなのか。
『村一番の秀才。少し天然』
という設定以上、か?
「お願いです、私、このままじゃ頭がおかしくなりそうなんです。憧れのエスメラルダ様の前であんなこと…」
エスメラルダ?ディーアマンテ王子の婚約者か?
今度は動画が流れ込んでくる。
本が大量に入った鞄を抱えたイザベラが、走ってきた生徒にぶつかられて転ぶ。
その拍子に、本が地面にばらまかれる。
そのうちの一冊が、美しく磨き上げられた革靴にぶつかる。
「す、すみません!」
あわてて本を鞄に回収するイザベラ。
「何事だ?」
そこに響いたのは、ザフィーロスの声。
学院内は平等、とは言え、王族の婚約者の前での粗相。
平身低頭して許してもらえれば御の字。
だが。
『すみません、すみません、『もう』許して下さい…!』
恐怖にひきつっているのどから出た声に愕然とする。
『エスメラルダ、きみはこのこに何をしたんだ!?』
『わたくしは何もしておりません。その方が、』
『殿下の婚約者ともあろうお方がなんということを…。この学院に在籍している間は対等、平等な関係を築くことが定められているというのに…!』
イザベラが、自分こそが説明しなければと口を開こうとすると、かわりに涙がとめどなく溢れてくる。
混乱するイザベラを、ザフィーロスは横抱きにして立ち去っていく。
周到に好感度上げを行っているな…。
ザフィーロスは脳筋だから比較的簡単に好感度が上がる。最初に一気に上げておけばほぼ下がらない。攻略サイトの難易度では☆一つすらないらしい。
(…横抱きは女子の夢らしいが、ときめいたか?)
「…本が心配で、早く下ろして欲しかったです…」
憐れザフィーロス…。
ディーアマンテ王子にもまったくときめいてなかったみたいだしな…。
(…結婚はおいておくとして、!きみはこの学院で恋愛を楽しむ気は)
「ありません!」
食い気味にかえってきた。だろうな…。
(…きみが知らないことで俺が知っている…と思われることはある。
でも確証がないと話しずらい。ちょっと、実験して確かめたいことがある。どうする?)
「…確かめられたら、全部話してくれますか?」
(全ては無理だ)
ゲームのソースコードとか話してもどうしようもないからな…。