第8章 宿
第8章 宿
雪山を下り、線路沿いに歩くパーティルたちは、パーラの街に来た。ここにも駅がある。ここは街の人たちで賑わっていた。
「この街の駅からショーリカス軍港駅まで、また汽車に乗りましょう」
パーティルは言った。
「ああ」
ロザも同意する。
「汽車?」
リマが聞く。
「ええ。軍港から海に出るのよ」
「そうなのか?俺はそんなに持ち合わせがないぞ」
「わたしが出してあげるわ。お金のことなら心配しないで」
「分かった」
「でも、今晩はこの街の宿に泊まりましょう、ロザさん」
「ああ、そうだな。二部屋取って、男女で別れよう」
「はい」
パーティルはリマを見る。
「一緒の部屋に泊まりましょう」
「分かったけど、俺でいいのか?」
「あなたも本来、女性でしょう。気兼ねすることはないわ」
パーティルたちは買い出しを済ませると、宿を探した。
「ここがいいんじゃないか?」
ロザが指さすと、その先には温泉付きの宿『スプリング・イン』という宿屋があった。
宿屋は意外にも、戦時中だというのに少しもさびれてなかった。木でできた宿で、清掃は隅々まで行き届いていたが、ほかに客はいなかった。宿の主人が出迎える。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ奥へ」
パーティルたちは促されて奥へ進んだ。
「お部屋はおいくつですか?」
「二部屋お願いします。一人部屋と、二人部屋を一部屋づつ」
「わかりました。何泊滞在で?」
「一夜だけです」
「わかりました。今は戦時中。あまり宿を取るお客様もいらっしゃいません。どうぞ、気兼ねなくごゆっくり」
「ありがとう」
「百五十クリクになります」
パーティルは鞄の中から財布を出し、百五十クリクを払った」
「毎度ありがとうございます。温泉は地下にあります。いつでもご自由に」
「はい」
パーティルたちは二階に案内されると、二部屋に別れた。
ロザは一人部屋。パーティルとリマは二人部屋に入る。
パーティルは荷物を部屋に置いた。
「リマ、疲れたでしょう?」
「ああ」
「この街はまだ攻撃は受けてないみたいね」
「気を緩めるんじゃないぞ。爆撃機が来れば空襲警報が鳴る」
「まだ大丈夫よ。爆撃が来るったって多分夜中でしょ?その前に温泉に入って体の疲れを癒しましょうよ」
「お姉さん、緊張感のないやつだな。戦場を知らないでここまで来たのか?」
「そんなことないわ。でも、いつも争いに身をゆだねる必要はないのよ」
「しょうがないな・・・」
パーティルたちは宿の地下の温泉に向かった。
温泉の入り口にたどり着いた。扉を開けると、女の紋章が描いてあった。こっちが女用の温泉だとわかった。
温泉は硫黄のにおいがした。
脱衣所に来ると、パーティルはコートを脱いだ。そして服を脱ぐ。
か細い体が露出した。陶器のように白い肌。リマはパーティルの裸に見とれた。
「綺麗な体だな」
「そう?」
「ああ。そこらのウール皇国の民とは違う」
「ありがと!」
「あんたいい女だな」
「あなたも服を脱ぎなさい。服を着たまま温泉には入れないわよ」
「分かってるよ」
リマも服を脱ぐ。少年のような体つきだったが、やはり女の体をしていた。
「あんまり見るなよ。俺、女っぽくないんだから」
「何が?」
「体だよ。よく見てみろ」
そう言うと、リマは自分の裸をパーティルに見せた。体の色は少し褐色じみていた。しかし、そんなに色気が無いわけではなかった。
「胸が小さいってこと?」
「それもあるけど、見ろよこのたくましい体つきを!」
「恥ずかしがり屋ね」
「違うよ。女として貧相な体だからガッカリなんだよ」
「そのうちちゃんと成長して女らしい体になるわ。色気もある。心配しないで」
「ふん」
二人は温泉に浸かった。熱いお湯だった。
体を癒す二人。温泉にじっくりと体を沈める。
パーティルが笑顔でリマに話しかける。
「そういえばあなた、メンカ人だったわね。あのダガーは本当にすごかったわ」
「恐ろしかっただろ?」
「そうね。恐ろしかった。だけどわたしは助かった」
「あの二本のダガーは祖父からもらったんだ。それにダガー術は祖父から習ったんだよ」
「そうなの」
「メンカ共和国の伝統武芸なんだけどな。本来は戦闘に使うものじゃないが、あのダガーは人の血を吸っているし、俺はあの時、人を殺したのは初めてだった。祖父が使って以来だよ、戦闘にあのダガーが使われたのは」
「えっ、あれが初めてなの?」
「殺し合いはな」
「よく人を殺められたわね・・・」
「簡単だった。お姉さんたちがヤバいと思ったら、体が勝手に動いたんだ」
「それであんなに殺せたの?」
「ああ」
「本当にすごいわ」
「恐ろしいの間違いさ」
「確かに恐ろしいことでもあるわね。わたしは直接殺めたことは一度もない」
「あんたは見た感じからそんな感じだよ、雰囲気で分かる」
「銃で人を狙ったことはあるけど・・・撃ったこともあるし、人に当てたこともあるけれど、死に至るほどじゃない」
「まぁ、一度手を染めてしまえば、もう後戻りはできないさ。あんたの連れ、ロザだったか。スリラ族の戦士はもう何人も殺してる。そういう雰囲気だ。わかるだろ?」
「ええ、そうね」
「本当に戦ってきたんだ。お姉さんもちゃんと覚悟は決めろよ?」
「わかってるわ」
「そうだといいが・・・。今は戦時中なんだ」
「それで人殺しをするの?」
「自分と、他人を守るためさ。特に守れなかった時の方が悔やむものなんだよ。なぜあの時?ってね」
「そうね、多分そうだわ」
「殺さないのが美徳なのはわかってる。でもそんなこと言ってられない時だってあるんだ。俺はそれを学んだ」
「わたしはまだ、幸せな方かもしれないわね」
「いずれその時が来るさ」
「そうね・・・」
「さ、体を洗うぞ」
「背中流してあげようか?」
「遠慮するよ」
「そう言わずに!」
「いいよ」
「照れてるの?女同士でしょ?」
「そういうんじゃないよ」
「じゃあ、何?」
「俺をあまり女と思うな」
「強がりね」
「そうじゃない。俺は女を捨てたんだ」
「あら、あなたはちゃんと女よ」
「気構えのことさ」
「でも、お風呂くらいは女でいたら?それとも男湯の方に行く?」
「いや、それは女でいい。あっちは見られて恥ずかしい・・・」
「でしょ?だから、あなたはここでは女の子よ」
「ふん、何とでも言いやがれ!」
リマは温泉から上がって、体を洗い始める。パーティルも一緒になって洗い始めた。
「体、洗ってあげるわよ」
「触んなよ」
「いいじゃない。恥ずかしがらないで」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「前を洗ってあげようか?」
「後ろでいいよ、バカ!」
「じゃあ、背中見せて」
背を向けるリマ。背中を流してあげるパーティル。
「俺のおっぱいは触るんじゃねーぞ」
「わかってるわよ。じゃあ、下はいい?」
「ダメッ!ダメだ」
「女同士なのに」
フフッと笑うパーティル。
夜が更ける。しんと静まり返るパーラの街。日が昇るまで、パーティルたちは眠った。そして夜が明ける。
翌日、宿を出たパーティルたち三人は、駅で切符を買い、列車に乗り込んだ。
「もう、出発時刻だ。ショーリカス軍港駅まではこのまま乗ってりゃいい」
ロザが言う。
「三時間ほどですかね?」
「ああ」
「それで、軍港まで行ったとして、その先、海を渡るアテがあるのか?」
「ええ、大丈夫です」
ずっと窓の外を見ているリマ。
汽笛が鳴り、列車が動き出すのを感じた。
「あっ、見てよアレ!」
リマが空を指さす。と、同時に空襲警報のサイレンが鳴った。
「爆撃機の群れだ!」
見ると、轟音とともにカシミア王国の爆撃機の大群がパーラの街の上空まで来ていた。
空を切る音が多数聞こえ、爆弾が一斉に投下される。街のあちこちで爆発が起こった。
「そんな・・・」
パーティルはそれを眺めながら、動く列車がパーラの街を去っていくのに身を任せた。
「大丈夫だ。列車には影響はない。街を離れる」
ロザが言う。
「でも・・・」
「心配してもどうすることもできない」
リマは爆撃機を見て、唇をかんだ。
「くそ・・・、カシミア王国め。いつか仕返ししてやる」
列車は街を離れる。
雪国を抜け、雪原地帯は終わった。列車はずっと南へ進む。
三時間後、列車は海辺を走った。向かって右側に海が広がる。
そして見えてきた。ショーリカス軍港だ。




