第1章 マルマ雪原
第1章 マルマ雪原
軍歴一〇二〇年春。ウール皇国とカシミア王国の戦争は激しくなっていた。カシミア王国は西にあり、トカレ海峡を挟んで東に雪国のウール皇国がある。戦火はウール皇国の北方にまで迫っていた。その北方にあるのがマルマ雪原という一年中雪に覆われている大地であった。その地をウール皇国軍の戦車数台が、上空から爆撃を続けるカシミア空軍の爆撃機の群れを狙って砲撃していた。
激しい戦闘が数十分続くと、カシミアの爆撃機は去っていった。
「行ったか?」
「ああ、多分」
戦車の中から顔を出した兵士たちが双眼鏡で確認する。
雪原地帯にはモクモクとあちこちから煙がのぼり、焦げた火薬のにおいが充満していた。戦車も二台やられた。黒い煙を出して燃えている。中の兵士は死んだだろう。
「どうする?」
「よし、移動だ。残った戦車を動かすよう指示を出せ」
指揮官の乗った戦車が他の戦車に合図を送る。
「移動だ、急げ」
「行くぞ、みんな」
戦車の群れはすぐに雪原を移動した。
「行ったようだな・・・」
誰もいなくなった雪原のど真ん中から草を編んで作られた入り口の蓋が開いた。竪穴式の防空壕の蓋だった。
「戦車はもういないみたいだな。大丈夫だ」
防空壕の中には十人の非戦闘員たちが隠れていた。
「今しか出るチャンスはないぞ」
「はい」
返事をしたのは長い黒髪の17歳の少女、パーティル・エバンスだった。
「じゃあ、わたし行きます。行ってカシミア王国に渡ります」
「本当に平気か?」
「正直、わたし一人で戦火の中を旅するのは怖いです。本当に怖いです。でも、わたし以外に代わりはいませんから」
「無理はするなよ」
「ええ」
防空壕の奥から老婆が前に出てきた。
「パーティル、お願いね。それとわたしの息子のスヴェイが生きてるか確かめてきてくれ。あの子はウール海軍の予備兵として戦場へ行ったんだ。どうかお願いだよ。生死を確かめてきてくれ」
パーティルはうなづいた。
「わかりました、ウエイトさん。おばさんも健やかで」
「頼んだよ」
パーティルは防空壕の蓋を押し上げて外に出た。
「それでは皆さん、行ってきます」
防空壕の中の皆に笑顔を見せた後、パーティルは手さげ鞄を持ってマルマ雪原の中を歩いて行った。
防空壕の中に残っていた人々は口々に思いをさらした。
「早くカシミア王国とウール皇国の戦争が終わらないかなぁ・・・」
「もう戦争には疲れたよ」
その時、カシミア陸軍の戦車が数台現れ、一台が砲撃してきた。パーティルの姿をまだ見届けるために防空壕の蓋を開けていたため、そこを狙い撃ちされてしまったのだ。防空壕はたちまち爆炎とともに吹き飛ばされた。
ウール皇国とカシミア王国は戦争をしてから一年半が経っていた。カシミア王国が突然、ウール皇国に戦争を仕掛けてきたのだ。カシミア王国の南にあるメンカ共和国も軍事侵攻され、カシミア領となってしまったのだった。ウール皇国はかろうじてカシミア軍の侵攻を抑えていたのだった。
パーティルは雪原を南へと歩きながら進んだ。雪に埋もれた動かない戦車が何台もあった。パーティルは銃のホルダーから持っていた一丁の拳銃を取り出した。そして弾も一緒に出す。手袋の手のひらに弾が転がった。
「八発か・・・、心もとないわね」
ため息をつくパーティル。
「まぁ、でも無いよりはマシか。お守りにでもしとこう」
そう言うと、パーティルは銃と弾をしまった。
「どうせ一度も撃ったことないんだし」
雪原はどこまでも続く。
パーティルは歩きながら戦歌を歌った。
「?はるか彼方の戦場は 蝶もとまらぬ花が咲く 夢に見たあの戦場は 血の川流れ 夜になる ああ 火のついたあの車は 戦車に隠れて燃えている♪」
のどかで雲一つない空を見上げて世界の広さを確認する。
パーティルは雪原の途中で雪に埋もれて目立たない塹壕を見つけた。
その向こうに難民たちの行列を見つける。
「あの人たちはここに塹壕があるのを見つけられなかったのね」
よく見ると、難民たちは五十人はいた。
「ウール皇国の村のどこかで戦災に遭った人たちなのね。多分そうだわ」
塹壕に入ったパーティルはそのまま進み始めた。
と、突然風を切る音が聞こえてきた。
塹壕の上が二つの爆発で地面を雪ごと吹き飛ばした。
「わっ!」
パーティルはその場で伏せた。
爆撃機が一機、パーティルの頭上を通り過ぎる。カシミア王国の爆撃機だ。
「あぶなかった・・・」
パーティルは伏せたまま顔を上げた。
「たった一人、塹壕に誰かいても爆弾を落とすのね・・・」
パーティルは塹壕の中の雪で盛り上がっているところを駆け上がり、そこから上を歩いていた難民たちを見た。難民たちも伏せていたが、やがて立ち上がり始める。
「まさか、今のは難民を狙ったわけじゃないわよね?」
難民たちは歩き出す。
「大丈夫だったみたいね、良かった」
と、その時パーティルの背後から三機のカシミア王国軍の攻撃機が飛んできた。
機銃掃射により、パーティルのそばを雪柱が立った。そして機銃の弾丸は並んで歩いていた難民たちを直撃した。血しぶきと肉片が飛び散り、倒れていく難民たち。悲鳴もたくさん聞こえた。それを間近で見るパーティル。
「ああああっ!」
空を見上げると、攻撃機が去っていくのが見えた。
難民たちは全滅していた。辺りには五十もの死体が倒れていた。
「難民を・・・なんてこと。ひどい。いえ、」
パーティルは肩を落とした。
「これが戦争・・・・」
先を進むと人っ子一人いない町を通りかかった。
「何、この町・・・まるでゴーストタウンね」
辺りを見渡すパーティル。軍のトラックが一台、停まってるだけだった。
「みんな逃げた後みたいね。誰もいない」
その時、パーティルの後ろから男が現れた。前からも二人現れた。
「へっへっへ、見ろ、若い女だ」
「いい女だな」
パーティルは三人の男たちに囲まれた。
「あなたたち、何なの?」
怯えるパーティル。足がすくんだ。
「裸になれ。すぐに済ませてやるよ」
「え?」
「な~に、たった三人だ。いいだろ?」
囲まれたパーティルは身動きが取れなくなった。
男たちが迫る。
「早く脱げよ。じっとしてればすぐ終わる」
「こちとら、もう我慢できないんでな」
三人は防寒着を着ていたが、民族的な顔をしていた。
「見る限りですけど、あなたたちはスリラ族の方たちですね?」
男たちは反応した。
「まあな」
「古から誇り高いはずのスリラ族の男の方がそのようなマネをしてもよいと思って?」
パーティルは強く言った。
「あんたは?」
男の一人が尋ねる。
「わたしは北の方から来ました。私は今、旅路を急いでいるのです。とてもとても大事な旅です。お願いですからここを通してください」
「へー、そうかい。へぇ、なるほどな。あんたは旅人さんなのか」
「そうです」
「でもよ、なぜこの国はこんなに戦争してるんだろうね?え?」
パーティルは一歩下がった。
「そ、それは・・・わたしにもわかりません。わからないです。でも、必ず戦争は終わります。信じてください。だから、あなたたちも恥ずべきことをするのはやめてください!」
「残念ながら、今は乱世だ。今、やりたいことをやる。いつ死んでもおかしくない今のご時世、やり残したことがないようにな」
「それが・・・、わたしを、いえ、女の人を襲うことなんですか?」
パーティルは下げた足を前に出した。
「それは間違いです!」
「世の中は間違いだらけで出来ているんだよ、お嬢さん」
男の一人が前に出た。
パーティルは銃を出した。そして片手で構える。
「こ、来ないで!」
銃を持つ手が震えた。
「近づいたら撃ちます。下がってください、三人とも!」
「オイオイ、このアマ、俺たちを撃ち殺す気だぜ。見たところ人を撃ったことはないみたいだ。拳銃が狙いを定めてないっていうか、素人構えだ。ただの脅しだぜ」
余裕の表情を見せるスリラ族の男たち。
突然、拳銃から弾が飛び出した。弾は男の一人の顔の前を横切った。
「おわっ!このアマ撃ちやがったぞ」
「全員で囲め!」
あっという間にパーティルは銃を奪われ、投げ捨てられた。そして鞄を引っぺがされると男たちに押し倒される。
「お願いです、やめてください!」
「うるせぇ、この女!」
ムキになるスリラ族の男たち。
「さぁ、大人しくしろ。この・・・・」
「いやあああっ、やめて・・・」
と、その場にいた男の一人の頭部がバラバラにはじけ飛んだ。
他の二人の男たちと倒れていたパーティルは目を丸くした。
男の一人の首が、突然無くなったのだ。そしてその近くで別の大男が手持ちキャノンを持って、他のスリラ族の男を狙っていた。
「まったく、三人がかりで一人の女を襲う・・・か。こんな雪の積もった場所で。フン!」
大男は残りの男たちを睨んで言った。
「戦争が始まってから・・・、スリラ族も落ちたもんだな」
パーティルを襲っていた男たちは下がった。
「い、いや、待て。これは違うんだ」
「落ち着け・・・、これは・・・」
もう一人の男の腹部がはじけ飛び、胴体が真っ二つに割れる。手持ちキャノンがまたも炸裂したのだ。雪の上に血しぶきがバッと飛ぶ。
最後の一人が震えた。
「あ・・・。ああ」
大男は手持ちキャノンを下ろす。
「キサマは見逃してやる」
大男は睨みは解かなかったが、気を静めた。
「行け!」
最後の男は悲鳴を上げながら走り去っていった。
パーティルは雪の上で寝そべったまま、恐る恐る顔を上げ、大男の顔を見た。
険しい顔をしていてけっこう老けている男だった。
「お前は?」
パーティルは起き上がる。
「は、はい。旅の者です。わたしは・・・」
「旅の者か。こんなところで何をしている?」
「あ、いいえ。その・・・どうも助けていただいてありがとうございます」
パーティルは乱れた髪を手グシで直しながら言った。
「あの、あなたは?」
「俺は・・・」
そう言いながら大男は手持ちキャノンを肩に担いだ。
「俺は誇り高き、スリラ族の戦士。名はロザ・ガーウィンだ。覚えておけ!」
「は、はい」
「それで、これからどこへ行くんだ?」
「わたしはカシミア王国へ行くんです。そのための旅なんです」
「そうか。このウール皇国へ進軍した、あのカシミア王国へ行くのか。それは辛い旅になりそうだな。だが・・・」
「はい?」
「まずはウチに来い」
そう言うと、ロザはパーティルの拳銃を拾い、パーティルに渡した。




