第15章 エンデル谷
第15章 エンデル谷
メンカ共和国内は、予想を超える荒れ模様だった。街の人のほとんどは収容所へ送られたのだろう。行く先々の街は全部ゴーストタウン化していた。
これが戦争の爪痕。
北へ向かったパーテイルたちは様々な現実を見ることになった。転がる死体も多く見た。それを見るたびにパーティルは目がくらむような思いになった。
「大丈夫か?もうすぐ山を越えるぞ。その先は谷だ」
ロザが心配して声をかけた。
「はい」
「元気を出せ。お前がへこんでいると、こっちまで気が滅入ってしまう」
「すみません」
「前向きに考えろ。こうして先に進んでいるだけでも終わりに近づいているんだ。そう思えば楽だろ?」
「確かにそうですね」
「この戦争が終わればこの先何十年も平和が来るだろうさ。俺のような戦士の出番がないような平和が来ることを信じて進むんだ。そうすれば卑屈にならずに済む。だろ?」
「ええ」
「なんだ、どうした?」
「いえ、わたしは旅をするだけで、戦場では足手まといになってるなって」
「今さらだな。気にするな。お前が用心棒の俺たちを使わないでどうする」
「戦いを任せてしまって・・・」
「そう思うならへばってるんじゃないぞ。先を急ぐんだ、先を」
「はい」
この会話はパーティルにとって旅を進める励みとなった。
山を越えると、大きな谷に出た。そこには小さな村が一つあった。
「ここがエンデル谷だよ。俺も始めて来たけどメンカ共和国で唯一の黒人の村なんだ」
そうリマが言った。
「ここは戦火の中でも火の手が及んでないって話だけど・・・」
石造りの村は、谷の地形もあってか、うねった造りになっていた。中央には大きな教会があり、そこには塔が立っていて天辺には鐘が見えた。
「ここも人気のないところね」
「おかしいな、こんな風だなんて」
リマは首を傾けた。
「今は戦火の中だからな。すぐに落ちる村や町も少なくない」
ロザが言い放った。
「ここもその一つかもしれん」
「そんな・・・」
「とにかくここに宿を取ろう。もう歩き詰めだ」
「そうだな。村の人は・・・」
そう言うと、リマは辺りを見渡した。
と、その時、銃声が突然聞こえると、リマの足元に銃弾が飛んできた。石造りの通りに跳ね返り、石の壁にも跳弾が飛んだ。
パーテイルたち三人は足を止める。
三人は歩兵銃を持った五人の黒人女性たちに囲まれた。女性たちはボロボロのローブをまとい、銃を構えている。
緊張が走った。
一人の女性が銃で狙いをつけたまま前に出る。
「あなたたちは誰?ここに何の用?」
黒い犬を三匹連れた女性が背後から現れた。
「わたしはエンデル谷のメリーマ・ロザリーズ。この村の村長よ。あなたたちは旅の人?」
パーティルが前に出た。
「わたしが旅の者です。連れの二人はわたしの用心棒。すみません、ここを通らせてください」
「あなたは何者?メンカ人じゃないわね。ウール皇国から来たの?」
「はい。わたしはウール皇国の者です。訳あってカシミア王国へ向かってます。勝手にこの村を通ってすみません」
「変な期待してしまったわね。援軍かと思ったけど、本当なら昨日には到着してるはずだもんね」
「援軍?」
「この村を明け渡すようカシミア軍からお達しが来たのよ。それを拒んだからここに軍隊を送ると言われたの。でも、わたしたちはもう既に男たちを全員殺されて、残った子供たちも殺すと言われてたの。それでまだ前線で戦ってるメンカ人たちの援軍をよんだんだけど、奴らに全滅させられたのね。もう音沙汰が無いの。そんな時、あなた方が来たのよ」
「でも、それなら皆でここを去った方が安全なのでは?」
「ここには教会があるでしょ?教会で子供たちや孤児たち、身体に障害のある者たちを預かっている。皆を連れて逃げるのは無理よ。村の周りは山に囲まれているしね。皆を放っては逃げれない。奴らが軍隊を送ってくれば彼らを殺すわ。だから残っている女たちで自警団を結成してここを守ることにしたの」
「そうだったんですか」
「援軍を頼んだんだけど、来ないからわたしたちでここを守ろうと誓い合ったの」
「軍隊はいつやって来るんですか?」
「早ければ明日には、奴ら送り込んでくるかもしれない。だからわたしたちは戦わなくちゃ」
夜、パーテイルたちはもう誰も住んでいない民家に泊まることになった。最初、ロザは女二人と床を共にすることを渋ったため、部屋を分けることで同意した。
「フフッ、リマとこうしてまた一緒に寝るなんてね」
パーティルは大きなベッドに横たわりながら言った。
リマは着替える。少女の体が月明りでシルエットになる。
「お姉さん、本当にここであの人たちと戦うつもり?」
「だって、放って置けないじゃない」
「旅を完遂することが目的じゃないの?わざわざ危険な目に遭うのもいとわないなんて」
「そうじゃなきゃ旅なんて出来なかったし、あなたたちがいなかったらここまで来れなかったわ」
「ここを抜けたらもう国境だ。敵の国へ入る」
そう言うと、リマはパンティを新しいのに穿き替えた。
「ま、その前にここで生き残らなくちゃね」
「フフッ、任せてもいい?」
「そう来ると思ってたよ。いいよ。お姉さんの気持ちに答えてやるよ。ロザもだ。みんな思いは一緒だ」
「あなたたちと友になれて良かったわ」
「友だなんて。仲間だよ」
「仲間・・・ね」
「お姉さん、聞いてもいい?」
「わたしのこと?」
「そう、そうだよ」
「知らない方がいい」
「やっぱりそう言うと思ったよ。お姉さん自身に何か秘密があるんじゃないかってね」
「そうね。その通りよ。あなたの想像通り」
「そっか。ならいいよ。お休み」
リマはパーティルのベッドに潜り込んだ。
夜が明けると、すぐにロザを筆頭に作戦が立てられた。斥候係の女性二人には村の外で双眼鏡と無線を用意して待機してもらった。
村の女性は全員で二十五名。全員に武装できる用意はなかった。銃が扱えるのは十二人。それぞれに歩兵銃とショットガンが配られた。十字路や一本道は塹壕のように壁が分厚い石で出来ていたので、その陰に潜んでの待ち伏せ要員を女性たちに振り分けた。教会の塔の上の鐘楼にも人員を配置する。狙撃要員だ。
大きな通りには村のトラックを数台置いて、壁を作った。
村で使ってるプロパンガスタンクを爆発物用に村のあちこちに仕掛けて、いつでも着火できるように導火線をつなぐ。
リマが中間地帯にて待機。ダガーで殲滅する役を担った。
パーティルは教会の中で非戦闘員たちを守るために銃を持った女性たち三人とともに待機した。
昼までにエンデル村は要塞と化した。これでカシミア軍が来たら迎え撃つのだ。
昼を過ぎたが、斥候からの無線連絡はまだなかった。教会に無線を置いて、連絡を待った。
「本当に来るのでしょうか?」
パーティルが心配そうな顔をして椅子に座っていた。
「敵が来たら、あなたも戦うんですか?」
銃を持った女性にパーティルは話しかけられた。
「わたしも戦います。でも、わたしの拳銃の弾は残り三発・・・」
「あなたは銃に慣れてないのね?」
「はい」
「それなのにどうしてわたしたちと戦ってくれる気になったの?」
「わたしも多くの親しい人を国に残して旅立ちました。それこそ後ろ髪を引かれる思いで・・・。だから、わたしにもあなた方の想い、理解出来ます」
「人も殺せる?」
「わたしはいつか、必ず人を殺めることになります。それにもう手は汚しました。それもけじめだと思ってます。今は戦いの世。戦争でいつも、今この時も誰かが誰かを殺めている。そんな時代だからこそ、逃げずに戦いの世の中を旅していきたいんです。わたしが望まなくても、いつかわたしも戦争の歯車として存在できるように・・・。そのためにはわたし自身、戦いに身を投じなければと・・・」
「そう。あなたの旅は何か重いものを背負っているのね」
「はい」
「戦争はわたしたちから家族を奪った。それでも残されたわたしたちは生き残っていかなければならない。わたしたちにはそんな理由で戦うには十分よ」
「あなたたちは強いですね」
「黒人だからね。わたしたちはずっとメンカ人から差別され、この谷に追いやられてきた。わたしたちは自分の運命と産まれた時から戦っているのよ。それでも自分たちの運命を呪ったりしない。わたしたちは滅びない。この戦争でも、他のどの迫害や差別や虐殺にも負けない魂を心の中に秘めている。それが黒人」
「そう、ですか」
「いつかこの谷も開かれ、光が入る時が来るのかもしれない。その時までにわたしたちは運命を背負って生きるわ。この戦争が終わってもそんな時は来ないかもしれない。だけど諦めたらそれで終わりだから抗い続けるの。それがわたしたちの生き方なのよ」
その時、無線が鳴った。ザーッという音の後に合成音が聞こえる。
『敵が接近!方角、西の通り。軍のトラック四台。戦車一台。敵の数、およそ確認できるだけで七十人』
「連絡を確認。どうぞ」
『村じゅうに知らせて。あと十分でそちらに到着の予想。どうぞ!』
「来たわね!」
女性の一人が銃の装てんを開始した。
「弾詰まりに気を付けて」
「この村を守るのよ」




