3.世の中にこんなにイケメンがいるわけがない
何が楽しくてそんなにニコニコしていられるんだろう。やっぱり断ればよかった・・・・
「町田さん、お願い、人数合わないの、」
と、普段はあまり話さない先輩にコンパに誘われたのは昨日、美術館から帰ってからのこと。ちらっと頭に浮かんだ荻野さんの顔を必死で振り払う。荻野さんとは、そんなんじゃないの!
コンパは苦手だけど出会いのチャンスかも、なんて承諾しちゃって、今に至る。
先輩と先輩の友人の女性は、ガツガツ戦闘モード。
ひらひらふわふわした服で装備し、
「すごーい♡」
「そうなんだぁ☆」
「おもしろーい♪」
の連続コンボを繰り出す。ボディタッチはさり気なく。のつもりだろうが、目障りだ。男性陣はすっかり上機嫌で俺自慢大会を開催中。
相手はエリートサラリーマンだと事前に聞かされていた。エリート、の割りには私を楽しませる能力すら無いらしい。
つまらぬ・・・。
昨日の今頃は美術館とチーズケーキの余韻であんなに幸せだったのになぁ。
時間を確かめるために携帯電話を見ると、受話器マークのアイコンが赤丸で着信を知らせている。本当は放っておいてもいいけれど席を外す理由ができたような気がして、店の外に出ることにした。
店内から聞こえてくる笑い声が一人でいることを強調して不思議と心地よい。このまま帰ってしまいたいという欲望からは意識を逸らし、改めて着信履歴を眺める。荻野さんからだ。
ディスプレイに表示される『荻野百舌太』の文字を見た瞬間心臓がきゅっとした。今日この場にいる自分を、荻野さんには知られたくない。なんでそんなことを思うのか、よく分からないけど。・・・電話、何か用事があったのかな。
カランコローン、
荻野さんに電話をかけ直そうか思案していると不意にお店のドアが開いた。
視線をそちらに向けると、思いっきり目が合ってしまった。同じテーブルにいた男の人だ、多分。
「あ、どうも」
私がここにいるのが意外だった様子で、その人はそう言って煙草に火をつけた。私も咄嗟に
「どぉも。」
とだけ言う。どーもくんか、私は。
「なっちゃん、だっけ?ごめん」
そうだよ、と頷く。私はあなたの名前を覚えていませんすみません。
「どう、楽しんでる?」
「んー、こういうの慣れてなくって、あんまり」
素直に答えてみたら、その人はニカッと笑って
「俺も」と言った。つられて笑った。
煙草を吸っている間、私たちは当りさわりのない会話をした。その人は最中闇雄という名前で、私と同じ並本高校出身だった。びっくりする。世界は広いのに世間は狭い。
「なっちゃんって高校のとき、委員会入ってた?」
「学祭の実行委員。」
「まじで!?俺も!!」
地元トークができるって幸せだなあ。コンパが始まってから積もり続けていたフラストレーションが和らいでいくのが分かる。闇雄さんはちゃんと見ると意外と背が高く、短髪黒髪でちょっと日焼けしている。ほどよく筋肉質。これぞ爽やかな好青年、という感じ。へえへえー。
「闇雄さん、結構肌黒いですねー。何かスポーツしてるんですか?」
「あー、ゴルフが趣味でさ。そのせいかな。でも、地黒かも。」
「さ、」
さすが闇雄さん、と言いかけて、やめた。自意識過剰かもなんだけど、男を落とす、『さ・し・す・せ・そ』 を使いたくなくて。
「さいきん私、運動したいと思ってて、ゴルフってちゃんとやったことないから興味あるんです」
「おっいいね。ゴルフ、おもしろいよ。難しいけど。良かったら今度行ってみる?俺が通ってるとこ連れてくよ。」
あれ?それってデートってやつ?いいのかな??いやいやでも!フットワークの軽さに定評のある私が断るわけない・・・!
「じゃあ、お願いします」
変な意地のせいで、気がつくとそう言っていた。
「ん。道具は貸せれるから最初は何もなくていいよ。あぁでもグローブだけはしっくりするやつ買っといてもいいかも。」
闇雄さんはいたって事務的に情報を伝えてくれた。女の人とどこかに行くことなんて特別じゃないのかな。もてそうだし・・・。ま、それが何?って感じだけれど。
まるでごく当然のことのように私たちは電話番号を交換し、そしてあのキャピキャピ空間に帰ることにした。私、アドレス帳に男の人の連絡先を新規登録したのまだ今年度3回目くらいなんだけど。
テーブルに戻ると、もう会計が始まっていた。私以外はこの後2次会に行くみたい。
たった2時間でもこんなに疲れたのにまだ物足りないほど私はMではない、と思う。さっさと帰ろう。明日も用事あるし、寝るー。
―家に着いてから気が付いた。荻野さんからメールがきていた。もう30分以上前の受信だ。
『今見てるテレビおもろwなつきちゃんも見たほうがいいよ!』
あ、これはタイムリーに返信しないとだめだったやつ。どうしよう、まさか『ごめん返信遅れて。合コン行ってて・・・』なんて言えないし。
おや?だけど私が合コンに行っていたからといって後ろめたいことはないような気もするようなそうでもないようなあるようなないようなあるような・・・
「ああもぅ!」考えるの面倒くさい。も、いい。とにかく今日はもう寝る。萩野さんごめんだけど、おやすみなさい。
心の中でそうつぶやいて、本当に寝てしまったのだった。夢の中の私は、闇雄さんと楽しそうにゴルフをしながら、だけどキャディーさんが荻野さんで、荻野さんと闇雄さんが仲良くなるようになぜだか一生懸命がんばっていた。