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私の誕生日を祝うイケメンなんていない  作者: 四半世紀とう子
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2.イケメンが私のことを好きになるなんてありえない

荻野さんとの仕事が始まって早2週間。

最初は、この人ちゃんと仕事できるのかな?なんて思ってたけど・・・。

阿吽の呼吸っていうのかな。私のモヤッとしたイメージを、ニュアンスで理解してくれるからすごくやりやすい。なんだかうまくいきそう、なんて思っていた矢先のできことだった。



「荻野さん」

「ん?」

「モバイルページの校了が2日早まってしまいました」



ただでさえ過密スケジュールの中、痛恨のミス。

顔面蒼白で重い気持ちのまま荻野さんに電話すると、なんでもないように

「なんだ、深刻な声だからクビになっちゃうのかと思った」と笑った。

「本当にすみません、私、」

「大丈夫。僕に任せて」

まじかよーって言われると思ったのに。

初めて会った時もそうだった、顔色一つ変えずに無茶なスケジールを受け入れていた。

そういえば、荻野さんが焦るところって見た事ないし想像できない。


程なくして、荻野さんが大きな荷物を抱えてやってきた。

あれ?今日は荻野さんと約束なんてあったっけ?思わず自分の今日の髪型をチェック。うん、問題なし…って、なにやってんだ私。

「今日から一ヶ月お世話になります」

「え、え、どういう」

「あれ、部長から聞いてない?今日から締めまでここに常駐。よろしくね町田さん」

ぽかん、としている私を尻目に、ずっと空席だった私の横の席に荷物を置いた。どうやらそこを使うらしい。

え、となり?これから一週間?なんか、どきどき…緊張してる。なんで?

ううん、それよりも。

「あの!さっきの件、本当にすみません、私のせいで」

「あ、そうだ」

「?」

私の言葉を遮って、荻野さんは山盛りの荷物の中で大事そうに抱えていた小さな紙袋を差し出した。

「あげる」

「え、これ…」

「部長は奥?ちょっと挨拶してくるね」

そう言って背を向けたと思ったら、


ぽん・・・


「あったかいうちに飲んでね。」


頭に暖かくて大きな手の感触。

荻野さんはそう言って、部長のところに行ってしまった。


取り残された私は呆然と立ち尽くした。

紙袋に入っていたロイヤルミルクティーよりも、荻野さんが触れた部分と顔がじんじんと熱かった。





荻野さんの手の感触を忘れられないまま、週末を迎えた。

月曜からずっと横にいるなんて。緊張するじゃん。なんでかって?なんでって、よくわかんないけど…

荻野さん、思ってたよりも頼りになるし、わざわざ電話したりメールするよりスムーズに仕事進められる。うん、常駐で横の席になってくれてよかった。緊張することなんてない。



『あったかいうちに飲んでね。』



「〜っっ・・・!////」

さっきからこの無限ループ。

なんでたまの休日なのに仕事相手のことばっかり考えなきゃなんないの!バカ荻野!


こんな日は、ずっと気になっていた美術館の展示に行こう。チケット、前売り買ってたんだ。


とてもいい天気。

美術館の前には気に入っているカフェがあって、この美術館で展示があるときはいつもそこでケーキを食べて帰る。今日はテラス席がいいな。

美術館の中は思ったより空いていた。そんなに有名な画家じゃないからかな?ゆっくり見れてうれしい。


あ・・・この絵、いいな。

繊細な筆づかいがこの画家らしくて良い。色合いも絶妙で、しばらくその絵を眺めていた。

そして、斜め前で私と同じようにこの絵の前で佇んでいる人に気がついた。

ん?なんとなく、見たことある・・・この、猫っ毛の・・・

穴が開くほど見つめていると、その人は振り向いて、私を二度見した。

「あ、あれ?え、…町田さん?」

「荻野さん!」

「ぜんぜん、町田さん、気付かなかった…」

「わたしも」

小さな声で言葉を交わし、会釈してまたそれぞれ絵画鑑賞にもどった。一緒に回ろっか、なんて言わなかった荻野さん。・・・好感度。自分のペースで見たいから、美術館に行くときはいつも1人。でも、今日は・・・荻野さんが気になって集中できなかった。

だって、私がいいな、じっくり見たいな、って思った絵の前にはすでに荻野さんがいるんだもん。


ふいに、昨日荻野さんに頭ぽんってされたのおもいだしちゃった。きっと今、顔真っ赤だ。誰も見ないで。特に荻野さん見ないで。目線を上げると、男性の裸体彫刻の前に立っていた。違います。別に、これに興奮して顔が赤くなっているわけではありません!


展示を見終わると、ミュージアムショップでは一足先に出た荻野さんがグッズを物色していた。

「あ、町田さん」

こっちこっち、と荻野さんがおいで、って手招きする。素直に寄って行く自分に驚く。でもこの自然な感じ、嫌いじゃないんだ。

どれがいいかな、とか言いながらお互いにポストカードを選び合ってる。荻野さんは、気付けば私の分まで買ってくれてる。なんなんだこのデートみたいなのは!

「町田さん、時間ある?僕、あのカフェ好きなんだ」

そう言って、美術館の前のカフェを指した。

どうせ、最初から一人ででも行く気だったし…自分に言い訳しながら、荻野さんとテラス席に座った。


「「チーズケーキ!」」

荻野さんはブラックのコーヒー、私はミルクティーと。

「ここのチーズケーキおいしいよね」

「来るときはいつも頼むんです。あ、でもクレームブリュレも良いんですよ」

「ほんと?じゃあ次頼んでみようかな」

荻野さんとさっきみた展示の話をしながらティータイム。気に入った絵も、心に残っている絵も一緒。想いを共有する暖かい午後。なんて心地良いんだろう。ずっと続けば良いのに・・・なんて。


「・・・町田さん、今日、仕事してるときと雰囲気違う」

「え?そうですか?」

「うん。僕が知ってたのは、スーツでびしっときめた町田さん。今日、服の感じが違うからかな?なんか、素の町田さんが見れたっていうか・・・」

「荻野さんはいつもと同じ。後姿でわかりました」

絵を見ていた荻野さんの背中を思い出して笑ってしまった。見紛う事などできないぐらい、何かを考えているときとまるっきり同じだったから。


「昨日のミルクティー、ありがとうございました。すごくおいしかった」

本当にお礼を言いたいのは、私のミスをまるごとゆるしてくれた荻野さんの優しさ。でも、言わなくても伝わる気がした。私の気持ち。どういたしまして、の笑顔がやさしかった。きっと伝わってるよね。


「町田さんの部長が言ってた。相当ハードな仕事だけど任せたい部下がいるって。まだ若くて経験も浅いけど、まじめでホネがあって、育てたいって」

なんだ、部長良い奴じゃん。ちょっと、見直した。

「あと・・・申し分のない美人だって」

くすくす、と荻野さんが笑う。・・・そこ笑うとこじゃないだろ。

「本当は、最初の打ち合わせだけ行って、後はうちの社内の別の子に担当させようと思ってた。でも、町田さんの一生懸命な姿見て、僕がこの仕事させてもらおうって決めた」

急にそんなこと言うから。調子狂うじゃないか。なんて反応したらいい?こういうとき、どうしたらスマートなの?私には、うまく返せる引き出しがなかった。額面どおり受け取って、素直に赤面してる自分がいる。ねえ、荻野さん。そんなこと言って、私をどうしたいの?

「引き受けてよかった」

ふわっと微笑んだ。何度となく見てきたこの笑顔。いつもなら私を救い上げるこの笑顔も、今は私の熱に拍車をかけるだけ。


自分も同じ方向だからって、家まで送ってくれた。ほんとは逆方向の癖に、うそつき。

帰り際。さよならを言った後、荻野さんがこちらを振り返って言った。

「なつきちゃん。もし、嫌じゃなかったら」

連絡先、教えてほしいな。


荻野さんはずるい。

私、ずっとあなたに翻弄されっぱなしだよ。


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