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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Killer&High school girl 2

作者: 橋本洋一

 舞台の緞帳は上がり、決まりきった役を演じるだけの悪夢のような一日が始まろうとしていた。


 俺は主役や敵役、脇役ややられ役などになるつもりはなかった。しかしこの物語においては『悪役』を演じるしかなかった。


 俺は舞台装置ならば良かった。あるいは外側から眺める傍観者ならば最良だった。


 けれど否応なく世界は俺――俺たちを巻き込んでいく。それはさながら夏の嵐のように。世界は俺たちを魅せていく。それはさながら寝苦しい悪夢のように。


 その一日は前回の事件で俺の助手となった福田美希の一言から始まった。


「ねえ、平野さん。この子が事務所の前に居たから連れてきたんだけど」


 いつもの通り、事務所の安楽椅子で依頼が来るのを待ち続けていた矢先、外で掃き掃除をしていたはずの美希が少女を連れて事務所のドアを開けた。


 白いワンピースを着た小学生くらいの小柄な少女で、腰まで伸ばしている赤みを帯びた茶髪が印象的だった。


 しかし最も印象的といえるのは真っ赤な唇だった。まるで紅を塗ったように赤い。


 そんな少女が興味深そうに事務所を眺め回していた。


 不思議な少女だ。俺の『顔』を見ても動揺すらしない。


「なんだ? 依頼人か?」


「こんな小さな依頼人居ないでしょ。何か様子がおかしかったから。中に入れたのよ」


 俺が殺し屋だということを理解していないのか? 最近馴れ馴れしくなったのも問題だ。


「何でも中に入れるな。貴様は――」


 小言を言おうとしたとき。


「貴方が平野伴次郎なのねん」


 少女から少女らしくないしゃがれた声が発せられた。


 その少女からかけ離れた声に眉を顰めた。


「えっ? 知り合い?」


 のん気なことを助手は言う。


「違うな。貴様、ただの人間じゃないな」


 俺は懐に常備してある銃に手を伸ばす――


「やめておくのね。そんなんじゃあ私は死なないわん」


 小さな手で制された。この俺が。


「物騒で下品なものを向けるんじゃないわ。レディの扱いを貴方は心得ていないのん?」


 癪に障る言葉遣いにイラつきを覚えながら、俺は再度質問をした。


「貴様は何者だ? 何の目的でここに来たのだ? 答えろ」


「ちょっと、平野さん――」


 俺の詰問に美希は何か言いたげだったが、少女は許可していないのに来客用のソファに座り、遮るように答えを述べた。


「私の名前などどうでも良いのだわ。それにここに来たのは依頼に決まってるわ。平野伴次郎。この人外を殺してほしいのよん」


 ワンピースの腰にあるポケットから少女は写真を取り出した。


 写真には年老いた男が写っていた。ベッドで寝ていて、穏やかな笑みを浮かべている。


「なんだこいつは。知らんぞ」


「知らなくても当然。彼――赤松平良は人外になりたて。まだ二日も経っていないのよ」


 ふむ。覚醒した人外か。先天的に抱えているものが発症したタイプかもしれん。


「彼は人外になってしまった。彼が生きるには人を喰わなければならないのよん」


 その言葉に美希はぴくりと反応した。友人のことを思い出したのだろう。


「だけどまだ人を殺めていない。まだ人のまま、死なせてあげられる――」


 少女は淡々と事実だけを述べていた。


「ここに五百万の小切手はあるわ」


 再び少女はポケットから紙切れを取り出した。それに書かれている金額は確かに五百万。振出人の名前は――


「不二財閥の代表取締役ではないか。なぜ貴様が?」


「えっ? それホント!?」


 美希が横から覗いてくる。そして本当だと分かり、改めて少女を見る。


 不二財閥は戦前からこの国を牛耳る三大財閥の一角だ。この国に住む人間ならば赤子以外は当然名前くらいは知っている。


「だからお願い。彼を――平良『ちゃん』を殺してあげてほしいのよん!」


「……いくつか疑問がある」


 懇願する少女に俺は頷くのをためらった。


 この少女は嘘を言っていない。しかし大事なことを隠している。


「貴様とこの人外の関係は? どうして貴様がここを知っていた? そして不二財閥とどのような関係があるのだ?」


 すると少女は――


「答えられないわ」


 今までのふざけた語尾を無くして、少女は拒絶を示した。


「……なんだと?」


「貴方は悪人と人外、それと金があれば依頼を受けるんでしょう?」


 少女らしくない、対極にあるような老練とした空気。美希は息を飲んだ。


「いつまでも依頼人の話を聞いているだけ。それがプロと言えるの?」


「依頼人が隠し事しているのなら、依頼を達成できない可能性が出てくる」


「もっともな言い分ね。まあ逃げているといっても過言ではないわね」


 挑発だと知る。俺の経験上、挑発することは相手の余裕を崩すことにつながるが、同時に自らも余裕がないことを露呈する結果となっている。


 この少女は、焦っている。


「私は貴方を信用しているわ。数々の悪人と人外を殺してきた貴方の腕を信用している。だからこそ、ここに来たのよ」


 今度はこちらの矜持をくすぐる作戦か。


 こいつは本当に子供か?


「はっきり言うが、俺は自分の仕事を誇りに思ったことはない。やりがいも感じたこともない。達成感も充実感もない」


「なら何故、殺し屋なんてしているわけなのよ? お金のためなの?」


 少女の言葉を俺は否定する。


「違うな。金は道具を仕入れるための手段でしかない。俺は俺しかできないからやっているだけだ。この腐った世界を正すために、俺は殺し屋をしている」


 俺は安楽椅子から立ち上がった。


「善人を守るために俺は世界に挑む。俺の存在理由はそれだけだ。人は正しく生きるために存在する。悪人や人外はそれを阻む害虫だ。駆除しなければならない」


 俺は少女と顔を見合わせる。


 少女は俺を憐れむ表情をしていた。


「世界は残酷だけど、それでも優しいのよ。貴方だけが気負う必要はないんじゃないの」


「はん。ならば世界が俺たちに何をしてくれた? 拷問のように苦しみを与えるものでしかない。人生は世界から与えられる苛烈な試練を身に受けながら、やがて無となるのだ」


「……あんたたち、話が逸れているわよ」


 美希が呆れた表情で俺を見ている。


「そうだな。まあいい。先ほどの質問には答えなくていいが、確認すべきことがある」


 俺は少女を睨んだ。


「老人――弱々しい人外を殺すのなら、俺でなくとも公安や始末屋が居るはずだが、何故そいつらに頼まない? 不二財閥と関係のある貴様ならば容易だろう」


 俺の指摘に少女はまるで枯れ葉のような笑みを見せた。ガキには似つかわしくない。


「赤松平良を守るように人外が屋敷を取り囲んでいるのよん」


 なんだと? 薄汚い人外が居るだと?


「人外は何匹居る?」


「二人よ。詳細は不明。でも屋敷に居た人間は全員殺されて食べられたわん」


 その言葉を聞いて血が上るを感じる。心臓がどくどくと叫び、破裂しそうなまでに高鳴っている。


 人外、人外、人外!


「それを早く言え。その屋敷とやらに案内しろ。依頼を受けてやる」


 俺は素早く立てかけておいたダークブラウンのコートを羽織り、赤の帽子を被った。


「……噂どおり、本当に人外を殺したくて仕方がないのね」


 少女は驚いて目を見開いている。


 美希は肩をがっくりと落とした。


「平野さん、あなたは本当に周りが見えていないわね」


 二人の反応などどうでもいい。


「人を喰らう人外は放置しておけない。必ず殺さなければいけない」


 このときの俺は人外を殺すことばかりを考えていた。


 美希の言うとおり、俺は周りをみえていなかったのかもしれない。


 しかしはっきり言っておこう。今回の事件は俺の猪突猛進で周りを鑑みない思考が悲劇を引き起こすことになる。


 最初に述べたが、俺は今回の事件において、主役でも脇役でもなく『悪役』を演じることになる。


 そうとも知らずに俺は二人のガキに声をかけた。


「行くぞ。人外を殺しにいく」


 少女は言う。世界は残酷だけど優しいと。


 それは大きな間違いだ。


 そもそも世界は俺たちに関心がないのだ。





「不二財閥の所有する物件の一つに、義仁館という邸宅があるのん。そこに赤松平良がいるわん」


 不愉快な語尾を不快に思いながら、俺は少女の話を聞いていた。


 俺たちは車の中に居た。先日の事件で車は少々痛んだが、走らせる分には支障はない。


「赤松平良。不二財閥と深い関わりがあるみたいだな。おい、美希。調べはついたか?」


 俺は助手席に居る美希に訊ねた。


「ちょっと待って。赤松平良……そんな人は存在しない……どういうことなの?」


 ノートパソコンを使って、美希は政府直属の組織、国民登録機関のデータベースにアクセスして、素性を探っている。


 国民登録機関は、全ての国民の指紋などの身体情報を登録する。ここにアクセスするのは重罪だが、専用のアドレスを持っていれば可能となる。


 俺は以前、引きこもりのハッカーより、アドレスを譲られた。今まで使わなかったが、ITに詳しい美希に使うように指示した。


「どうして、こんな機密情報を知っているのか、分からないけど……わくわくするわね」


 そんな風に喜んでいた。今どきの女子高生らしくないが、IT関係に精通している美希に武器を与えてしまったのは否めない。


 しかし、国民登録機関に登録されていないだと……?


「ありえるのか? たとえ遺児だろうが捨て子だろうが登録されているはずだろう?」


「珍しい名前だけど、居ないことはないのよ。ただ十才に一人、三十代に複数人居るけど、写真で見たような年齢の『赤松平良』は居ない」


「…………」


「おそらく偽名なんじゃないの。もしくは芸名とかあだ名とか」


「……どうなんだガキ」


 俺の質問に少女は答えずに「いずれ分かるわ」と誤魔化した。


 気に入らないが、子ども相手に暴力を振るうわけにはいかない。


 大人ならば痛めつけても話させるがな。


 そうこうしている内に、俺たちは郊外にあった。義仁館に着いた。美希が調べたところによると、不二義仁という不二財閥の一族の名前に由来しているらしい。どうでもいい話だが。


 義仁館は丁寧に手入れされた庭。威圧的な外観。おまけに華美な装飾品。いかにも金持ちの趣味らしい邸宅だった。


「お前たちはここで待て。人外どもを片付けてくる」


 門は開いていたので車で入り、敷地内で駐車した。


「……その必要はないわん」


 少女が目の前を指差す。


 指差したところには――二匹の人外が居た。


「……手間が省けたな」


 俺は銃を構えた。


 二匹の人外は人外の癖に黒い背広を着ていて、人相の悪さからヤクザを想起させる。


 一人は若い。チャラチャラした金髪で二十代くらいの人外成り立ての雰囲気を醸し出している。にやにや笑いながら俺たち人間を見下している。


 もう一人は五十代くらいの初老だ。白髪混じりの短い短髪。若者と打って変わって険しい表情をしている。


 俺は一応訊ねる。本来ならば人外と話すことはないが、訊かねばならないことがある。


「貴様らは人外だな。この館の人間はどうした? 全員喰ったのか?」


「はあ? なんで俺たちがそんなこと答えなきゃいけないわけ? おっさん、これから死ぬのによー」


 若い奴が軽口を叩く。ふざけた野郎だ。


「イナズマ。客人にそのような言葉遣いはやめろ」


 すると初老の男は若者――イナズマを嗜めた。イナズマは口を尖らせた。


「フレイムの旦那。こんな人間に敬意を払う必要ないっしょ? 誰だが知らねえけど」


「こいつは平野伴次郎だ」


 俺を知っているみたいだった。俺の『顔』は目立つからな。


「はあ? こいつが平野伴次郎? 弱そうだぜ? 本当に同志たちを殺しまくってる平野伴次郎なのか?」


「見た目に誤魔化されるな。気をつけろ。コンビで戦う」


 フレイムが俺に構えを取った。


 するとイナズマも面倒臭そうに構えた。


「へえへえ。分かりましたよ。コンビで戦いましょう」


「……赤松平良は居るか?」


 俺の質問にフレイムは「ますます生かしておけないな」と威圧感を出している。


 その態度は肯定を同じだった。


 だから――俺は遠慮なく銃を発砲した。


 五発――三発はフレイム、二発はイナズマに向けて撃つ。


 しかし不可解なことが起こった。


 イナズマは超スピードで動きかわしたが、フレイムは動かずに――銃弾は消えてしまった。


 なんだと? いくら人外でも物理攻撃を無効にはできない。何らかのトリックがあるはずだ。


 人外は各々に特殊能力を持つ。その能力の結果だろう。


 俺は残っている六発をフレイムに向けて撃ちまくる。


 やはり消えてしまう――いや、違う!


「フレイムの旦那だけじゃないんだぜ? くらいな!」


 気づかない内にイナズマが俺の後ろ側に回り込み、思い切り殴りつける。


 息が止まる。しかし防弾チョッキを着込んでいたため、ダメージは軽減された。


 だが、勢いは止まらなかった。そのまま五メートルほど吹っ飛ばされた。


「なんだいなんだい。これが平野伴次郎か。脆いな。こんなくそみたいな人間に『シフト』は殺されまくったのか」


 呆れた声が聞こえる。俺は受身を取ったので、すぐに起き上がれた。


 だがすぐに追撃される。今度はフレイムだ。


「イナズマ! ぼやっとするな! 今殺しておくぞ!」


 その場から回避する。俺が居た場所に大きなクレーターができた。フレイムの踏みつけだろう。


 俺は立ち上がり、フレイムと徒手空拳で戦う。初老のくせに動きは悪くない。


 するとイナズマも近づいてくるのが分かる。


 この状況は不味いな。


 俺はフレイムから間合いを取って懐からスタングレネードを取り出し、イナズマとフレイムの間に投げ込む。


 閃光と轟音が走る。


 俺はその隙に手袋を嵌め、結界を作り出す。


「ちっ。ケチな攻撃をしやがるぜ」


 イナズマは俺の結界の外。フレイムも同様だった。


「フレイムの旦那! もう一度――」


「待てイナズマ! 平野が手袋を嵌めている! 警戒しろ――」


 それ以上話させない。俺はフレイムに向けて走り出し、射程に入ると身体中に糸をめぐらせた。


 ――拘束完了。


「ぐう! なんだこれは!」


 身動きが取れなくなったフレイムに対し、俺はとどめの言葉を放つ。


「無駄だ。貴様は高温を発することが可能な人外だろう」


「――っ! 先ほどの攻防でそれが分かったというのか!?」


 銃弾が当たらなかったわけではない。銃弾を溶かしてしまったのだ。


「鉄の融点は1538℃だ。それ以上の高温を発せられるのなら脅威だな。しかしそれにも弱点はある。それは自らの身体自体、高温に発せられないということだ」


 先ほどの徒手空拳で高温になってしまえば俺は死んでいたからな。


「おそらくは周囲五メートルの円を描くように範囲が決まっているのだろう」


「……貴様は糸遣いだな。経験上、それが分かる」


 あっさりと俺の技術を見破るフレイム。


「糸は私の身体を巡っているだろう。しかし範囲の糸を焼けば、通用しないはずだ」


 そのとおり。だが俺の糸のことを何も知らないと吐露してしまったようだ。


「イナズマ、逃げろ! こやつの能力をみんなに知らせるのだ! 正体不明で能力不明の殺し屋の情報を得られるのだ! 私の命一つ、安くない!」


 イナズマはそれを聞いて――


「そんなこと、できるわけがねえだろ!」


 激高し、俺に向けて突貫しようとする。


「イナズマ! 私の指示を聞け! 最期の頼みだ! 頼む! お前ではこやつに勝てない!」


 すると糸の拘束が解けた――いや溶けてしまった感覚がした。


「イナズマ! 灰崎さんに伝えろ!」


 そして俺に向けてフレイムは能力を発動させた。


「うおおおおお!!」


 能力を発動させたまま動く。その結果、自らの高温に耐えきれなくなる。


 しかしそうしなければ俺の糸は断ち切れない。溶けきれない。


 スーツが燃えて、肉体すら焦げてしまう。


 俺はその場から動かなかった。


 動く必要はなかった。


 何故なら、俺に届くまでに、フレイムは死んでしまうからだ。


 フレイムが能力を適用させる範囲五メートルまで後数歩。


 そこで奴は力尽きた。


 残す言葉も身体もなく。


 燃え尽きてしまった。


「フレイムの旦那! ちくしょう!」


 イナズマはそう言い残して、義仁館から去ってしまった。


 まるで稲妻のように素早く逃げていく。


「……くだらん」


 俺は糸を回収して、車に近づいた。


「終わったぞ――うん? どうした?」


 美希と少女は気絶していた。


 なるほど。スタングレネードのせいだな。


 俺は二人をたたき起こそうとするまで、しばらく待つことにした。


 流石に人外二匹を相手にするのは、疲れたな……






「信じらんない! 普通、あんなもの使う!? 心臓止まるかと思ったわよ!」


 起きるや否や、美希がヒステリックに喚いた。スタングレネードよりもうるさい。


「貴様らに配慮する必要はない。苦情は受け付けない」


「はあ!? 謝りもしないの!? ふざけないでよ!」


 くそ、このまま眠らせておけばよかった。


「もういいわん。私は別に謝罪はいいわん」


 少女の言葉に美希は怒りを収めるまではいかないが、不承不承に納得はしたようだ。


 館に踏み込むと人外が居た形跡、人間の死臭が鼻孔に届いた。


 死体は上手く隠しているつもりだが、人間を喰った跡は残されている。


「なにこの臭い……気持ち悪い……」


「前の事件で慣れたはずではないのか?」


「慣れるわけないでしょ……」


 少女を横目で見ると、悲しげもしくは虚しい表情へとなっていた。


 それがますます少女らしくなく違和感を覚える。


「赤松平良はどこに居る?」


「三階の奥に居るわ。彼はもう動けない」


 その言葉を信じるしかない。俺は二人に気をかけながら、目的の部屋に行く。


 赤松平良が居る部屋の前に来た。


「殺す前にお話したいの。いい?」


 俺は疑問に思う。殺したい人間を前に話すことなど何もないはずだ。


「ねえ。君はどうして赤松平良さんを、その、平野さんに依頼したわけ?」


 殺すという言葉を使わない美希。


「これから話すことに関係するわん。お願いだから聞いて」


 俺は深く溜息を吐いた。


「分かった。手短に頼む」


 本当なら話も聞かずに殺してしまうが、子どもの言うことを聞かない人間は失格である。


「ありがとう。それでは開けて」


 俺はドアを開けた。


 そこにはベッドと冷蔵庫と机しかなく、横たわる老人が居るだけの淋しい部屋だった。


「……なんで、ここに来たの、双葉さん」


 子供のような幼い声が老人から発せられた。


 まさか……


「平良ちゃん。待たせたね。そしてごめん。私のために人外になってしまって」


「いいんだ。このまま死なせてくれれば……でも、それも叶わないんだね」


 二人は何かを確かめ合っているようだった。


 それは愛情だった。


 あるいは親愛だった。


 血と暴力に塗れた俺には想像もつかないことだが、老人と少女には確実な愛がある。


「どういうことだ。説明してもらおう」


 質問に答えたのは少女だった。


「ごめんなさい。殺し屋さん。これから嫌なことが起こるかもしれない。それでも構わないかしらん」


「回りくどい言い方は止せ。俺は狂言回しに興味はない」


 にべもなく跳ね除けると少女は「どこから説明したほうがいいのねん」と悩んでいるようだった。


「僕が説明するよ」


 すると老人が少女を庇うように言う。


「きっかけは、彼女、不二双葉が不治の病に冒されたことによるんだ。僕は双葉さんを救おうとしたんだ」


 不二双葉だと?


「どういうことだ? 不二双葉と言えば不二財閥の血族であり、現当主の大叔母ではないか。どうしてこのようなガキになっているのだ?」


 俺の言葉に美希は「ええっ? 本当なのそれ!?」と驚きの声をあげる。


「そうなんだ。嘘なんて言ってないよ。彼女は正真正銘、不二双葉さんだよ」


 赤松平良は真実を話している。嘘偽りはない。


「分からないな。ならば貴様は――」


 そこまで言っておいて、気づく。


「貴様は――何才なんだ?」


 俺の質問に老人は微かに笑って答えた。


「十才だよ。それが僕の本当の年齢だ」


 そこで確信した。この物語の結末も分かってしまった。


 くそっ! なんてことだ。なんて無様な結末なんだ。ちくしょう、こんな役回りなんてごめんだ。


「騙したわけではない。だが、真実を語らなかっただけか。くだらない」


 美希は不思議そうな顔をしている。


「どういうこと? 分かりやすく説明してよ!」


 俺は億劫だが、美希に全て教えることにした。


「つまりだ。年齢を取り替えたのだ」


「……年齢を取り替えた? 意味が分からないんだけど」


「人外には特殊能力が個別にできる。貴様も知っているだろう『虚言組合』の灰崎明暗はその指向をある程度操作できるのだ」


 100%ではないにしろ、望んだ能力が手に入るのだ。


「その結果が『年齢を取り替える能力』だ。こいつの実年齢とガキの年齢はおそらく逆になっているのだろう」


「……そんなこと、可能なの?」


 美希は信じられないようだった。


「事実、目の前で行なわれているのはそうだろう」


 赤松平良は俺の眼を見た。『顔』で隠されているが、ちゃんと眼が合った。


「頼みます。このまま死なせてください。寿命で死ねば、双葉さんは少女のままで居られる。不老不死になれるわけではないけど、もう一度人生をやり直せるんです」


 少女は俺に言う。


「そんなの嫌だ。『孫』の命を犠牲にしてまで生きたくない。だから、平良ちゃんを殺してあげてほしい。そうすれば、能力は解除されて、また年老いた私に戻れる」


 二人の言い分を聞いて、俺は眼を閉じた。


 二人には愛がある。自己を犠牲にしてまで愛する家族を守りたいと思う心があった。


 二人をできるなら殺したくなかった。しかしどちらかを殺すのであれば、赤松平良を殺すしかない。


 何故なら奴は人外に成り果ててしまった。


 だから殺さなければならない。


 この状況は真冬の空のように俺の心を凍りつかせて、ざわつかせて、嘲笑った。


 残酷な決断をしなければならない。


 俺は眼を開けた。そして決断した。


 俺は銃を赤松平良に向けた。


「赤松平良。貴様は悪人ではないが人外だ。死なねばならない。だから殺す」


 赤松平良は悲しげな表情を見せた。


「そうかあ。ごめんね双葉さん。嫌な思いをさせてしまったね」


 不二双葉はその言葉を聞いて、今まで我慢していただろう涙を零した。


「ううん。私こそごめんね平良ちゃん――」


「ちょっと待ってよ! 平野さん!」


 美希は納得していないらしい。


「赤松平良を殺したら、双葉さんは死んじゃうかもしれないんだよ! それでいいの?」


 美希の言葉に俺は「いいんだ!」と大声を張り上げた。


「確かに今やろうとしていることは間違いだ。正しい方法はあるだろう。しかし、人外を殺すのは決して間違いではない。その結果、善人が死んでしまうのは悲しいことだ。だが、それを覚悟した者はここに居る。それだけで俺は引き金を引く十分な理由となる」


 そして俺は美希に向かって続けて言う。


「俺のやり方が悪いと思うのは正常だ。その気持ちを忘れるな。だが覚えておけ。世界には最良の決断はない。最善の方法もない。あるのはただ悪役を演じるしかない場面のみ。それが今なんだ。今しかないんだ」


 話は終わった。美希は泣きながら俺を見ていた。


「さらばだ。赤松平良。お前が人外ではないうちに、会いたかった」


「…………」


「何か言い残すことはあるか?」


 すると赤松平良はしわしわの顔をくしゃりと歪ませた。笑ったつもりだった。


「ごめんなさい。恨みます」


 その言葉を聞いて、俺は引き金を引いた。


 聞きなれた銃声と共に、赤松平良は死んだ。


 すると、徐々に赤松平良の身体が若返っていく。


 そして元の十才の少年に戻った。


「やれやれ。やっと元のお婆さんに戻れたよん。感謝するわん。お前たち」


 見ると少女が居た傍らには、老婆が居た。老練で老獪な老婆だ。


「悪いが帰らせてもらう。帰りは不二財閥に送ってもらえ」


 行くぞ美希。そう言い残して俺はその場を後にしようとする。


「まあ待ちなよ。酒の一杯でもどうだい?」


 老婆は部屋の隅にある小さな冷蔵庫から洋酒と氷を取り出し、ベットの隣に置いてある机の上のグラスに注いだ。


「飲まん。酒は毒の水だ」


「そうかい。じゃあ飲ませていただくわん」


 不二双葉を一気に飲み干した。


 俺は気づいていた。グラスの中に『薬』を入れていたことも。そしてこれから死のうとしていることも。


 不二双葉はその場に倒れて、眠るように亡くなった。


 苦しまずに死ねたみたいだ。


「……こういう結末しかなかったの?」


 震える声で美希は俺に訊ねた。


「ああ。こうするしかなかった」


 俺たちは無理矢理舞台に上がらされて、演じた三文役者だった。


 はたして『奴』ならば結末を変えられたのか? いや考えても詮のないことだった。


「帰るぞ。舞台の幕は降りた」


「…………」


 美希は無言のまま、俺の後についてくる。


 女子高生には過酷な殺し屋の助手の仕事だろう。俺は慰める言葉を持ち得ていないので、そのまま黙ったまま帰ることにした。


 ドアを静かに閉めた。


 誰もいなくなった部屋で、グラスがカラン、と小さく鳴いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ごめんなさい。恨みます」  とても印象的な台詞でした。この一言が伴次郎の生き方をすべて表してくれているように感じます。  前作と併せて、伴次郎の「殺し」に対する執念がひしひしと伝わって…
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