2126年 1月18日 9:17 状態:危険
生き残るためのマニュアル
あなたの生命を脅かす存在と遭遇した場合、自身の生命を優先してください。
銃はあなたの生命維持のためであって、命を終わらせるためではありません。
どんな時にも希望はあります。諦めないでください。
目の前の彼女――いや、化け物は俺を見るなり目を大きく開き、絶叫した。
ヒステリー女を思い起こさせる凄まじい金切り声。裂けるのではないかと思うほど大きく開いた下顎から皮膚が脱落し、熟れたトマトの様に地面にへばり付いた。
考えるより早く、体が動いていた。俺はAK12のトリガーを素早く2回引き、5.45×39mm弾を化け物の胴体に2発撃ち込んだ。化け物は糸が切れたマリオネットの様に崩れ落ち、大量の血液で地を染めた。
俺は危機は去ったと思った。アドレナリンが落ち着き、押し寄せる恐怖を受け入れる時間が来ると。違った。危機は“今”始まったのだ。
絶叫と銃声のどちらが奴らを起こしたのだろう? 今や地下鉄は先ほどの様な絶叫と、怒り狂う男の雄叫びの様な声がどよもす地獄の様相を呈していた。
「うわあああああああッ!」
俺は恐怖の余り叫びながら部屋を飛び出した。目の前にはやせ細った男の化け物。そいつは俺を見てヒステリーを起こしたりしなかったが、代わりに俺に掴みかかり、首筋を食い千切ろうと猛烈な圧力を掛けてくる。
咄嗟に左手でベルトのシースナイフを抜き、奴の下顎から脳天を抉り取るように突き刺す。感電したが如く真後ろに倒れる化け物を踏み越え、一目散に出口目がけて走る。ナイフを回収するなんて悠長な考えは俺の頭には無かった。
後ろを振り向いてはいけない。背後から無数の奴らが追ってきているのが感覚的に分かる。
殆どパニックに陥った脳でも、何処か俺は冷静に思考を巡らせていた――Mrドギーマンは、この化け物共に殺されたのだ!
夢中で走り、やっと入り口から差し込む光が見えた。崩壊した階段を這う様にして登り、地表へと飛び出した。背後の深淵から恐ろしい声が響いてくる。全速力で走り続ける俺の体は、パニックとガスマスクという要素が重なり、最早酸欠寸前だった。
そこからの記憶は、余り無い。気が付けば俺はシェルターの中に居て、汚染除去シャワーの化学薬品が溶けた水を浴びながらへたり込んでいた。
今日は何も書く気がしない。
食事も喉を通ってくれないし、眠れるかも分からない。
目を閉じれば奴らの声が聞こえる気がする。
ただ恐ろしい。