2126年 2月3日 11:40 状態:高放射線を検知
生き残るためのマニュアル
閃光発煙筒は非致死性兵器ですが、至近距離では対象を殺傷する可能性があります。
また、心臓病を患っている場合、ショック死も考えられます。
モスバーグM500の装弾数は5発。先程4発撃ったので、薬室には1発のバックショットが入っている事になる。薬室に1発を残したまま、俺はM500に12ゲージライフルスラグ弾を詰めた。
ポンプアクションショットガンの良い所はここだ。ショットシェルは直列に収納されるので、チューブ内の全ての弾を撃ち切らなくても次から次へと装填できるし、装薬の使い分けも簡単。自動式ショットガンは装薬の使い分けが難しいし、ジャムの可能性もある――ポンプアクションもジャムの可能性はあるが、自動式より対処法はずっと簡単だ。
今チューブに入れたライフルスラグ弾こそ、肉腫に効きそうな弾の中で思い当たった一つだ。
ライフルスラグ弾とは鉛製の一粒弾に溝を刻み、それ自体がライフリングの代わりを果たす弾だ。弾体そのものがスピンするので散弾より直進性が優れているし、威力もある。
銃身にライフリングが刻まれていない、スムース・ボアである以上ライフルほどの威力や精度は期待できないが、この状況はそれでも十分だ。
背を付けた壁から振動が伝わってくる。肉腫が歩く度、その重量が床を軋ませていた。
部屋に隠れて様子を窺っていると、一体のクリーチャーが腕を滅茶苦茶に振り回しながら角から飛び出すのが見えた。そいつは興奮しているのか、壁に衝突して方向転換し、その勢いで肉腫に衝突した。肉腫は即座に左腕を振り、クリーチャーを軽々と吹き飛ばして壁のシミにしてしまった。あの表皮の下には厚い筋肉が隠されているらしい。しかも見境無しときた。
肉腫に接近戦を挑むのは無謀だ。今部屋から出ると肉腫の目の前に出てしまう。極力静かに行動するつもりだが、行動に伴う音を全て消すのは不可能だ。肉腫の前で防護服が擦れでもすれば、俺はさっきのクリーチャーと同じ末路を辿るだろう。
身動き一つ取らず、ゆっくり呼吸して酸素の節約に努めていると、部屋の入り口――ほぼ俺の真横――で肉腫が立ち止まり、中に顔を向けた。
堪らなく恐ろしいが、動くわけにはいかない。
呼吸音を消すために息を止めていると、奇妙な音が聞こえてきた。骨と骨を打ち合わせている様な、コイサン族語の吸着音の様な……クリック音か?
不審な音が聞こえると無意識に音の発信源を辿る物だ。俺がクリック音の発信源が肉腫であると突き留めるのと、クリック音が止まるのは同時だった。
ここに居ると不味い。本能がそう叫んだ。そして、本能に逆らう理由なんてどこにも無かった。
背中にボンベを背負っているので酷く不格好な飛び込みだっただろうが、どうにかその場から離れる事が出来た。俺が地に飛び込んだ直ぐ後に、今までいた壁が肉腫の裏拳で砕け散った。
あのクリック音は言わばソナーだ。奴は部屋に音を反響させ、俺の位置を割り出したのだろう。
音の理由は察しが付いたが、この状況は何一つ解決していない。今はとにかくこの部屋から出なければならない。M500を肉腫に向け発砲した。1発目のバックショットは僅かに怯ませただけだが、即座にポンプをスライドし次のライフルスラグ弾を薬室に送り込み、引き金を絞った。
ライフルスラグ弾は幾らか効果があった。肉腫を吹き飛ばしたのだ。胸部の辺りに命中し、大きく怯ませると同時に肉腫の一部が抉れ、血が滴った。出血量から見るに、あの肉腫は角質層に近い様だ。
続けて発砲し、同時に弾もチューブに詰めていく。少しずつ部屋から押し出してはいるが、後一手足りない。今飛び出せば恐らく殺される。暫く行動を止めさせる何かが必要だった。
ポーチからM84スタングレネードを取り出し、ピンを抜いて肉腫に投げつけた。後は目を瞑って、耳を防護服の上から塞げるだけ塞いで祈るだけだ。
数秒後、100万カンデラ以上の閃光と170デシベルの凄まじい爆音が部屋を駆け巡った。目は大丈夫だったが、耳は完全に塞げていなかったので失調を起こし、まるで水の中にいる感覚だった。
肉腫にはもっと大きな効果があったようで、片膝を突き、困惑した様子で手を振りまわしていた。外界からの情報を聴覚に頼っている分、聴覚は大きく発達しているだろう。それだけに聴覚を潰した時のダメージは大きい。
その隙を突き、部屋を飛び出した。




