2126年 2月1日 12:24 状態:アドレナリンの分泌を検知
生き残るためのマニュアル
デバイスは定期的に充電してください。
スーツの電波発信機能は電池式で、かなりの時間動作し続けます。
急いで調理器具とガスマスクを回収し、ビルの壁面からラぺリングで降下する。
コールドスリープから目覚めて初めての、生きた人間に会えるかもしれない可能性に、俺の心臓はかつてない程早く鼓動し、全身に一気に血が巡るのを感じていた。
逸る気持ちを抑え、うっかりロープから落下しないよう気を付けながら地面に降りた。250メートルという距離は、走れば直ぐに到達する距離だ。俺は走った。呼吸も、疲れさえ忘れ、危うく瓦礫に躓きかけながらも走ったが、思わぬ障害が行く手を阻んだ。
電波の発生源まであと100メートル弱という所で、俺の眼前に巨大なクレーターが現れた。底に溜まった水からはやはり放射線が放たれており、数台の車が飲み込まれていた。
俺の混乱した脳はクレーターを進む事も考えたが、辛うじて残っていた冷静な部分がそれを制した。非常に高い傾斜を急いで下りる事自体現実的でないし、もし向こう側に辿り着いたとしても、その頃には致命的な放射能汚染を受けているだろう。
何か手は無いか……見回すと、右側に立体駐車場があった。それは半分クレーターに飲まれていて、残る半分もビルの瓦礫で埋もれていたが、クレーターを迂回する程度には使えそうだった。
AK12のセレクターをフルオートに合わせ、コッキングして立体駐車場に突入した。瓦礫の所為で日光は届かず、その上何処に穴が開いているかも分からない危険地帯だ。暗視装置を使って進む事にした。
静かに事を運ぼうなどとは考えていない。クリーチャーが来るなら来ればいい、片っ端から殺してやる。安全性より速度を重視したクリアリングを行いながら進んでいると、進行方向に座り込んでいる1体のクリーチャーを発見した。奴は俺に気付いていなかったが、俺は発砲した。撃った1発の弾丸は奴の頭に命中した。奴は訳も分からず死んだろう。
その銃声を皮切りに建物中にクリーチャーの叫び声が響き渡る。構わず前進し、目の前に現れるクリーチャー達をひたすら撃ち倒して行く。
発砲しつつ前進し、時折背後にも注意を向ける。立体駐車場で迷う危険性は無かった。車は殆ど入っていなかったし、通路は殆ど潰れて俺が進む通路しか残っていなかった。まるで何かに呼ばれている様に。
暗視装置越しに出口を捉えた。差し込む日光で視界が潰れるが構わず外に飛び出し、直ぐに暗視装置を外した。
電波の発信源まで残り100メートル弱。長い直進道路で、そこら中に車が放置されている。警戒を解かずに進み、車のボンネットから覗く丸い物を見つけた。
双眼鏡で見ると、それはヘルメットの後頭部であり、04とステンシルが施されていた――それは第4シェルターの住人である事の何よりの証拠だ。
声を掛けたが反応は無い。駆け寄って肩を引いた。それはあっけなくバランスを崩し、俺に体重を預けてきた。ヘルメットを覗くと、目玉の欠如した真っ黒な眼窩が俺を見つめ返した――彼は、既に死んでいた。
悲しみも、怒りさえ沸いてこなかった。誰に怒る? 怒りを向ける相手さえいないのに。白骨化した彼は右手にPX4を握り、ヘルメットとこめかみに弾痕を残して俯いていた。彼は自ら命を絶ったのだ。左手で握りしめていたドックタグで彼の性別と名前が分かった。斎藤幸治、男性、A型Rh+、無宗教、それが俺の知れる彼の全てだった。
何気なくドックタグの裏を見ると、“対話は続けられる”と書いていた。何の事か分からないが、彼なりの何かがあったのだろう。精神を壊したのかも知れない。
ただ唯一、スーツの電波発信機だけが生きていた。俺はそのスイッチを切った。
何時間そうしていただろうか。俺はやっと立ち上がり、彼の遺体を火葬した。バックパックは持ち帰る事にする。何か分かるかもしれない……。
気付けば俺はシェルターの汚染除去シャワーを浴びていた。遅かったのだ、全てが。
俺の右手は、彼のドックタグを握り締めていた。
遅かった、遅すぎたんだ。
もっと早くあそこに行っていれば、そんな考えが浮かぶが、結局は結果論だ。
これでまた一人、数少ない人間が死んだ。




