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2016年/短編まとめ

一欠片を失った世界

作者: 文崎 美生

「ボクが死んだら、笑ってね」


死ねない幼馴染みの言葉が、脳裏に焼き付いて、染み込んで、離れない、剥がれない。

死ねない死ねない、幼馴染み自身も、彼女自身も言っていて、私達も散々口にした言葉。

ボクは死ねない、アンタは死ねない、それはただ、タイミングが悪かっただけ。


元々色の白い顔が陶器のようになって、まるで眠っているみたいに綺麗だった。

長い睫毛が伏せられて、どこぞの童話のお姫様かよ、と突っ込みたくなる。

アンタにそんなのは似合わない。

お姫様なんて、アンタも望んでないでしょう。


「……おい、美生(ミオ)


軽い力で肩を掴まれただけなのに、私の体は後方へと傾く。

あぁ、思ったよりも色々溜まっているようだ。

他人事のように考えながら向けた視線の先には、見慣れた、見飽きた兄の顔。


困惑したような泣き出しそうな心配そうな、色々な感情が混ざた顔をしているので、私はゆっくりと瞬きをして、口を開く。

「何」出た声は思いの外低く、掠れていた。

そう言えば、嫌に喉が乾いている。

ぺったりと埃が喉の粘膜に貼り付いているような不快感を感じて、小さく咳払いをした。


「お前、顔色悪いぞ」


「……私よりもあっちの方が酷いわよ」


兄から視線を外して指差した先には、長年の付き合いである、死ねないはずだった彼女と同じ幼馴染みの姿。

いつの間にあんなに髪を伸ばすようになったのか、上手く記憶を遡れないが、簡単に思い出せるのはその子の笑顔だった。


「四人一緒じゃなきゃ、笑えないのにね」


涙が枯れることなく流れていくのを見つめ、真っ赤になった目を見て、あんな風に泣けたらと思う。

あの子の笑顔が見たいけど、あの子を笑顔にしたいけど、私達じゃあ、無理だから。

もしかしたら、この先ずっと、無理かも知れない。


えぐえぐ、ぐすぐす、過呼吸を起こしそうになっているのに、全く泣き止む気配のないあの子の隣では、あの子を見ずに、自分の足元を見つめながら、あの子の背中を撫でる唯一の男の幼馴染み。

あの子とアイツと彼女と私で四人、それが私達であって、幼馴染み四人組だったはずだ。

「一人でも欠けたら、違うんだよ」と言っていたのは、既に欠けた彼女だった。


彼女はいつだって、四人一緒を望んでいた。

誰かが欠けることを恐れて、引き止めようと必死になって、躍起になって、並んで歩きたいと、なるべく近くにいたいと、歩幅を合わせていたのだ。

彼女がいたから、私達は私達だったのだ。

それを、彼女は、きっと、知らない。


「置いて行かないで、って、そうやって言った奴が置いてくなんて、笑い話にもならないわね」


兄さんもそう思うでしょう?と振り向けば、目を見開く兄さんがいて、その目の中には彼女と同じ目をした私がいた。

彼女があんな風に死んだ目になったのは、いつだったっけ。

死にたい、死のう、そう言い出した頃だっけ。

そんな彼女と同じ目をしている私は死にたいのか。


そもそも、彼女が死にたがった理由を私達は知らない。

彼女自身も、ぼんやりとしたことしか語らずに、ただただ衝動的に、発作的に死にたがった。

首吊り飛び降り飛び込み薬剤練炭――何をどれだけ試したのかなんて、誰も数えていないし全部思い出せるかも分からない。


ただ、死にたがって死にたがって、失敗して失敗して、生きて生きて生きて、彼女は消えた。

本当に死ぬんだなぁ、なんて思った瞬間もあって、死なないなんて嘘じゃないか、と笑いだしたくもなった。

それなのに、私は笑えずにここにいる。


あの子みたいにも泣けなくて、アイツみたいにも唇を噛み締めることが出来なくて、どうしたらいいんだろう、と立ち尽くす。

兄がくしゃくしゃに顔を歪めて、私の髪の毛を掻き混ぜるように撫でた。

痛いんだけど、兄さん、喉が乾いて上手く喋れない。


ぽたりぽたり、落ちてくる雫を感じながら、泣けない、泣けない、と思考が埋まる。

泣けないことは悪いことだろうか。

彼女が望んだのに笑えないのは悪いことだろうか。


兄さん、呟いて手を伸ばす。

年の差のある兄との距離が、こんな風に近くなったのは、いつぶりだろうか。

兄が泣くのを見るのは、いつぶりだろうか。

兄の頭を撫でるなんて、いつぶりだろうか。


『文ちゃんとお兄、本当は仲良しだもんね!』


そう言って笑った彼女はもういない。

眠り姫みたいにずっとずっと眠り続ける。

王子様なんていない。

だって彼女はお姫様じゃないから。


ぴくりとも動かない表情筋のまま、眠る彼女を振り返る。

眠ってるみたいね、なんてどこの小説で聞いたんだっけ、漫画だっけ。

……まぁ、何でもいいや、と瞬きを一つ。


結んだ口を解いて、乾いた喉を上下させて、震わせて、言葉を紡ぐ。

あの子の嗚咽は止まらないし、アイツは彼女を見ようともせずに震えている。

だから、私が言うよ。


「笑えるわけ、ないでしょう」


やっと一滴、落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラマのワンシーンみたいです。主人公の気持ちがよく分かります。友達の苦しみに気づいてあげられなくて、挙句その友達に死なれた悲しみと悔しさ、見事に表現できていました。
[良い点] 比喩、描写どれもうまいね。 [一言] がんばって。
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