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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
六章 三耀の術士
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11


 森の中を縫うように行くリュエルの先導をするものはトゥキだ。素早い小さな獣を追うリュエルもまた、同じようにどこか獣の機敏さを持ち合わせていた。


 しかしその背後を追うシアンはハンターだ。森の中はリュエル以上に慣れている。


 間もなくシアンに追いつかれたリュエルは腕を捕まえられて、無理やりに足を止めさせられた。どこか、追いつかれるのが分かっていたか、望んでいたか、そんなような力ない腕だった。


「リュエル。一体どうしたっていうんだ。とりあえず落ち着けよ」


 先ほどの険しさこそ無くなっていたが、いつも冗談のようなシアンが真剣な眼差しをしている。しかしリュエルは無気力に見えるほどの無表情で、視線を外した。


 シアンが絶対に逃すまいとするかのように、腕の力を強めてきた。


「まさか本当にマティアスのことが何かわかったのか……? 何がわかったって言うんだよ? 頼りにならないだろうけど、俺たちは仲間だろ? 隠すなよ」


 リュエルは一旦は目を伏せた。しかしやがて短く小さなため息を落とす。こうなってはこの男をはぐらかすのは無理だ。出会った初めからそうだった。リュエルは諦めの表情で、少し先の茂みの辺りにいたトゥキを見ろというように視線で促した。小さな獣は、その場でくるくると自分のしっぽを追いかけて回って遊びながら、時折二人の様子を伺っている。


 シアンが不思議そうに眉を捻った。


「……トゥキ? それがどうしたのさ」

「彼は……」


 リュエルは胸に詰まっていた不快なものを吐き出すかのように、だがはっきりと言った。


「エヴィアなんです」

「なっ……ええ!?」


 ピニークという生き物を初めて見たかのように、シアンはトゥキを見つめた。相変わらず、小獣は艶良い毛皮をふさふさとさせて、主が時々そうするように小首を傾げる愛くるしい仕草をした。いびつにひん曲がった、奇妙な生き物であるエヴィアとの共通点は、獣であるというくらいだ。どこも他の生き物と混ざっているような箇所はない。


「それはないよ」


 シアンは驚くどころか笑い飛ばした。だがリュエルは何も聞こえなかったかのように、何度か小さく首を横に振って見せた。


「……どうして今まで気が付かなかったんでしょう……。愚かでした……」


 リュエルはうなだれ、まだ求められてもいない説明を勝手に始めていた。


「さっき〈獰猛なる爪〉が私を逆さに吊るしていた時、トゥキは奴の硬い毛皮に刺さっていた何かの欠片を見つけて、それを躊躇無く食べたんです」


「? それがどうしたのさ」


 シアンにはそれがどんなに異常なことか分かっていない。ピニークという生き物のことをよく知らないからだろう。


「トゥキは……ピニークは、あなたが思っているより賢い動物です。犬や猿にも匹敵します。親しい間柄の者の敵の体に付着したものを普通は食べたりしません。それに……」


 リュエルは言い辛そうに一度言葉を切り、青い顔で改めて続けた。


「あれはきっと、人肉だったと思うんです。だって、奴はその少し前に騎士たちと戦っていた……」

「えっ……いや……でもトゥキっていくら賢いったって、やっぱり人間じゃないんだから、知らなかったら、その……人の肉だって食べるだろうさ! まして昨日は馬で駆けっ放しで、あいつも餌にありつけなかったんだから! ……それに、そんなことがどうしてエヴィアだって証拠になるのさ?」


 リュエルの言う事は少しばかりシアンにも抵抗があったらしい。トゥキとも親しく過ごしてきたのだ。無理も無い。リュエルはうつむく。


「前にも説明しましたよね。何故エヴィアがマティアスの創造物だと分かるのか」

「!!」


 調べる方法がある。魔力や魔術の方式には、それぞれ特有の癖や特徴がある。魔術師たちはそれを総称して『匂い』と呼ぶ。そこから個人を特定する事もできる。


 シアンも完全にはその話を忘れてはいなかった。リュエルに導かれて思い出し、やがて驚愕が顔を覆った。


「まさか……トゥキからも……?」


 答えはもはや必要無かった。この状況がすでにその答えだからだ。きっかけは敵の体から人肉を食んだ事をリュエルが訝しんだだけで、リュエルだってまさかそんな事実が明らかになるとは思っていなかった。トゥキはだいぶん趣きは違っているが、紛れもないエヴィアなのだと。


 シアンはうろたえ、落ち着き無く両手を彷徨わす。


「まさか……いや……しかし……だってトゥキはリュエルが子供の頃から一緒だったんだろ?」

「すでにその時からエヴィアの研究は始まっていたのかもしれません。トゥキは寄せ木のような普通のエヴィアとは違って、見た目は他のピニークと変わりはありませんから、草初期の試作品なのかもしれません」


 シアンよりも前に真実を知った。たった、それだけの理由だが、リュエルは淡々としていた。シアンはといえば、いくらリュエルの言葉とはいえ、やすやすとは受け入れられないらしい。信じるリュエルの伴獣であるからなおさらに。小一時間程前のリュエルも今のシアンとそう大差無かった。


 やおらあってから、だが、冷や汗を額に見せながらもシアンはにやりと笑った。


「……まあ、いいや。それはトゥキを追っていけばいずれ分かる事だもんね」


 驚くとともに、リュエルは険しくシアンを睨む。


「って……あなた、ついて来るつもりですか!?」

「ああ、もちろん。騎士たちはリュエルの言う通り置いて行こう。なにせ傷が深すぎる」

「駄目です。ついて来ることは許しません! さっき、分かったでしょう? あなたの無力を見せ付けてあげたじゃないですか!」


 するとシアンが笑った。


「やっぱり、俺たちに冷たいこと言って術を使ったのは演技だったんだ」


 つい口が滑った。知られるつもりではなかった。リュエルは罰の悪い顔をして顔を背けた。それをシアンが追う。


「本当は俺たちを心配してるんでしょ? オロフのように死なせたくない、って」


 観念して、強張らせた喉からリュエルは声を絞り出した。


「ええ。それに、私とてマティアスを追えば死からは逃れられないでしょう。……差し違えるしかないんです。マティアスの弟子たち亡き今、その役は、一人で十分なんです」


「失敗したら?」

「失敗はしません」


 リュエルの目を、澄んだシアンの青い目が覗き込んだ。


「……そうかな。俺、頼まれているんだけどな。リュエルはきっとマティアスを討つ時、迷う。だから俺がその背を押してくれって」

「誰が……そんな……」

「オロフだよ」

「……」


 聞いていない。それにその事実は、リュエルにとってはとてつもない破壊力があった。

 シアンは、多分わざとに、妙に明るい声を出す。


「とにかくさ、マティアスが滅ぼされてエヴィアが消えても、リュエルがいないんじゃ駄目だ。オロフもそんな結末を望んだわけじゃないはずだよ」

「……オロフ様を持ち出すのは卑怯です」



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