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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
六章 三耀の術士
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 明け方にはまだ遠く、日暮れからはずいぶんと時間が経ってしまった頃、牛を休める為、荷車は小さな清水の湧き出る岩の傍に止まる。ここなら水を飲むこともできる。


 火は焚かないでいた。追跡を警戒していた。マティアスの弟子たちは三人だという話だが、他のセレヴィアのような存在がいないとも限らない。


 疲れきった人々は休むというより、暗黙に闇にただ身を潜めていた。むろん、言葉は少なかった。ただうなだれて思い思いの場所にうずくまる。話しかければ言葉が返ってくるというだけで、気を失った後、荷車に乗せられ、まだ起き上がってこないリュエルとそう大差なかった。いつも騒がしいシアンですらそうだった。


 だが、地平を這っていたひとつの大きな星座が沈んだ頃、いつもふざけて笑っていた男は、ふと真面目な顔を上げた。


「これからどうする?」


 幾人かが気だるそうに目だけを上げた。怪我のせいだけではない。だが、いくばくもなく、またさっきと同じように沈み込んでいった。シアンは続ける。


「そんなに落ち込むなよ。まだマティアスの奴をどうにかする方法はあるって。とりあえず、これから行く場所を決めようよ」


 シアンの言うことは気休めでしかなかった。誰もがそう感じて、より一層空気を重くした。言っているシアンだってそう変わらないはずだ。だがその顔は、もういつもと同じように冗談染み始めている。カラだが、元気を見せ始めている。


 新参者で、男たちの中では一番年若い、たかだかハンターの男に元気付けられるとは。


 シアンがそうでは、生粋の武人である騎士たちも、いつまでも沈みこんではいられなかった。それに、そのおちゃらけた男の顔は、亡き主君の正統な血を引いた、レグリス王子に瓜二つなのだから。王子に励まされているような錯覚も起きた。


 それで、ようやく一人が動き出した。残った四人の騎士の中では、一番位が高かった中年の男だ。ラクィーズの周辺で起こった数々の領土争いに、中隊を率いて参戦してきた男だ。塔で騎士たちを纏めていた、あの騎士長の姿は、北西に旅立つ前に見たのがシアンにとっては最後だった。

 その中隊長だった騎士が言う。


「……このあたりの村に一時的に逃げ込もう。ここまで追ってこない様子を見ると、追跡されている様子はないようだしな。まさかマティアスも三人の弟子を全てつぎ込んで、全て消されるとは思っていなかったのだろう。……そこで体勢を整え、オロフ様がおっしゃっていた通り、再び隠れ家を建設し、全く、遺憾ではあるが、諸国に知らせながら道々同士を募るとしよう」


 男が何の気なく発した『消される』という言葉は同時に、消えるように亡くなったオロフを思い出させずにはいられなかった。別の騎士が身を起こす。


「しかし……オロフ様はもう……」


 その気弱な声を掻き消すような声が、元中隊長を挟んだ反対側から上がった。


「いや、まだリュエルがいる」


 若い声だった。前向きな発言をしたつもりだったのだろうが、それはあらぬ方向へと話を進ませることになった。先程気弱な声を出していた男が妙に元気付いた。


「そうだ。リュエルはオロフ様の力を受け継いだ。本当の一番弟子はマティアスではなく、リュエルだ!」

「ああ。リュエルがきっと、亡きオロフ様の仇を討つ為にも皆を率いてくれるはずだ」


 騎士たちが急にリュエルを担ぎ上げ始める。その異様さにシアンは眉をひそめた。その渦中の人、リュエルがいるはずの荷車の上からは返事が無かった。まだ気を失っているのだろうか。もし起きていたとしても、何と言っていいか分からないのに違いない。


 そんな中、シアンの次に若い男がぽつりと白状するように怯えながら口を開いた。


「けど……俺聞いたんだ。俺は皆とは違って湖岸に引っ掛かっていたから……。オロフ様が最期にリュエルに掛けた言葉が、聞こえていたんだ……。オロフ様は言ってた。自分亡き後、リュエルにはこんな無謀な戦いを強いることはできないって……」


 なあ、とシアンにも同意を求める。シアンが答えを躊躇していると、若い男は元中隊長に胸ぐらを掴まれる。


「何を言う……!」


 元中隊長はシアンをちらりと見た。空気を戻してくれたのはシアンだ。また重苦しくなってきたのが申し訳なかったのだろう。たった四人となった騎士の生き残りたちが、ざわめく。しかし掴まれても、若い男は黙らなかった。


「リュエルに、マティアスを忘れてもいいってすら言ってた……!」


 さすがに一同が沈黙した。

 若い男は目だけでまたシアンを突付いた。シアンは、もう隠せなかった。


「ああ。確かに言ってたよ。でも……きっとオロフには分かっていたんだよ。自分がいなくなったら、皆がリュエルを頼って、担ぎ上げるだろうことがさ。だから、そんな風に言ったんじゃないのかな」


 一同がさらに深く沈黙した。夜の静寂が耳に痛い。

 その言葉を、できれば言いたくはなかったのだろう。シアンは肩をすくめた。もしかしたらシアンも同じように分かっていたのかもしれない。オロフがいなくなったその時から。


「……ま、とにかくさ。誰を盟主にするとか、そんなのは後にしようよ。オロフがいないんならみんなで知恵を出すしかないけど、ここにいるのは皆どんぐりだろ? 誰もオロフの代わりにはなれないよ。……とりあえずさ、さっき言ってたようにしよう。また隠れ家を作って、諸国を回りながら仲間を集めて……オロフもあの時はそう言ってたんだしさ」


 シアンの言葉でようやく騎士たちが少し落ち着いた表情を見せ始める。が、やはりその視線は名残惜しそうに、次第にリュエルの方向に集まっていった。シアンもそれに気づき、釘を刺すように言った。


「……リュエルのことは……まあ、今はそっとしておこうよ」


 騎士たちはおとなしくシアンの提案に従い、その後リュエルの名どころか、言葉すら発しなくなった。


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