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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
六章 三耀の術士
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「オロフ様!?」


 リュエルは悲痛に叫んだ。

 先ほどまでリュエルは、どこかに策が忍ばせてあって、何かが起こると期待していた。だが、オロフが準備を進めていたらしい術は、きっと駄目になったのだ。なぜなら、その宝珠は宝珠ですらない。オロフが単にその見た目を気に入って、いつも持ち歩いていただけのものだ。〈獰猛なる爪〉がさっき言ったように、本当に、ただの質の悪い宝石屑だ。リュエルは知っている。この湖畔に移り住む旅の間に、そこらの川べりで拾った物だからだ。


 もう、このあとどうなるかが分かる。マティアスの弟子たちは激昂して、オロフを残虐に懲らしめるだろう。


「騙したな!」


 やはりだ。リュエルは小さな悲鳴を上げた。〈獰猛なる爪〉の腹の底から、怒りに満ちたすさまじい声、というより振動そのものに近いものが湧き出て、雷鼓のように辺りに轟く。


 ここまでは予想通り。

 だが、そのあとが違った。マティアスの弟子たちがオロフを引き裂かない。そればかりか身動きが取れないようだった。リュエルはシアンと二人、その光景に釘付けになった。


「な、なんだ……体が……」


 セレヴィアの手から、石ころ同然の偽りの宝珠が転がり落ちる。

 リュエルは気がついた。オロフの術はやはり行使されていたのだ。その、先ほどから準備されていたものの多くは、尋常ではないほど強力ではあるが、ただの足止めの術だったのだと。


 となればオロフの本当の狙いは……。リュエルはもう自分がしっかりとした意識を保っているのも難しいほど、血の気が下がっていくのを感じていた。絶望で、だ。

 オロフの声がうっすらと聞こえる。


「まったく、欲や油断は恐ろしい。かつて魔術士であった者たちにですら、この塔がどうやって作られているのかを考えさせなくさせてしまうのだからな」


 オロフがぽんぽんと、古木の塔を叩いた。乾いた音が鳴る。オロフの言葉で、マティアスの弟子たちの様子が一変した。


「よせ!」

「姿と共に人としての心を失ったお前たちに約諾の遵守などは期待していないよ。……ああ、でもお前たちも、本当にかつては人間だったのだな。こんな風体になっても欲が消えなかったのだから。こんな子供騙しに引っかかるとはな」


 マティアスの弟子たちが、先程捕らえられていたリュエルのように、じたばたと暴れどこかへ逃げようとしている様子だったが、足の裏が地面に張り付いているかのように、腕が糸に絡め取られたかのように、まったくその場から移動する事ができないらしい。


「さあ、お前たちは直接の門下生ではないが……私の最期の講義を始めよう。この塔は大量の樹木を私の魔術により変化させ、一本の木の形となっている。私が死ねば……」


 オロフは手に持っていた折れた杖を高く捧げ、輝かせ始めた。その光量は闇夜を照らす篝火を見るより眩しく、それに、少し前から辺りを静かに漂っていた魔力が反応したように急に熱を持ち始める。

 その熱は離れたリュエルたちにも感じられていた。シアンがリュエルを引っつかんで、普段ならありえないが、激しく揺する。次第に気が遠くなっていくリュエルには有り難い事だったが。


「リュ、リュエル! ここに着いた時、リュエルが言ってたろ!? あれって……!」


 ここに辿り着いた最初の日、シアンも確かに聞いていた。古木の塔はオロフの魔力で成り立っていると。術を解くか、術者が死ねば術は消滅する。つまり……。


 塔に宿っていた魔力を解き放ち、元の姿に返すことで、その重みでセレヴィアたちを物理的に押しつぶす。それがオロフの言う策だったのだ。正攻法では勝ち目は無い。相手は術によって抵抗してくると思い込んでいるだろう。だからきっと、そんな乱暴な方法を選んだのだ。いくら強固なセレヴィアとて、獣と人間を掛け合わせた存在だ、崩れ落ちる塔の重みになど耐えられるはずがない。

 

「オロフ! そいつらと心中する必要は無いって! 離れて術を解けばいいだけじゃないか!」


 本来なら、そうだ。塔のそばにセレヴィアたちを足止めして、その間に解術すればいい。

 だが、リュエルは首を振る。


「いいえ……きっと、あの場を離れる事ができないのです」

「なんで!?」

「セレヴィアの力が強いからでしょう。彼らは元は術士です。耐性があります。それに寄木細工と成り果てて、強化されてもいます。それを三体も同時に捕縛するのですから、できる限り接近している必要があるのでしょう。だから、オロフ様はあそこにいらっしゃるのです」

「そんな……」


 シアンが眉をぴくぴくと震わせる。


「……とにかく、オロフは死んじゃダメだ! 」


 そう言って、オロフの元に駆け出そうとしたらしいシアンだったが、足が接着されたように地面から離れなかった。体はそのまま倒れ込み、勢いよく地面に両手と膝をついた。


「な、なんだこれ」

「……オロフ様の捕縛術です。私たちを巻き込むまいと、セレヴィアたちより先にかけられていました」

「なんだって!? リュエル、知ってたの!?」


 リュエルは頷く。


「知ってたんなら、……リュエル! なんとかならないのかよ!?」

「……やっているんです!」


 長い髪を乱し、リュエルは首を何度も振った。


「さっきから、ずっとやっているんです! でも〈硬質なる翼〉にかけられた術のせいもあって、オロフ様の捕縛術を解くことも、他の術を発動する事もできないんです!」


 リュエルの腕が震えている。術に対して術で抗っているのだ。だが、二者にかけられた術を凌駕することができない。シアンの顔が青ざめた。


 マティアスの弟子たちもとっくに、オロフの狙いを悟ったらしい。


「や、やめろ!」


 オロフとセレヴィアたちが包まれる光の中から、人間らしい恐怖を含んだ獣染みた声が聞こえる。

 やがて、大気に、薄く水面に張った氷を踏みつけて割ったようなささやかな音が鳴り響き始める。その音は光が強くなるたびに大きくなっていき、ついに最大になった。


 ――その少し前、光の発信源は眩さに目が眩むほどだったのに、そこを見つめたリュエルには何故だか見えた気がした。オロフが微笑んだように。


「オロフ様……!」


 その叫びとともに光と熱が弾け、轟音と共に目の前にそびえていたものがマティアスの弟子たちとオロフを巻き込んで崩れる。今伐ったばかりのような断面の燃えくすぶる大木が、空の高いところから視界を埋め尽くしていくつもいくつも落ちてくる。大地がたわむように揺れた。


「――っ」


 世界が白い光だけとなる。リュエルたちを縛っていた術の力が不意に途切れた。

 無茶苦茶に立ち上がって光の中心方向に駆け込んだリュエルは、もがくように両手を伸ばした。絶対に届かないと知っている、オロフを探って。





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