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正直、リュエルは眩暈で今にも倒れてしまいそうだった。視界が暗い気すらする。それを堪えて体を垂直に保つようこらえる。
「……人間は……命は、継ぎ足したり割ったり……そんなことが許されるような、単なる肉の器じゃありません! 」
悲痛にあえぐような細い声に、〈硬質なる翼〉は目を閉じ、ゆっくりと首を振りながら、主の脇でただ声を殺して笑う。
「……っ!」
どうしていいか分からず、しかしどうにかしたくて、リュエルの手はいつの間にか術を発動する為の印を結んでいた。それを細く開けた目で見つめるマティアスが、やけに深い声音を響かせた。
「この間にも、あの古ぼけた木の塔も燃え尽きるかもしれん」
リュエルの全身の毛が逆立った。それは森の奥、湖畔に建つあの塔のことを言っているのに違いない。マティアスは遥か彼方を透視するような目つきをする。
「お前にいつもしてやられていた〈獰猛なる爪〉は、久方ぶりの歓喜を得ているだろうか」
「やはり罠だったのですね!」
今あの塔にいるのはオロフとラクィーズの生き残りの騎士たちだ。腕に憶えのある者たちばかりだが、〈獰猛なる爪〉相手には、騎士の鎧など紙一枚に等しい。何度も対峙したリュエルにはわかる。
「リュエルたちには危害を加えない、とは言ったが、他の者までは約束はしていない。お前のいない塔は脆かろうな」
マティアスは涼しげに、淡々とそう言った。別の目的があったにせよ、リュエルたちをここに招き、その隙に〈獰猛なる爪〉を塔に送る、というのは、遺跡で会った最初からの計画だったのに違いない。
「なんでお前らが塔の場所を知ってるんだよ!?」
シアンの顔も青ざめている。
「そんなものは初めから知っていた。ただ今まで放っていただけだ」
「!? なら、どうして……今」
「間もなくだからだ」
「え?」
マティアスとシアンの言い合う声が、どこか遠くぼんやり聞こえるほど、リュエルは憤り、後悔と不安でぶるぶると震えていた。
「シアン! そんな男との問答は無用です! 急ぎましょう!」
くるりときびすを返したリュエルの背に、マティアスは平坦な声を掛ける。
「間に合うといいな」
狂った術士の顔は笑っているのか、勝ち誇って歪んでいるのか。
それを確認することも無く、リュエルは後をついてくるシアンを足音だけで確認してマティアスの奇妙な閉ざされた庭を出た。




