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警戒しつつ歩を進め、二人はどうやら庭と呼ばれる集落の中心と思われる場所までやって来た。今は雑草だらけだが、かつては広場だったらしく、固く整地していたのだろう地面の面影が僅かに伺える。ここには紛れもなく辺境なりとも人が住み、細々と家畜を飼い、作物を育てていた形跡がある。
シアンはそこらの花壇跡らしい枯れ草だらけの石段に腰を下ろした。
「要は、マティアスは世界をこんな風に荒廃させたいってこと? だったら何もわざわざ見せなくったってわかるけど」
「……あの聡明で博識だったマティアスがそんなことをするでしょうか……。きっと何かの意味があるはずです」
もう今は二人とも声の大きさを気にしていなかった。警戒しても誰も、エヴィア一匹にすら出会わなかったからだ。だが、リュエルがそう言った時だった。広場の片隅、納屋と思しき藪に覆われた小屋の陰で何かが動いた。
「!!」
即座にリュエルとシアンは身構える。
しかし、待ってもそれは襲って来なかった。霧に朧に霞むその影もエヴィアではなさそうだ。やがてシアンの間の抜けた声が上がる。
「え? あれ……人間?」
やっとだいたいの姿形を判別できる距離になって、分かる。なんと、それはシアンの言う通り、二本の足で歩く人間だ。
だが、どこかおかしかった。人なのだが、どこか人ではない。動きのせいだ。たどたどしく、緩慢だ。リュエルは険しい表情を作りながら、首を傾げた。
「あ、リュエル!」
シアンが声を掛けたときにはもう、リュエルはその人間らしいものに駆け寄っていた。その人間と対面し、すぐに追いついたシアンと共に、リュエルの顔は驚愕に引きつった。
「……!」
異形だった。
瞳は鳥のように表情が無く、髪の代わりに羽毛が生えている。
身につけた服は汚れてぼろぼろ、そのためか擦り傷があちこちにあったが、目は虚ろでまるで気にしている様子はない。離れていても漂ってくる強烈な臭いはまるで獣のようだった。
視線を下の方に移動してさらに、その足にも人間との大きな違いを見つける。初めは膝の関節が逆向きになっているように見えた。だがよく見ると、膝が胴体に近く、そしてかかとからつま先までがやたら長いのだとわかる。足の指もよく発達している。そのまま四つんばいになって走れそうだ。本来の人間とは大分違う。二人はこれによく似たものをさっきまで見ていた。
「馬……?」
まるで人間と鶏、それに馬を無理やりひとつに纏め上げたような姿。リュエルはそう思い当たって寒気がした。
人間のようなものは、引きつるリュエルたちを見ても動じなかった。それどころかどこか満たされたような幸福感を想起させる笑みすら浮かべる。
「な、なんだ? こいつら……。本当に人間なのか? これじゃあまるで……」
「ええ……エヴィアですね……」
シアンが失った言葉の先を、リュエルは低い声で補った。
エヴィア、つまり古西方語で『命の寄木細工』。様々な種類の木材を組み合わせる寄木細工のように、数種の動物をつぎはいで繋げた姿を持つことから、オロフによってそう名づけられ、いつの間にか大陸各地に呼び名として広まった。
この目の前の、動物と人間を混ぜた姿も、まさしくそう定義できる。すでにエヴィアを見慣れた二人にとっても、そこに人間が交じると、これまでにない嫌悪と奇異を感じずにはいられなかった。
引きつったように動けずに立ち尽くしていると、後方で音が鳴る。
こつん……。
小石が転がり何かに当たったような、些細な音だ。気になってリュエルが振り向けば、さらに、小屋の影から、新たに二人の同じような動物人間が二体、のたのたと出て来て、二人を前後に取り囲む。リュエルは術の印を結び、シアンは剣の柄を握った。
明らかに戦闘態勢の二人を見ても、その生き物たちは奇妙に歪んだつぎはぎの顔を、さらに奇妙に歪ませただけだった。どうやら満面の笑みを浮かべたのだったらしいと分かったのは、そのあとしばらくしてからのことだ。しかし分かってなお、リュエルとシアンの背筋には、震えるほどの寒気を残しただけだった。
三人となった動物人間がほぼ同時に口を開く。
「旅の方ですかな? ようこそおいでくださいました。何も無い村ですが、どうぞごゆっくり」
「旅の方ですかな? ようこそおいでくださいました。何も無い村ですが、どうぞごゆっくり」
「旅の方ですかな? ようこそおいでくださいました。何も無い村ですが、どうぞごゆっくり」
微妙に合わない速度で、三人が三人、全く同じ言葉を発した。それは歓迎の言葉に間違いが無い。だがなんて気味が悪いのだろう。
二人がさらに硬く身構えたのにも関わらず、言い終えた奇妙な村人たちは再び虚ろな様子に戻って、リュエルたちを残して霧の中を方々に散って行った。
「こ……この村は一体……」
リュエルは感じた事のない恐怖に、冷たい汗をかいていた。セレヴィア相手にだって、こんなことはなかった。眩暈を覚えて額を押さえ、二、三歩前後によろめく。
「リュエル! こっちを見てよ!」
何かを見つけたらしいシアンの呼び声に、もつれそうな足を無理に動かして駆け寄り、指し示された枯れ薮の中を覗き込めば、そこには獰猛であるはずの異形のエヴィアや、五本足の野生の獣たちが安らかな寝息を立て、背と背を合わせて丸まっていた。
「これは……そんな馬鹿な……」
ありえない光景だが、現にこうして目の前にある。どこか先ほどの動物人間と同じように虚ろで幸福に満たされているように見える。
この村で次々に発見される奇妙な出来事は、まだ二人を休ませない。新たな影が忍び寄り、二人の背後で底冷えするような怜悧な声を発した。
「そこにいるのは誰ですかな?」
リュエルとシアンは飛び上がるように振り向く。すると、今度はそこには、鱗が覆った細い足と、美しい翠色をした四枚翼を持つ鳥のような男がいた。先ほどの村人と違うのは、その瞳に感情と知性が感じられる事だ。それですぐにリュエルには分かった。
「お前は……、もしや〈硬質なる翼〉と名乗る者……?」
塔で聞いた名だ。それは勘違いではないらしい。鳥のような男は片眉を引き上げた。
「うん? 確かに、私はマティアス様にそう名を与えられし者。お前たちは……」
セレヴィアがリュエルとシアンを、瞼を細めて見つめる。目があまり良くないのだろうか。鳥だからだろうか。暗いところではよく見えないのかもしれない。しげしげとリュエルを上から下まで観察し終えて、〈硬質なる翼〉は言った。
「ああ、リュエルか。ずいぶん成長したものだな」
「!?」
なんと〈硬質なる翼〉はリュエルのことを昔から知っているようなことを言う。内心動揺したリュエルだったが、悟られまいとなるべく平静を装った。それは事実ではなく、なにかの策かもしれないからだ。
「……あなたに会うのは初めてですが?」
「ああ、そうでしたね」
「……?」




