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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
四章 マグァの遺跡
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 無意識に、さらに遅くなったリュエルの馬足のせいではなくて、シアンは二人が並ぶ距離を近くする。


「それにね、俺、どうしてもリュエルのそばにいたいの」

「……何の理由でですか」

「俺、リュエルが気になってしょうがないんだ」

「また馬鹿な冗談を……」

「馬鹿な冗談じゃないよー?」


 出会った初めからこの調子だ。リュエルは頭が痛いという仕草すら、もうしない。


「あ、そうだ。そろそろ遺跡に行かなきゃいけない理由を話すよ」


 シアンは旅に出たら理由を話すと言っていたし、それでなくてもシアンの周りにはいつも誰かがいて、いつでもゆっくりと話せるわけではなかった。それに、今は落ち着いたのだが、そうではなかったとしても、とてもじゃないがリュエルの方が、あの後シアンと話す気になれなかった。


 だが、そのことをリュエルは少し後悔した。疑問に思っていたのだから、もっと早めに、なぜ今遺跡なのか話し合っておけばよかったのではないかと。いつも、どことなくふざけたシアンの表情が、奇妙に無表情に変わったからだ。シアンは何か秘密を語ろうとしている。空気だけでそう分かった。


「遺跡と……私が何か関係でも?」

「いや、多分リュエルは関係ない。……俺の中ではそう感じるだけ」

「え?」


 訳も分からなかったが、普通ではない様子にリュエルは黙る事にした。どこか自嘲したように笑いながら、シアンは首を軽く何度か振った。


「オロフにはもう話したんだけど……、そう、あの塔に着いた最初の日だよ」

「最初の……」


 リュエルは少し驚いた。二人が初日からそんなに話し込んでいたなんて知らなかった。


「何から話したらいいのかな。オロフの時にも迷ったんだ」


 おしゃべりなシアンが言葉に迷うなんてあまりない。落ち着かなさそうに何度か頭や頬を掻いた後、ようやく決めたらしい言葉を放つ。


「俺、頭がおかしいのかも」


 とんだ肩透かしだ。リュエルはそう感じて、少し皮肉っぽくなってしまった。


「……。あなたがどこかおかしいのは皆よく知ってますが……」

「いや、なんていうか、記憶がさ。っていうか他にも色々、変なんだ」

「……どういう……?」


 いつもなら簡単に切り捨ててしまう冗談っぽい話の流れも、なぜか今はそうはなっていかなかった。ぽくぽくと馬が幾度も蹄を鳴らす間、リュエルは次の言葉を待っていたのだが、なかなか続いてはこなかった。見つめられたまま、シアンは難しい顔をして、砂の混じった夕暮れの赤い風に小麦の穂色の髪をなびかせている。


「なんて言ったらいいのかなー……」


 掠れた声を出してシアンは頭を掻いた。


「俺、ここらとは全然違う国で生まれて大きくなって……んで、気が付いたら唐突に、知らない別の場所にいたんだ。そう、なにかがあったみたいで、ここからまだ北西の遊牧民の集落で目覚めた。でもなにがあったのか、どうしても思い出せなくって。それに憶えてる記憶も途切れ途切れなんだ」

「……記憶喪失ですか? 海の向こうから来たという人の話を、稀に聞かないこともありませんが……」


 他所の島から来訪者は、この大陸では本当に珍しいことで、国の記録にさえ残り、国賓扱いされる場合もあるほどのものだ。

 シアンがそうなのだろうか。それならハンターなどという危険な仕事で生計を立てているだろうか。シアン自身がぴんと来ない顔をしている。


「うーん……。どうなのかな? あと、俺、小さい時の自分の顔が思い出せないんだ。ただ、肌の色はもっと……褐色っていうのかな、浅黒かったのは憶えてる」


 そう言ってシアンは自らの腕や肘を不思議そうに撫でる。日焼けこそしているがシアンの肌色はリュエルと同じ、白色種と分類される薄さだ。


「え……えっと……?」


 シアンの話はだんだんと雲行きが怪しくなる。


「それにレヴェロの斑。あれ、俺にもあったんだ。今はすっかり無くなっちゃったけど」


 それを聞いてからは、リュエルの頭は働かなくなってしまった。


「ど、どういうことなのかわかりません……」

「うん、俺も」


 さっきシアンが言っていた。「頭がおかしいのかも」と。今ならもっとましな返答がリュエルにもできそうだった。


 何から話したらいいのか。シアンは、きっとまた考えていたのだろう。しばらく何も言わなかった。ずいぶん待った頃、やっと、ぽつぽつと話し始める。


「俺さ、ずっと親父の仕事を手伝ってたんだ。小さいころから弓や罠作りを親父に厳しく仕込まれてた。呪術で使う呪薬の原料、あ、つまり動物の臓器ね、それを獲る為にさ。親父は末端ではあるけど国の組織に属する呪術師だったんだ」


 リュエルは驚いていた。弓は分かるが呪術とは。シアンは術とはあまり結びつかない。それに魔術ではなく呪術だ。


「呪術……ですか? 代償と引き換えに力を得るという……、レヴェロが魔術を体系化してからは、廃れ、今では失われつつある技だと聞いていますが…」

「うん。でも、ここらとは違って、そこでは魔術じゃなく呪術が主流だったみたい」

「あなたも、呪術を行っていたのですか?」

「うーん、そこがね、よくわからないんだ。記憶がごっそり抜けてる。だから当然、今は使えるはずないし。でも呪薬を並べて、何かの準備をしているような記憶はあるから、そうだったんじゃないのかな?」


 リュエルは変な気持ちがして仕方がなかった。シアン自身が語らなければ、シアンの話だとは到底思えない。そして、それはきっと本人もそうなのだろう。ずっと首を傾げ続けている。


「呪術ってあんまりイメージ良くないよね。必ず何かを犠牲にする術みたいだからね。昔いたカハって呪術師も異端とされて追放されたっていうし」

「カハのことをよくご存知ですね。歴史からもほとんど消されている存在なのに」

「うん。呪術がらみのことはけっこう調べたんだ。親父がそうだったから、何か……思い出す役に立つかと思って」


 街道は通り過ぎる人もおらず、二人の話は滞りなく進む。滞ることがあるとすれば、シアンの言葉が時々、上手く出てこない時だ。


「色んなことを調べたり聞いたりして、生まれたのは〈マグァ〉って国だった、ってとこまでは思い出せたんだ。……ああ、〈マグァ〉ってこっちの言葉で言うと『鷹』って意味。けど、変なんだ」

「マグァ……ですか……? 聞いたことがありません。それは大陸のどのあたりにあるんですか?」


 そう言うと、どうしてかシアンは笑った。


「うん。だからね、変なんだ。大陸のどこにもそんな国は無いんだよ。それに俺が知ってるマグァ語を話せる人もいない」





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