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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
三章 古木(こぼく)の塔
36/84

 塔の前の開けた草地には明々と篝火が焚かれ、暗闇を照らす。木の幹を輪切りにしただけの物をテーブル代わりに、人々は湖畔の空気でやや湿った冷たい草地に直に腰を下ろす。


 オロフが言ったように、その夜はささやかな宴が開かれ、少しだけ贅沢な品と少しの酒が振舞われた。リュエル以外に女っ気のないここでは踊りなどはされないが、音楽の得意な者たちによって声をひそめたような竪琴が爪弾かれ、囁くような歌声が披露される。ここは人目を忍ぶ隠れ里だからだ。

 深い森の向こうをこちらから伺い知れないように、森の外の者たちが、今夜のこの宴のことを知る由もないだろう。


「今日は珍しい料理があるな」

「ああ、それ、あの新入りが作ったんだ。……なかなかいけるぜ?」


 シアンの作った料理はなかなかの好評だった。


 宴の最初から、ひっきりなしにやって来て無事を喜んでくれた騎士たちの列が切れた後、自ら輪を外れたリュエルはそんなお喋りを耳に入れながら、少し離れた草地に向かっていた。


 あてずっぽうに何気無くそこらに目を向けると、篝火で影になった人々が談笑し、酒に酔って揺れている。その向こう、塔の入口に、まだ大皿を両手に持って出てこようとするシアンの姿を見つけた。その後ろからは、続くようにオロフも出てきた。塔の主のお出ましで、シアンの噂話は水を打ったように消えうせ、騎士たちはどこかよそよそしくぽつぽつ別の話題を始める。


 それを気づかないオロフではないだろうが、平然と騎士たちの輪の中に入り、シアンを招き入れて杯を渡し、酒らしいものを注いだ。何かを話す時間も無かったように思えるが二人はすでに打ち解けた雰囲気だ。


 言葉ではそう聞いていたが、こうして目に見えてオロフがシアンを受け入れたのなら、リュエルにはもう口を出す事もない。意識はしていなかったが、ここに戻って来ていても、それが心配でまだどこかで気が休まっていなかったのだろう。仰向けに転がり、空を仰ぐと、深いため息が漏れた。


 旅の間の緊張が、全てそこらに流れ出て行くようだった。自然、目を閉じていたリュエルは、開くと同時に、空にちりばめた青白い星々が、落ちてきそうなほど間近にまたたいているのを発見する。


 それは息をのむように美しかったが、同時にありふれてもいて、旅の間にだって何度も見てきた。だからリュエルは呟いた。


「……ああ、今夜も夢を見そうです……」


 誘われるように閉じたリュエルの視界には、たちまちに白い石造りの王宮が聳え立つ。旅の間にも何度も見た夢。先ほどまで眺めていた星々が、脳裏が呼び起こした幻影の中で、同じように、そばでゆっくりとまたたいた。






 少年が、肩から流れた飾り紐を揺らしながらリュエルの前を歩いている。背丈はリュエルより頭ひとつ以上高い。白石で造られた暗い廊下をやや足早に進む。


 この日のリュエルは起毛地の長い紺ローブに身を包んでいた。ラクィーズの魔術士は紺か紫色を身に付ける事に決まっていて、とある縁で王宮に滞在するだけのリュエルも時々はそうすることが求められた。外国からの重要な客人のあった今日、急に用意されたローブは裾丈が合わずに、油断すると躓いてしまいそうだった。それをたくし上げて、リュエルは懸命にその少年を追っていた。


 見せたいものがある。


 そう少年は言っていた。二人はよく使われる大階段の裏に回って、その暗がりにある狭い通路へと入り込んでいく。歴史あるここラクィーズ城は、長年に渡って増改築を繰り返しており、複雑な通路が入り乱れ、そこに住む人ですら全ての道を知らないと言われる程だった。そして前を行く少年はそんな道を見つける城探索が大好きだった。


 四代前の王が作ったと言われる区画へ入り込み、しばらく寂しい道を進んだあと、二人は古い見張り台へと出ていた。冷たい風が時折吹いた。


 そこで少年は天の北の方を指差す。見せたいものは道だと思っていたリュエルは不思議に思いながらも、少年の意図する場所を見上げた。星の少ない天の北極の傍、青と赤と白の三ツ星……北宝石座。その左下だという。


 星座はリュエルもよく知っている。魔術では星の配置や天体の動きも学ぶからだ。けれど今夜は、そこに見慣れないものが浮かんでいた。長く尾を引く、一際明るい星。彗星だ。


 声を上げて喜んだリュエルに少年が微笑み頷く。百八十年に一度回ってくる星だと。そして言う。この彗星のことは、王宮の魔術師が教えてくれたのだと。そして、その魔術師はもう何度も見た、と言ってたと。いくら術で若返りを繰り返しても、そんなにまで生きることはできない。老化物質とは別に、体の組織そのものに寿命があるからだ。魔術はまだそこまで関与できてはいなかった。少年は冗談を言われたんだと言って笑った。


 無限の暗闇に流れる星はその空間の広大さを教えてくれるようで、どこかそら恐ろしいのと同時に、この世の真実の姿、その片鱗を見せてくれているようでもあって、リュエルの胸は高鳴った。それは少年も同じだったようで、リュエルの顔を嬉しそうに覗き込んだ。


『ごらん、エルー。綺麗だね』


 癖の少ない砂金色の髪と、深い二重に縁取られた穏やかな湖色の瞳。

 シアンによく似ていた。





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