表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
二章 森の狩人
19/84

「……どなたですか?」


 吟味して選んだ宿だが、知らない街だ。賊ということもありえなくもない。

 しかし返ってきたのは、そんな警戒を馬鹿馬鹿しく思うほど、油断極まるものだった。


「おっ。勘、どんぴしゃ。俺だよ、俺」


 顔を見ずとも誰なのか分かった。その暢気な声の主とは先ほど会ったばかりだ。が、あまり歓迎したい相手ではない。リュエルはつい、眉間に軽い皺を寄せてしまった。

 本当は、どうあっても扉を開けたくはなかったのだが、ここまで追いかけてきた男の足労と、かけた迷惑を足して秤にかけて、結局、仕方なく応じることにした。そう判断したことを、リュエルが後悔しかできない男の満面の笑みが出迎えてくれる。


「はいはい。露骨にそんな顔しなーい」


 金の髪と青い目。そこにいたのはさっき森で助けた男だ。頬にはまだトゥキがつけた三本の爪あとが痛々しく残っている。


「やっぱりねー。いやあ、目の利く旅人が見つけそうな安全そうな宿って、東門からだとここが一番だもんね。実は俺もここに泊まっててさ、今、主人に、もしかして君みたいな娘、来てない? って聞いたら案の定」


 どうして宿どころか部屋まで分かったのか不思議に思っていたのだが、聞いてもいないうちに疑問が解けた。宿の主人か。リュエルは苦い顔をする。


「いいえ。やはり宿を選びを間違えたようです。客の部屋を簡単に教えるなんて……」


 リュエルは素早くベッド脇に駆け戻り、少ない荷物をさっと抱える。そして肩を怒らせながら男の隣をすり抜け出て、部屋どころか宿そのものを出て行こうとする。

 男は体そのもので行く手を塞いで、それを止めた。


「おっとっと! 待って。安心してよ、この宿はホント優良! そうじゃなきゃ俺も半年も泊まってないって。それから、主人と俺は朝まで飲み明かすような仲だから。ついでに言うと、君とは知り合いって言っちゃったんだ」

「知り合いって……」


 男のずうずうしさに閉口気味のリュエルは、睨むことでかろうじて意思表示をする。しかし男はまったくひるまない。信じられないが、それどころか嬉しそうに笑った。


「なんで嫌われちゃってるのかなー? あ、もしかして自業自得で死に掛けたのを笑い飛ばそうとしたから?」

「理由なんて何でもいいじゃないですか」


 もちろん男が言ったこともそうだ。けれどまだ心の中でもやもやと渦巻く理由がある。それは男の容貌に関係がある。だがリュエルはそこに目を向けないようにした。だからあまり、その似ている人物の名前も意識しないようにした。


「ねぇねぇ、俺たち知り合いでしょー? もうこんだけ色々話ちゃったし。さっきの話だけど、これから一緒にご飯食べに行こうよ。ご飯」


 男は相当神経が図太いか、鈍いかかもしれない。はっきりと不機嫌顔を続けるリュエルにまだ最初の調子を保っている。

 けれど、鼻にはつくが、その軽すぎる性格に悪意や策略は微塵も隠れる場所は無さそうでもあった。しかしリュエルの旅の目的と、この男とは、あまりに関連が無さ過ぎる。それにまた迷惑をかけないとも限らない。


 どうすべきか考え込んで頭痛をもよおし、いつの間にか頭を押さえていたリュエルは、はたとそれに気づいて手を離した。すると思考が明瞭になる。振り回されていたが、答は最初から決まりきっているではないか。

 

「違います。だから行きません。私はあなたの名前すら知りませんし。では」


 リュエルはこれで問答は終わりだとでもいうように、ついに強行に男を押しのける。けれども、そのリュエルの行く手に、再び皮の手甲をはめた男の腕がすっと伸ばされた。あまりのしつこさに睨むのさえ忘れて男を見上げると、これまでで一番に嬉しそうな笑みを浮かべた顔が見えた。


「俺、シアン。ハンターのシアン。仲間内では『紋弓のシアン』とも呼ばれてるよ。ハイ。もうこれで知り合い決定」


 気づいてリュエルは「あっ」と小さく漏らして口を押さえた。名前すら知らない、などと言ったのは失敗だ。本当に知り合いになるきっかけを与えただけになってしまった。


 だがもう遅い。目の前の『シアン』と名乗ったばかりの男は、もう十年来の友人のような顔をして、リュエルが持ち出そうとした荷物を取って、手際よく部屋に戻している。もう何を言っても聞かないのに違いない。

 リュエルは諦めて、それはそれは深いため息を落とした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ