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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
二章 森の狩人
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 東西に伸びる街道沿いの町はどこも賑やかだ。夜には、どの酒場からも、えげつない談笑が絶え間なく漏れ出る。

 このサハタも例外ではない。それにここは砂漠や荒野を抜けた最初の街だ。どこかに、東からやって来た旅人たちの久方ぶりの安堵と開放感が漂っている。逆に、西から来た者にとっては砂漠を越ええたヴァイヤールまでの最後の町らしい町、心置きなくくつろいでおくべき場所だ。


 繁華街の裏通りにすら、町を照らす明かりとして無数の蝋燭がはべらせられ、多分通りの店々が出しているのだろう、石畳の道の微妙な段差にも影を作らせるほど明るく照らし出す。町をぐるりと囲む、遠くからでも見上げるほど高い石塀の上にも、町の自警団のものらしい松明が煌々と輝き燃える。


 今しがた通り過ぎてきた町の入口広場には、老齢の男を模した白砂色の像が、立ち並ぶ煉瓦屋根を追い越して、高らかに立っていた。およそ八百年前に生き、大陸各地でその術で人々を守り助けたという伝説の残る聖人的魔術士、レヴェロの姿だった。


 現在でも、その功績にあやかろうと、町の入口なんかには国や文化を越えてレヴェロ像が建てられる事が多かった。白茶まだらの右手で杖を掲げるその像には魔術がかけられ、外から来る疫病、災いの元になるという負の念や術、力などを寄せ付けないようにしていた。今も昔も変わらず、レヴェロは魔術により人々を守護する。


 ここにレヴェロ像が存在するということは、この街が豊かで、物理的にも魔術的にも万端な体制が整っていることの現われでもあった。そして、この町の眩しいほどの明るさも、またその現われだ。いずれの国にも属さずに民による自治を行うこのサハタには王も貴族もいないが、その外観はまさしく城塞都市とみまごうもので、いつ腐沼が生まれてエヴィアの襲撃を受けるとも限らない昨今では、この町に逃げ込む近隣住民も増えたという。

 裏通りを歩くリュエルはそう、一年ほど前に往路で訪れた時と同じ事を感じた。


 しかしその表情は、暗く深い森を行くような険しいものを浮かべ続けている。

 町に入ってみて改めて考えていたのだ。リュエルがいるというだけで、エヴィアが集まるというのは経験則に基づく確かな事実らしい。しかし、街ぐるみでハンターを雇い、こんな立派なレヴェロ像すら立ち、自警団の活動も活発、こんな管理された町の周辺に、あれだけの数のエヴィアの群れが存在することができるだろうか。と。


 答えは、否だ。ならばリュエルが思うことはひとつ。砂漠の腐沼で退けた『獰猛なる爪』に、リュエルの動きが再び監視され始めている可能性が高いということだった。


 エヴィアを遥かに越えた力を持つセレヴィアと言えども、わざわざ人の集まる街中に無駄な危険を冒してまで入りこんで来ることは無いはず。それでも、リュエルは外套のフードを目深に被り、なるべく人目を避けて宿を探した。そして質素だが、果物のなる庭木が植えられ、よく手入れもなされ、雰囲気的に開放感のある宿をようやく見つけ、そこに入った。


 東端の商業都市、ヴァイヤールもそうだが、これだけの町となると、いくら体制を整えたとしても人間の犯罪は多いだろう。宿の主が賊と手を組んでいたという話も、どの町でもよく聞く事だ。

 リュエルにとって人間の徒党など赤子の手を捻るに等しいが、それでも厄介は避けたい。宿の外観を気にしていたのはそのためだ。確実とは言えないが、宿主の人柄を推し量るいくらかの指標にもなるだろうと思っているからだ。


「こんな時間に来て部屋が空いていて幸運でした」


 最後の一部屋を射止めたリュエルは、部屋に入るとすぐに靴を脱ぎ、ベッドの上で疲れた足を揉みほぐしながらくつろぎ始めた。外観から推測した通りの、綺麗に掃除された心地のよい部屋だ。


 トゥキがあたりの匂いを嗅いで回っている。これは彼なりの安全確認作業だ。物騒な宿なのであれば、人にはわからないかも知れないが、どこかに血の匂いが残っているかもしれない。それで実際に助けられた事もあったので、リュエルにとっても大切な習性だった。

 調べるトゥキの様子は、怯えから恐る恐るしているという風ではなく、イタチという体だが、仕草のせいで痩せた子猫にも見えるというのに、そういうところはまるで訓練された賢い犬によく似ていた。野生のピニークをよく知るリュエルだったが、こんな行動をする個体は、他にはあまり見たことがなかった。よくわからないが、長く飼われるとこうなるのかもしれない。不思議な光景ではあるけれども、リュエルにとってはもう当たり前すぎて、あまり真面目に不思議だと考え込んだこともなかった。


 そのトゥキも一通り嗅ぎ回って安心したらしい。主人の元に戻ってきて鼻を摺り寄せる。引っかかるものがなかったということだ。リュエルはその頭をねぎらうように撫でた。


「宿に酒場が併設されているそうですから、食事でもいただきに行きましょうか」


 そう言って靴を履き直すリュエルの肩に、身軽にトゥキが飛び乗る。扉に近づき、かんぬきに手をかけたその時、偶然同時に外から部屋がノックされた。

 客の部屋を訪れる者なんて、たいていは宿の者くらいのはず。寝具は先に用意されている。部屋食にでもしなければ用など無いはずだ。


 かんぬきは動かさずに、リュエルは低く、くぐもった声を返す。



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