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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
二章 森の狩人
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『顎山で生まれし数多の風の神子。行き交い、その御技にて、大陸に鮮やかな彩布を織り上げる』


 それは長年人々の間で神話のように言い伝えられてきたことだ。


 この大陸には常時、西から湿った風が吹き付けられている。それが大陸最西端の『顎山』と呼ばれる山岳地帯を通る時に幾筋にも分けられ、複雑で規則的な風の流れを作る。ある流れは再び山脈に出会い、そこで雨を落として大森林を造り、その先の場所を砂漠にした。また、ある流れは程よく暖かで土地と人々をよく育み、そしてまた、ある流れは極北からの寒波の盾ともなった。


 もちろん、そんな原理は人々は知らない。けれど人々は風の匂いが違えば気候が違ってくることを感覚的に知っていた。


 なぜ山が『顎』と呼ばれているかというと、この大陸が左向きの魚が身をくねらすような形をしているからだ。つまり、大陸を魚に見立てると、顎のあたりにその山々があるからだ。だから時折、大陸の事は『うお大陸』と呼ばれることもあった。

 それで『顎山』、『魚の顎』とも言われるが、そのあたりの無数の山々は、一種の信仰のような畏怖も込められながら『神の織機』とか『風の織機』とかとも呼ばれていた。




 それがリュエルの居る大陸だった。

 その、魚に例えると尾のあたりに位置するオアシスの街、ヴァイヤールで十分な休養と旅の支度を整えたあと、少女と獣は西へと向かっていた。結局、他に有益な情報が得られなかったのだ。その道は、彼女らにとっては、元来た道を辿り返すということだった。

 大陸最大の乾燥地帯、大サシャ砂漠を越え、濁流と岩野原を過ぎて草原を越える。リュエルとトゥキが一年の間に立ち寄ってきた街や村を周囲に残して、ひたすら街道から外れずに。森多い、大陸の南西地方、『魚の喉』に向っていた。そこがリュエルの師が住む場所であり、旅の出発点だったからだ。


 豊かなオアシスの町を出てからは、朝夕の比較的過ごしやすい時間帯を中心に歩を進めた。街道があるとはいえ、エヴィアの闊歩で幾つもの町や村が消えていたので砂漠に野宿しなければならない夜もあった。砂漠の夜は冷える。そんな時は焚き火を焚いて暖を取りながら、あたりを警戒しながら浅く眠った。とはいえ、街道に沿った旅は諸国が派遣する警備隊のおかげで夜盗やエヴィアも少なく、辺境を旅するよりはずっと安心だった。同じ道を行く人々も多い。

 帰る場所に着くまでに越えなければいけない三つの国の境も、腐沼とエヴィアのおかげでというべきか、人の消失や移動が激しい為にあいまいで、実質、いくらか通行料を払えばどこにでも出入国できた。腕に覚えさえあれば、楽な旅だ。


 二週間も過ぎると、頭上でいやらしくにたついていた死神に似た灼熱の太陽が、柔らかく優しい笑みを湛える女神へと、いつの間にか交代していた。砂ばかりの景色にはいつしか僅かな草が生え、潅木が現われ始める。ラクダの隊列の代わりに、乗合馬車がリュエルたちの横をがたがたと土煙上げて通り過ぎる事も多くなった。風の匂いもすっかり変わった。


 砂漠の街の日差しの熱さと眩しさを忘れた頃には、ついに辺りはうっそうとした黒い森に囲まれるようになっていた。


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