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乙女ゲームに摂理はあるか?

この世界の摂理…とは

作者: 藤堂阿弥

断罪イベントです、多分。

「貴女自身に罪は無いのかもしれない。しかし、罪人の家の者を皇家に入れる事はできない」




 ひょっとしたら、心の中のどこかで信じていたのかもしれない。

 アニメでもゲームでも、彼は王子様だった。

 容姿端麗、眉目秀麗。

 貴賤を問わず相手に接し、公明正大に対応する。

 そんな彼だからこそ、有りもしない『断罪』のイベントなど起こさないだろうと。



 ええ、そう思っていた時がありましたよ、私にも。

 卒業生代表の挨拶をされる殿下はご立派でした。それは確かです。ただね、卒業式そのものの空気がね微妙だったんです。式は粛々と厳かな雰囲気の中進んではいるのですが、卒業式にありがちな湿っぽい、というか淋しさみたいな空気がこれっぽっちも無かったのです。ほっとしたような、どこか清々しさすら含んだ空気。


 理由を掘り下げちゃいけませんよね。


 取り巻き…もとい、攻略対象の皆様が揃ってご卒業されるから、桃色畑をもう見ないで済む…なんて、ねぇ。




 卒業パーティも在校生の参加率、はっきりいって悪かったです。それは、もう来賓の方々が眉を顰められるほど。立場上参加せざるを得ない貴族位の方々ばかりで、卒業生以外の一般市民の皆様は、ほぼいらっしゃいませんでした。気持ちは分かります。叶う事なら自分だって出席したくなかったですよ。本来ならエスコートしなくてはならない相手を放置して、一人の女生徒を囲んでいる次代のトップ候補たちなんか見たくありませんもの。

 そして、こんな時でもご令嬢方はご立派でした。パートナーに代わり、卒業生の方々や在校生の方々の対応をされていらっしゃいます。


 勿論私もご挨拶に来てくださる方々や、来賓の皆様の相手をしていたので、思いつめた表情の彼らが向かってくることにすぐには気が付かなかったのです。少し離れた場所にいた霜苗が動いたので、その視線の先を追って、強制イベント来たーって一瞬思っちゃいました。

 皇族が来るのだから、自分も含めた周囲が礼を取ります。それに対して「気にせず楽しんでくれ」と答えながらも私に向かっての開口一番がこれですからね。イベントとセリフが違うのはヒロイン嬢を虐めていませんから、私への断罪イベントすっ飛ばして、家への断罪になっているのでしょうが、これって色々問題あると思うのだが…うん、突っ込ませてもらおう。


「恐れながら、殿下のお言葉の意味が分かりかねますが」

「この期に及んで…!」

 一歩出ようとするのは、将軍のご子息ですな。それを大店の若旦那が押さえております。

「知らぬはずがないであろう?霜降侯爵家が、領民から過剰な税を搾取し、悪事に手を染めている事を」

霜降うちがですか?」

 軽く首をかしげてみせる。視界の端にとらえたヒロイン嬢の目が輝いている。イベントを期待していらっしゃいますね。悪いね、期待を裏切って。



 ところで、そのドレスの入手先聞いてもいいかな?少なくとも、一庶民が購入できる代物ではないと思うのですが。


「ああ、そればかりでなく違法な事にも手を染めていると聞いた。そのような家の者を婚約者として側においてはおけない。よって、私との婚姻の話は無かったものとする」

「…いくつか、ご確認させていただいても?」

「いい加減にしろ!おとなしく罪を認めて謝罪しろ!」

「桐結子爵のご令息でしたわね。学園内ですから身分差は無いとはいえ、そのようにおっしゃられる筋合いはございませんが」

「なんだと!」

「やめないか!竜馬!」

 殿下の声に、桐結の子息は黙り込む。うーん、判断力はあるのに、イベントの強制力に流されるって、すっごく残念だと思う。

「まず、第一に何故殿下が私に断罪なさるのですか?然るべき証拠をそろえて、司法局が我が家に来るのであれば兎も角、このような場所で父ではなく、私におっしゃる理由がわかりません」

「それは…我々も今聞いたばかりで…」

「鴻慈様?まさか貴方も我が家が罪を犯していると…そうお考えですの?」

「あ、そ、それは…」

「止めてください!」

 視線を移すと、ヒロイン嬢が手を胸の位置で組んで、叫んでいた。

「鴻慈くんも辛いんです!ですから、罪を認めてください!」

 なんつーか、お約束なポーズだね、お嬢さん。必死そうな表情を作ってはいるけど、この状況を楽しんでいらっしゃることが体中からあふれていらっしゃるが。

 それ以前に頭が痛いのは、そんな彼女を蕩けそうな瞳で見ていらっしゃる攻略対象の方々だ。それに、鴻慈くんって…いいのか、それ。いや、何も言うまい。

 周囲の空気も冷めた、というか白けたものになっている。こういった時ほど表情を変えぬようにと躾けられたご令嬢方さえ、呆れた顔をなさっている。




「公の場所で、侯爵家を断罪するという事は、それなりの証拠を揃えているという事なのだろうね」


 突然聞こえた声に、その場にいた人々が慌てて礼を取る。

「父上…何故…」

「何故?そなたの卒業式に父である私が出席していてもおかしくはあるまい?周囲の事を考えて忍びできたのだが、そうも言ってはいられないよういだからね。…ああ、皆すまないね。楽にしてくれ」

 そうおっしゃって国王陛下は、周りを見回された。

「このような場所でする話ではあるまい。すまないが、学長、部屋を用意してはくれまいか?」

「それでは、こちらに」

 慌てて学長が進み出ると、陛下は今ひとたび周囲を見渡して鷹揚な笑みを浮かべられた。

 それに冷気が伴っているように感じられるのは、ワタクシだけでしょうか?

「めでたい席を壊してしまいすまぬ。日を改めて皇家主催で行うとしよう。もちろん、此度の件も明らかにすることも約束しよう」

 周囲が頭を垂れる中、陛下は私たちを伴って出て行かれる。


「周防兄さま」

「面白そうな事が起きているようだな」

 如何して此処に、って…そうですか、陛下の護衛ついでに霜苗の卒業式の見物ですか?噂のヒロイン嬢も見てみたかったと。一体、どれが本命なのでしょう?

 しかも、その笑顔、怖いです。


 色々な意味で、終わったなぁと思った。


 家で一番怒らせちゃいけないのは、父上でも、後継者の上の兄上でもなく、二番目の周防兄さまなのですよ。次いで母上…っていうのは、どうでもいい情報ですが。






「さて…」

 正面のソファに陛下。その後ろに、周防兄さまが立っていらっしゃいます。あの?他に護衛の方は…って、聞くだけ野暮ですか?ああ、父兄に将軍閣下がいらっしゃるから問題ないのですね。

「霜降侯爵家が不正をしている。と、そう申すのだな?春風よ」

「はい、父上」

 まっすぐとした視線で、陛下を見つめられる殿下。あー、そういえば、そんなお名前でしたね、某幕末の有名人の諱と同じだって思ったのが懐かしく思い出されます。

「仮にも侯爵家を断罪するのだ、それなりの証拠を用意しての事だろうな?」

 穏やかです。とても穏やかな語り口をなさっていらっしゃいます。それ故に、潜む何かを感じられて肌が泡立ちます。後ろにいらっしゃる兄さまの顔色も心なしか悪いです。

「いえ…それは」

「どうしたね?相手の罪が明らかだからこそ、あのような場で薔子嬢との婚約を無きものにしようと考えたのだろう?一国の世継ぎと呼ばれる者が各国の代表者がいる前での発言だ。裏付けも、相手が言い逃れできぬ証拠も全て揃えての発言ではないのかね?」

「それは、これから…」

「これから?まさか、何も手元になく放った言葉なのか?」

「悪党だから、先に道をふさがなきゃいけなかったんですよ!」

「竜馬!」

 慌てて将軍閣下が遮るが、当のご本人は鼻息も荒く私を睨みつけた。

「第一、美緒が間違ったことを言うはずがない」

 あ、やっぱり彼女でしたか。アニメとゲームのデフォルトはそんな名前でしたね。勿論、ゲームでは、他の名前で入力してもOKでしたけれど。

「美緒の言う事はいつも正しい。だから、霜降家が不正をしていることは明らかだ」

 おお、素晴らしい論法ですね。しかも攻略対象の方々も頷いていらっしゃる。

 父兄の方々は頭を抱えていらっしゃるやら、顔色を無くしていらっしゃる方やら、遠い目をして現実逃避していらっしゃる方やら様々だ。学内の事を報告は受けていらっしゃっても、実際目の当りにするとでは衝撃度が違うからねぇ。



「美緒、というのはどちらの方かな?」

 衝撃からいち早く立ち直ったのが宰相閣下だ。そういえば、陛下と閣下がお二人揃ってここにいらっしゃるという事は…うん、残された王宮の皆様ご苦労様です。

「はい、私です」

 あー、今更だけどヒロイン嬢、国王陛下を前にしてその態度でいいのかな?ほら、宰相閣下の口元が心なしかひきつっていらっしゃいますよ。まずいと思って、兄さまに視線を送ると、小さく首を横に振られた。「放っておけ」もしくは「やらせておけ」ですか。別にいいけどさ、とばっちりさえこなけりゃ。


「…それで、霜降侯爵家が不正を行っている証拠はどこにあるね?」

「霜降侯爵家って悪役ですよね?だから、悪い事いっぱいしていますよ?」

 一部を除いて、この場の空気が固まったのも仕方ないことだと思う。

「だから、調べれば証拠が出てくるんじゃないですかぁ?」

 宰相閣下の深呼吸する音が妙に大きく聞こえる。そして、ヒロイン嬢を中心とした攻略対象の方々と、その他の方々の気温差が凄いことになっている。

「あ、何年か前に霜降侯爵領に行った時、誰も一座の劇を見に来なかったんですよね。それって、高い税金を払わされているから、来たくても来れなかったって事じゃないんですか?」


 ああ、あれか。


 思い出しただけで頭が痛くなる一件だったわね。思い当たる節に気が付いたのか、兄さまが「ああ」と呟いた。



「陛下、発言をお許しいただけますか?」

 頭を下げ、陛下に申し上げる。これが貴族に限らず、臣下や国民の正しい礼儀作法だよ諸君。下の身分の者が発言するとき、上に伺いを立てるってね。

「よい、許す」

「はっ!今更言い訳か?」

「竜馬!控えんか!」

 将軍、彼らに礼儀作法を求めるのは無理です。ヒロイン絡みになるとお花畑の蝶々ですから。


「あの時、正式に座長さんに抗議文を送り、座長さんの方からも謝罪の文書をいただきましたが、何もお聞きになっていらっしゃいませんか?」

「大方、アンタ方が貴族の権力を使って謝罪させたんだろう?」

 そう返すのは、大店の若旦那だ。流石に、父親である店主は息子の卒業式くらいでは店を休んで来てはいないようだった。母親は、そうそうたるメンバーに気後れしたのか、この場にはいない。

「必要であれば抗議文と謝罪文を証拠として提出いたします。10年前の領内での祭りの際に、領民から苦情が殺到しまして、ある旅の一座の興業を差し止めた事がございます」

 無視されてむっとしている若旦那だが、そもそもアンタと話しちゃいないでしょう?横から口を挟むな、それ以前に、自分の立場を考えろ。

「ほらみろ!そのせいで、美緒のいた一座は仕事にならなかったんだ!」

 だから、坊ちゃん方、ここに陛下がいらっしゃることを分かっているのか?一応プライベート扱いの非公式の訪問中とはいえ、国のトップがいらっしゃるんだぞ…と、いうのも面倒だわね。 

「旅芸人の一座の子供が、領主の悪口を言って、しかも自分たちが虐げられていると憐憫の言葉をかけられる、と」

「事実ではないのか?」

「…発言を許した覚えはないぞ、春風」

 は、と頭を下げる殿下だが、不満はありありと顔に出ている。こんな性格だったかなぁ。



 こうなると、残念と言うより恐怖を感じる…いや、哀しみなのかもしれない。


 本来なら、将来を嘱望され、本人たちもそれに応えるように励んできたはずだ。いくら、それがアニメやゲーム世界の補正効果の表れだとしても、現実はそれを許す事無く進んでいく。彼らが今まで培ってきたもの全てを押し流していくのだ。

 何故気が付かないのだろう。彼らを思って苦言を呈したものの言葉を。彼らの行く末を黙って見守っていた存在の事を。



「自分たちの領主に対して、子供とはいえ、口にした暴言は彼らの責任者である座長に向けられました。…実際、一座の中でも問題になっていたようです。かきいれ時であるはずの祭りの時、全く人が入らぬ状態と『ほら、やっぱり』という一座の子供」

 一部の領民の間で殴り込みの話さえ出ていたのだ。いち早く知らせてくれた者がいたので大事に至らなかったが、それがなかったら一座がどうなっていたか、考えるのも恐ろしい。

「座長には、興行収益予定の半金を渡して領地を出て行っていただきました」

「ほらみろ!金で解決しやがって!悪役以外の何者でもないじゃないか!」

「我らは領民を守っただけだ」

 響いた声に視線がそちらを向く。眉間に皺を寄せた兄さまが将軍閣下に視線を移すと私の側に来た。息子の暴言に顔色を悪くしていらっしゃった閣下だが、本来の職務を思い出して陛下の背後に回られる。



 事後で申し訳ありません、と発言の許可を陛下にいただいて、兄さまは言葉を続けられた。

「祭りを楽しんでいる民たちに『無理している』『見張られている』『領主が怖い人だから逆らえない』と囁き続け、皆が否定すると『無理しなくていい』『どんな罰があるか分からないから黙っているのね』『いつか救われる日が来る』『いずれ新しい領主のもとでみんなが幸せになる』…幼い子供の言葉だ、言わせているのが大人だと考え、領民たちは我が家を貶めようとする行為だと一座を無視した。挙句の果てに『税が高いから楽しみも奪われる』…頭に血が上った一部の者たちに罪を犯させぬために取った処置で、陛下にも宰相閣下にも、然るべき部署にも報告済みの事案だ。座長も了承済みで、去って行ってくれた。子供の戯言と笑い飛ばしていたが、言われ続けられていた民たちにとっては面白くなかっただろう」

「はっ!本当に領民がそう思ったかどうかなんてわからないじゃねぇか!」

「いい加減にしろ!秀雄!」

 …いつの間にいらっしゃったんでしょう?大店のご主人がいらっしゃっています。

「ご挨拶もそこそこに、申し訳ございません」

 膝を付くご主人に陛下が苦笑して頷かれた。もはや、無礼とか、不敬とかそういうレベルの状態ではなくなっていますからね。



「妻から連絡を受け馳せ参じました。息子の霜降侯爵令嬢への暴言の数々、誠に申し訳なく…」

「何言っているんだ親父!霜降の…」

「黙らんか!」

 将軍閣下の声もすごかったけど、このご主人の声も凄いわ。音量も去ることながら、鼓膜に響く。

「お前はこの学園で何を学んできた?」

「は?何って、普通に学問だけど、これとそれじゃ…」

 学長の深々としたため息が聞こえる。だよねぇ、学園の本来の目的はどこに行ったんだってセリフだもの。


 と、ノックの音がして、兄さまがドアの外に出ると、すぐに戻り陛下に囁く。軽くうなずかれ「構わぬ入れ」と、声をかけられた。

 入ってきた相手に、そこにいた一同の表情は様々だ。安堵するもの、やっと来たかと苦笑するもの、訝しむ者、そして…。


「おに…時施伯爵様!」

 嬉しそうですね、ヒロイン嬢。目をキラキラ…いや、どっちかっていうとギラギラさせて入ってきた相手を見る。

「遅参いたしました。申し訳ございません、陛下」

「良い。楽にしなさい」

 貴族の礼を取る相手に、やってきた青年、時施伯爵は、もう一度頭を下げると「御前失礼」と、言ってヒロイン嬢の前に立つ。


 ぱあん。 


 響く音とともに、ふっとぶヒロイン嬢。一瞬動けずにいた攻略対象者達が、彼女に駆け寄る。

「美緒!」

「大丈夫か!怪我はないか!」

「貴様、美緒に何をする!」

 伯爵に飛び掛かっていった、将軍家の子息は、あっという間に当の伯爵に取り押さえられていた。

それを近衛に引き渡し(いつの間に来たか、なんてきっと考えちゃダメなんだろうな)伯爵は私と兄さまに向かって深々と頭を下げた。

「妹がご迷惑をおかけいたしました」

「伯爵が詫びを入れられることではない。まだ正式な名乗りもされておらぬのでしょう?」

 兄さまが苦笑しながら、ヒロイン嬢の方を見た。本人は、真っ赤に打たれた頬に手を当て、呆然と座り込んでいる。彼女の周囲に守るように居る攻略対象は、射殺さんばかりの視線を伯爵に向けてはいるものの、「妹」の言葉に動けずにいるようだ。



「どういうことか、説明をしていただけますか?」

 真っ先に立ち上がったのは殿下で、彼女を支えながらソファに座らせたのは鴻慈様だった。それを苦々しい視線で宰相閣下が見ている。だよね、一言の断りもなく座らせるんだもの。

 現状、座っているのは陛下だけで、他の面々は立っている。つまり、どんな状況であれ(病人とか怪我人は除く…って、この場合、ヒロイン嬢は怪我人扱いになるのかしら?)陛下に許しも無く行った動きは不敬にあたるわけです。しかも、君主と同じ扱いをしているのだから、よく宰相閣下が怒らずに済ませていると…ああ、殿下の指示だからか。


 どこまで、この世界の常識が抜けているんだろう、この方々。補正効果って笑うには済まないレベルになっているのですけど。

 ハンカチを手にした若旦那は、親父殿に取り押さえられている。口も塞がれているあたり、なんというか手馴れていらっしゃいません?ご主人。

 ハンカチを濡らして頬を冷やして差し上げたいのでしょう?いいじゃないですか、行かせて差し上げてください。






「愚かしい行為をした妹を粛清しただけですか?」

「妹?美緒が伯爵の妹だというのか?しかし、貴方は…」

「いかにも、私は養子です。彼女は15年前、攫われた実の時施の娘です。…どういうわけか、本人も知っていた様子ですけれどね」

 顔を上げるヒロイン嬢と驚きを隠せない攻略対象達。まぁ、周囲の大人たちはとっくに知っていたご様子ですけどね。だって、殿下が後見をするって言った時点で身元は調べるでしょうよ、DNA鑑定込で。…え?編入の際に健康診断しますもの。血液検査も含まれますわ。個人情報?なんです、それ。専制君主の王政国家ですわよ、ここ。

 一応、先代の時施伯爵様は御健在です。跡目を継がせた後、ご領地にいらっしゃいます。



「ならば、何故名乗らなかった?」

「何故?10年前、私は霜降領にいたからです。霜降候の元で領地経営を学ばせて頂きながら、警邏の仕事も手伝わせていただいておりました。正直目を疑いましたよ、5,6歳の子供が、領民たちに向けてありもしない言葉を言っている姿は」

「ありもしない?しかし、美緒は」

「春風…霜降領は、わが国でも有数の領税が軽い場所だ」

 目を見開く殿下と俯く鴻慈様。ですよねー、本来なら知っていなくちゃいけない立場と、知っていて当然の立場。おかしい、もっとましな…以下、略。


「加えて、犯罪の発生率も少なく、多くの領主の子弟が学びに行く所でもある」

「つまり、常に他者の目が向いている、ということだ。それを意味することが判るか?鴻慈」

 すでに隠すことすら止めたのか、呆れた声で宰相閣下が尋ねる。

「…不正発覚率が高くなる。です、伯父上」

「そうだ、他の領主の後継者を受け入れるというのは、自領の内部を見せるという事だ。事実、お前の兄も霜降で学んでいる。お前は自分の兄が、身内とはいえ悪事に手を染めている相手を見逃すような性格をしていると思っているのか?」

「いいえ…」

 下を向いたまま、鴻慈様が呟くように答える。そう、親族であるが故に知っていたはずの事実だ。それすらも彼方に追いやる。なんというか、恋って盲目ね。


「馬鹿なだけだ」

 頭の上から降ってきた声に目を上げると、兄さまが呆れたように呟いた。あらいやだ、声に出ていました?

「安心しろ、身内だけにしか分からん。顔に出ていただけだ」

 それは、失礼いたしました。



「なんでっ!なんで、お兄様がそいつらの味方をするの!?」

 叫び、というより金切声。視線を移すと、ヒロイン嬢が伯爵に向かって、叩かれた頬以上に顔を真っ赤にして叫んでした。

「何でよ!どうして、ゲームと違うのよ!お兄様が侯爵家の悪事の証拠をつかんで、皆の前で断罪するはずじゃないの!?」

「美緒?」

「どうした、美緒。落ち着け」

「美緒!大丈夫か!?」

「心配するな、俺たちが付いている」

 いつの間に、集まった攻略対象。それ以前に、何をしていたんだ、近衛とご主人。

 それと、アニメじゃなくて、ゲーム派だったのね、お嬢さん。


「それに、アンタ!」

 キッと、こちらを睨みつけ指をさす。般若ってこういう顔の事を言うんだね。実感したよ。

「悪役令嬢のくせに!どうして、虐めとかしないのよ!親切ぶって、何なのよ!アンタがバグだからこんな事が起きるのよ!」

 何なのよ、とおっしゃられましてもねぇ。しかも、バグですか?この話、アニメが元ネタだから、バグって言われてもねぇ。それ以前に、現実ってものを見ようね。突然16歳から始まったわけじゃないでしょう?

と、いうかいい加減疲れた。メンドクサイ。この場にいるのも、これ以上彼らに関わるのも、その他も、もう嫌だ。


 ちら、と兄さまを見上げると「うん?」って感じで片眉を上げられ、次いでゆっくりと口角を上げられた。宰相閣下が眉間に皺をよせ、陛下が少しばかり引かれ、私自身血の気が引いていく音が聞こえたような、そんな嗤いだった。



「申し訳ございません、陛下」

 知っている者が見れば分かるくらい、業とらしい大仰な態度で礼を取る周防兄さま。

「我が妹の不徳の致すところでございます」


 何事だ、って空気が室内に流れる。騒いでいたヒロイン嬢さえもぽかんとした顔で兄さまを見ていた。

うふふ、おにいさまったら、ノッてさしあげようじゃありませんか。

 兄の横でゆっくりと腰を折る。それこそ指の先まで気を使っての貴族の礼。

「わたくしが殿下のお心を繋ぎとめることができなかった…それがすべてでございます。陛下」

 突然の侯爵家の兄妹の陳謝に、周りがざわめく。身分が下の将軍閣下はじめ、大店の店主、近衛の皆様方はどうしたらいいのか軽い恐慌状態といってもいいかもしれない。ごめんね。

「それに加え、そちらのご令嬢がそれほど殿下を想っていらっしゃると見抜けずにいた事も申し訳なく思います」

 ヒロイン嬢の方を見て、頭を下げる。いい加減、そのアホ面なんとかしなさいね。


「先ほど、殿下は我が妹との事、他国の方々の前で破棄なされました」

 陛下と宰相閣下が、兄さまが何を言おうとするか気が付いて口を挟もうとしたが、周防兄さまが隙を与える筈もなく。

「謂れなきことを一方的におっしゃられた殿下のお気持ちが、そちらの令嬢故とおっしゃるならば、妹が身を引くことも当然かと」

 宰相閣下が額を押さえていらっしゃるが知ったことではありません。

「我々としては、我が家の潔白が証明されればそれで良いのです。殿下がそこまで身を挺して庇われる方であれば、私が出る幕などございません」

「あ、だが身分が…」

「伯爵家、しかも時施伯爵家ならば問題ないかと存じます。お飾りの王妃と侮られる者よりは、想いあった方が一番近くにおられた方がよろしいかと」

 にこにこにっこり。言っていることは、間違っていない。ごり押し感満載ですが。

 父上も何もおっしゃるまい。状況が状況だし、力関係が…ゴホン、ゴh…。

「美緒さまも、申し訳ございません。わたくしを悪役と罵るほどに殿下をお想いになっていらっしゃったのですね。では、その『悪役令嬢』はここで退場させていただきますわ」


 他の対象者の婚約者であるご令嬢たちがどう動くか知らないけどね。少なくとも、霜降は、皇太子に見切りをつけた、そう考える貴族もいるだろう。

 陛下が救いを求めるように宰相閣下を見るけれど、小さく首を振られて撃沈なさった。イヤイヤイヤ、ワタシワルクナイ。

 殿下、喜色満面な表情をしていらっしゃいますが、置かれた状況分かっていらっしゃいますか?それと他の攻略対象の方々、そんな目で見ないでください。この後の展開なんて私の知った事じゃありませんわ。

 いい加減、表情戻せよヒロイン。


「それでは、わたくしお暇させていただきとうございますが、よろしいでしょうか?」

「後は私が引き受ける。行きなさい」

 おにーさま、陛下をすっ飛ばして退出の許可ですか。うふふふ。


 頭を下げ、部屋を出ようとした時、時施伯爵と目が合った。あ、そうだ。


「そういえば、直接お会いして申し上げておりませんでしたわね。このような場で失礼とは存じますが、この度はおめでとうございます」

 目を見開いて、ついで破顔された伯爵は軽く頭を下げられた。

「私の方こそ、近いうちにお伺いするつもりでおりました。お祝いのお品、ありがとうございます」

「おいでになってくださるのなら、もう少し日にちを置いて来てくださると嬉しいわ。久しぶりに奥様ともお話ししたいし、お子さんのお顔も拝見したいから」

「そうさせていただきます。それでは」

「ええ、失礼いたします」

 ドアの所で一礼して表に出ると、心配そうな顔をした霜苗と目が合った。大丈夫だと口にしようとした、その瞬間。






「ええー、隠しキャラが妻子持ちなんてきいてないー」

 この部屋って、防音だったよね。凄い声量だね、ヒロイン嬢。


霜苗くん、出番なし(笑)

気が付いた誤字、いくつか修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 早く続きが読みたいです!
[一言] このヒロインは、どこまでいくのでしょうかね? 最後の、凄い音量 ⇒ 声量、かな? 音量でも間違ってはいないと思いますが。
[一言] バグがパグになってる。 パグじゃ犬だよ。
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