サヤとの再会
さて、オニ太郎の侵入した建物。中にはおなごしかおらんかった。住んでおるのもおなごなら、その世話をしておるのもおなご。料理を作るのも、洗濯をするのも、いざという時に戦うのも、皆おなごじゃった。
そんなじゃから、「いざ、見張りに見つかったら、全員首の骨を折って殺してやるわい」などと考えておったオニ太郎は、たいそうとまどった。
「こりゃあ、思うておったんと少々勝手が違うわい。じゃが、そんなコトは気にしちゃおれん!とにかく奥は進まねば!」
そう思い直し、先へと進んだ。
「できうる限り他のおなごたちに見つからぬように!見つからぬように!」と、柱や物陰に隠れながら進んでいったオニ太郎じゃったが、なにしろ大きな体じゃ。どうしたって無理がある。すぐに、廊下を歩いておった1人のおなごに見つかってしもうた。
「キャアアアアアア」と、叫び声を上げるおなご。
一瞬、「コイツも始末してしまおうか?」と迷ったオニ太郎じゃったが、即座にその考えを消し去った。
「ええい!ままよ!」と、廊下にドデン飛び出し堂々と姿を現すと、大きな声でこう言うた。
「オイ!そこのおぬし!わしゃあ、おぬしには何もせん。ただ、人を探しておるだけじゃ」
そうは言われたものの、おなごの方は恐怖で身がすくんで体も動かんし、声も出ん。なにしろ、おなごしかおらんはずのこの場所にいきなり不審者が現われたのじゃ。それも、全身から殺気がほとばしっておる巨体が目の前に立っておるのじゃから。
先ほどはとっさのことで叫び声を上げられたが、今度は逆に何もしゃべれんようになっとった。
オニ太郎はその様子を見て、困ってしもうた。そんで、できる限りやさしい声を出して、こう言うた。
「サヤというおなごを知らんか?しばらく前に、殿様に見そめられてこの城に連れてこられた若いおなごじゃ。サヤはわしの嫁じゃ。わしゃあ、サヤを取り戻しに来たんじゃ」
そう言われても、やはりおなごは声が出ん。ただ、コクンコクンと大きく縦に首を振るのみじゃ。
「おお!知っておるか!どっちじゃ?」
おなごは相も変わらず声を出せず、ただ、廊下の一方向を指さしてみせるのみじゃった。
「ほうか!そっちか!ありがとな!」と、答えるオニ太郎。
そうこうしとる内に、他のおなごたちも集まって来おった。先ほどの叫び声を聞きつけたのじゃろう。
「何者!?」
「侵入者じゃ!侵入者がおるぞ!」
「出合え!出合え!」
「皆の者、ひるむでないぞ!おのおの武器を手に取って戦うのじゃ!」
そうして、手に手にナギナタを持って、オニ太郎の前に集まってくる。
「こうなっては仕方がない!」
そう叫ぶやいなや、オニ太郎は先ほどのおなごが指で示した方向へとかけ出した。
まるで疾風のごときスピードで、岩の塊のような体が突っ込んでくるのじゃ。これには、ナギナタを手にしたおなごたちもひるんで避けるしかなかった。
ドンドン、ドンドンと物凄い足音を廊下中に響かせながら、突き進んでゆくオニ太郎。
そうして、同時にこう叫ぶのじゃ。
「サヤ!サヤはどこじゃ!オニ太郎が迎えに来たぞ!」
最初はひるんだおなごたちも、手にしたナギナタを振り上げて追いかけてくる。
それでも、オニ太郎は止まらなんだ。前へ前へと進みつつ、声を振り上げ叫ぶのじゃ。
「サヤ~!サヤ~!オニ太郎じゃ!オニ太郎が参ったぞ!さあ、共に家へ帰ろうぞ!」
すると、ついに1つの部屋の障子が開き、中から1人の若いおなごが姿を現した。まぎれもなく、あのサヤであった。
「おお!サヤ!こんな所におったか!さあ、オニ太郎と共に帰ろうぞ!じさまの待つ家へと帰ろうぞ!帰って、また以前のように幸せに暮らそうぞ!」
けれども、どうもサヤの様子がおかしい。
その日はちょうど満月の夜じゃった。背後に月の光を浴びながら、サヤはこう答えたのじゃ。
「オニ太郎様。あなたは、いつかここを訪れると思うてました。ついにこの日が来てしまったのですね…」
「ほうじゃろう。ほうじゃろう。わしゃあ、お前のことを1日たりとも忘れたことはありゃあせん。ほれ見い。お前を取り戻そうと、体の方もこんなにも鍛え上げた」
それを聞いて、サヤはたいそう悲しそうな顔をして、こう言うた。
「申し訳ありません、オニ太郎様。私は帰れません。私はもう以前のサヤではないのです。さあ、ごらんください」
サヤはそう言うて、自分の腹をオニ太郎によう見えるように突き出した。
そこにはまんまるとした腹があった。
「こ、これは…」と驚くオニ太郎。
「そうです。赤ん坊です。私のお腹の中にはお殿様との子供がおるのです」
驚いたまま、声も出ないオニ太郎。
「さあ、理解されたでしょう?早くお逃げなさい。城の者が集まってきます」
そうは言われたものの、それで諦めきれるオニ太郎じゃあなかった。
「そんなもんはええ。誰の子じゃろうが構わん。帰って、一緒に育てようや」
じゃが、その言葉を聞いても、サヤは首を縦には振らんかった。
「いいえ、そうはいきません。仮に、私があなたと一緒に村に帰ったとして、今度は村の人たちに迷惑がかかります。お殿様は、必ず村に報復に参るでしょう。村に火が放たれ、村人たちは捕らえられ、奴隷としてこき使われる人生。そうさせるわけにはゆかぬのです」
「そんな…」と、オニ太郎は一言もらしただけじゃった。どうすればよいのかもわからず、ただ部屋の前に立ち尽くすのみじゃった。
そこに男どもの声がし始める。誰かが知らせに行ったのじゃろう。
「さあ、早く!お逃げなさい!」
サヤにそう言われて、ついにオニ太郎も意を決した。クルリと背後へ向きを変えた。
「オニ太郎様。短い間でしたが、あなた様と暮らした日々、楽しゅうございました」
「わしもじゃ…」
これが2人のかわした最後の会話となった。
オニ太郎は、刀や弓矢を手にした武士どもに突進していくと、その内の1人をヒョイッとつまみ上げて、首の骨をボキリと折って殺した。そうして、そのまま盾代わりに使う。飛んできた矢を人間の盾で受け止め、刀で斬りつけてくる者を片手の拳でぶん殴りながら、建物の外へと逃げ出した。
その後も、攻めてくる武士どもの顔を殴り、首の骨をボキリボキリと折りながら、ついに城の外へと逃げ出し、そのままどこまどもどこまでもかけていってしもうたのじゃった。