オニ太郎とカニ太郎
オニ太郎が救ったカニは、“カニ太郎”という名前じゃった。
カニ太郎は、その低い頭をさらに低うしてオニ太郎に礼を言うた。
「ありがとうごぜぇます!ありがとうごぜぇます!」
それを見てオニ太郎はこう返した。
「まあまあ、そげに頭を下げんでもええ。わしゃあ、飛んできた柿を1つ投げ返しただけじゃ。大したコトはしとらん」
「いえいえ、おかげで助かりました。お礼と言ってはなんですが、この木に成っている柿を好きなだけ喰うてください。できりゃぁ、オイラにも1つばかしわけてくだしゃんせ」
そう言われるが早いか、オニ太郎はサッと柿の木に登ってこう返事をした。
「なんじゃ、そんなコトか。ホレ、1つと言わずいくらでも喰え。元々、お前さんの柿なんじゃろ?ホレ、ホレ、ホレ」と、オニ太郎はいくつも柿の実を地面に落としてやった。
「ありがとうごぜぇます!ありがとうごぜぇます!」
そう礼を言いながら、カニ太郎は地面に落ちた柿を次から次へとほおばった。
オニ太郎の方も、柿の枝に手を伸ばしては、よう熟れた柿の実をムシャムシャと口に入れては飲み込んでいった。そうして、ペッペと柿の種を吐き出してゆく。
ちなみに、この種はやがて地面に埋まり、芽を出し、いずれまた立派な柿の木へと成長してゆく。そうして、この辺りは柿の木でいっぱいの密林になるのじゃった。
何ごとも、環境を整えてやれば、スクスクと成長するというよい例じゃ。
それからしばらくの間、オニ太郎とカニ太郎は、仲良く柿の実を喰うて暮らした。
その後、カニ太郎は大勢の子ガニを産んで幸せに暮らしたそうじゃ。カニ太郎は、実はメスのカニじゃったのじゃ。
とはいえ、それはまた別のお話。オニ太郎には関係ない話じゃ。
*
オニ太郎は、カニ太郎と別れると再び修業の旅を続けた。
そそくさ、そそくさと歩き続けると、やがてオニ太郎は大きな街道へと出た。
さらに、その大きな街道をとっとこ、とっとこ進み続けると、大きな山が見えてきた。富士山じゃった。その昔、かぐや姫が帝に贈ったとされる不死の妙薬。それを燃したと言われとる山じゃ。
その頃の富士山は、まだ現在の富士山とは随分形が違うておった。今よりも背が低く、その後、何度も噴火を起こしながら、そのたびに成長していくのじゃった。まさに“不死の山”なのである。
この頃、富士山麓の樹海には、魑魅魍魎どもが住み着いておった。あまりの貧しさから、首をくくったり、迷い込んで餓死してしもうた者たちのなれの果てじゃ。
オニ太郎がこの付近を歩いておると、突然、1匹の亡者が襲ってくる。いいや、1匹ではのうて、2匹、3匹…5匹、6匹。まだまだ増えおる。
まるでゴキブリのごとく、次から次へと湧き出てくる亡者ども。仲間を増やそうとオニ太郎目がけて襲ってくるのじゃった。
そんな亡者どもを、手にした巨大な貝の棍棒でブチ殴るオニ太郎。龍宮城でもろうてきた、あの貝殻でできた棍棒じゃ。
まるで、ホームラン競争の時の野球の球のごとく、亡者どもはオニ太郎のフルスイングによって、パッカン、パッカンと飛んでゆく。そうして、あらかた亡者どもを打ちつくし、もはや予備の球がのうなってしまった時じゃった。
突然、大地が揺れ動き、ゴオオオオオオオオという轟音と共に山から炎が吹き出した。
噴火じゃ。富士山の噴火じゃ。ちょうどこの年、数百年に1度という富士山の大噴火の年じゃった。