オニの子
むかしむかし、あるところに、オニ太郎という子が住んでおったそうな。
オニ太郎は随分とガタイのよい子で、同じ年ごろの子の誰よりも体が大きく、ガッシリとした体つきをしておって、力も強かった。
そんなじゃから、近所のもんたちは、いつもこんな風にうわさしておった。
「ありゃあ、オニの子じゃ」
「ほうじゃ、ほうじゃ。間違いねえ。ありゃあ、オニが産んだ子じゃ」
「ほいじゃけど、なんでオニの子がこんな村におるんかいのう?」
「不思議なのは、そこよ。親もおらんようじゃし、出生もわからん」
村人たちがうわさしておった通り、オニ太郎には親がおらんかった。おっとうもおっかもおらんで、代わりに1人のヨボヨボのじいさんがオニ太郎の世話をしておった。
オニ太郎は、じいさんをたいそう慕っておって、「じさま!じさま!」と呼んで、いつも後をついて回っておった。じさまの方も、オニ太郎を心からかわいがり育てておった。
オニ太郎は、そのたいそう恵まれた体を生かして、毎日畑仕事に精を出しておった。
村に住む他の子が野山をかけ回って遊んでいる時も、クワを持って一生懸命に畑をたがやすのじゃった。
そんなじゃから、見た目はあまりようなかったオニ太郎じゃが、村のもんたちも認めんわけにはいかんかった。
「お前も、オニ太郎のように働けや」
「オニ太郎をみらないんさいや」
親たちは、そんな風に言って、自分の子をたしなめたもんじゃ。
村の子たちは、親から小言を言われておもしろうない。じゃけど、オニ太郎は体も大きいし、力も強いし、さからえんかった。オニ太郎に悪さをしようもんなら、逆にコテンパンにやられてしまう始末じゃ。
「腹が立つのう」
「ほうじゃ、ほうじゃ!あのオニ太郎さえおらんかったら、わしらも自由に遊んで暮らせるのに。オニ太郎がマジメくさって畑仕事なんかするもんじゃけえ、わしらも働かにゃあいけんことになる」
「どげんかして、あのオニ太郎をこらしめてやれんかのう?」
村の子たちは集まって、いつもそんな風に話しておった。
*
そんなある日のコトじゃ。
村の子たちは、うまい具合にオニ太郎をはめて、山の中に1人取り残させることに成功した。
「オニ太郎や!山にアケビを取りにいこうや!」
「そうじゃ!そうじゃ!アケビじゃ!アケビはうめえぞ!」
そう言って、オニ太郎を誘い出す。
「じゃけど、わしゃあ畑仕事があるけえのう…」
と、オニ太郎は断ろうとする。
「アケビを持ってかえりゃあ、じさまもさぞかし喜ぶことじゃろうなぁ」
そう言われては弱い。オニ太郎は、じさまのコトが大好きじゃったもんじゃから、じさまの名前を出されると、ついつい従ってしまうのじゃ。
「そうじゃのう。ちいとくらいならええかのう」
そう言って、オニ太郎の方も村の子たちについていくことになった。
ところが、山に着くと、どんどん奥の方へ奥の方へと誘われていく。
「もっと!もっとじゃ!もっと奥に行った方がうまいアケビにありつけるぞ」
「そうじゃ、そうじゃ。山の奥にあるいっとううまいアケビを持ち帰ってやれ。そうすりゃ、じさまも喜ぶぞ」
そう言われると、オニ太郎も断れん。
「そうか。じさまのためか。それじゃあ、しゃあないのう」などと思って、従ってしまうのじゃ。
そうして、気がついた時には、1人ポツンと山の奥に取り残されてしもうたというわけじゃ。
そこは、山遊びに慣れた村の子たちのこと。1人でもスイスイふもとまでたどりつける。ところが、オニ太郎の方は畑をたがやしてばかりじゃったもんで、山のコトはさっぱりわからん。帰り道もわからんまま、山の中をさまよい歩き、ついにそのまま夜を迎えることになった。
家では、じさまが心配しとる。
「どうしたことじゃろう?日が暮れたというのに、オニ太郎の奴、帰ってこようとはせん。畑に様子を見に行ったが、どこにもおらんかった。他の子にもたずねてみたが、『知らん、知らん』言うとった。はてさて、どこに行ったんじゃろか?」
この時代、こういうコトはようあったもんじゃ。
ある日突然ポックリと姿を消して、そのまま子供が帰ってこんなんてコトは、どこの村でもあったもんじゃ。“神隠し”などといって、お茶をにごす。大抵の親は悲しむが、そこはあきらめるしかない。そうして、新しい子を産むのじゃ。そういう時代じゃったのじゃ。
けれども、じさまにとっては大切なオニ太郎じゃ。代わりはおらん。
そこで、じさまは半狂乱になって、家の外に探しに出た。
村境の方へと行ってみる。
「オ~イ!オニ太郎や!どこにおるんじゃ?」
そう叫んでみるが、返事はない。
川の方へも行ってみた。
「オ~イ!オニ太郎や!どこぞでおぼれとりゃあせんかぁ?」
そう叫ぶが、やはり返事はない。
山の方へも行ってみた。
「オ~イ!オニ太郎や!山の中で迷っとるんじゃないかぁ?」
すると、山の奥深くで座りこんでおったオニ太郎の耳に、じさまの声が聞こえたような気がした。並の人間には、とうてい聞こえんような声じゃった。ところが、オニ太郎は常人にはない研ぎ澄まされた耳を持っておった。まさに、地獄耳じゃ。
その地獄耳を使って、じさまの声を聞きわけた。そうして、そちらの方へとかけ始めた。
真っ暗な山の斜面をトットコトットコかけ降りていった。オニ太郎は目の方も非常によく、暗い山道でも獣のような鋭い眼光で進むことができたのじゃ。
木々の小枝などに何度も何度も体をぶつけ、細かいすり傷をいくつも作りながら、それでもオニ太郎は、そのスピードをゆるめんかった。
そうして、ついにじさまの前へと飛び出していった。
「じさま!じさま!」
じさまは、いきなり飛び出してきた生き物に、最初はイノシシか何かの獣かと思うたが、すぐにそれがオニ太郎じゃと気づいた。
「おお~!オニ太郎や!そこにおったんか!」
じさまは、オニ太郎のことをひっしと抱きしめた。
それから、2人は仲良く手をつないで家へと帰っていったのじゃった。