表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新入社員研修

作者: 笛伊豆

悪の組織の構成員は何を考えているのか? あの組織力や資金力はどこから出ているのか? これがひとつの回答です。

 茜は、緊張していた。

 この春大学を卒業した茜は、入社式やオリエンテーションを終えた後、新入社員研修のためにここにいる。

 国際企業(株)デモーニッシュ極東総局日本中央地区第3支部の地下総合トレーニング施設には、50メートル級プールや400メートル級陸上競技トラックを含む、あらゆる競技施設が揃っていた。その気になれば夏期オリンピックの大半の種目をこの施設だけで開催することが可能である。

 その上、茜のような新入社員の宿泊のための、ワンルームマンション形式の部屋が数百室揃った宿舎が併設されていて、明日を夢見る若きデモーニッシュの社員たちがいつでもその精神と肉体を鍛え、また互いの友情を深めあえるようになっているのだった。

 茜は、屋内練習場にいた。

 2人の回りを、茜と同じデモーニッシュに入りたての新入社員たちが10人ほど取り巻いている。

 茜と向かい合って立っている師範は、長身・甘いマスクの美男子だった。超合金製のプロテクターに身を固め、ポーズをとって立つ姿は、滑稽になりがちなヒーロースタイルだが、師範にはよく似合っていてほれぼれするほどカッコいい。

 茜もプロテクターをつけているが、こちらは実用本意のゴテゴテで、怪獣の着ぐるみよりはマシ、といった程度だった。普通のOLならそんな姿で美男子の前に立つことなどあり得ないが、茜はまったく気にせずタイミングを計っていた。

「ちぇっすとー!」

 突然、師範が動いた。

 電光石火の飛び蹴りが茜を襲う。

「グハッ!」

 胸でまともに蹴りを受けた茜が、一回転して地面に倒れ伏す。

 師範はその場でくるっと空中回転すると、ふわりと降り立った。

 ちょっとうなづいて、指を鳴らすと、茜がパッと起き上がって気をつけの姿勢をとる。

「茜くん、だな。なかなか筋はいい。しかし、相手のキックをまともに受けるのは感心しないな。確かに奴らのキックやパンチはかっこばかりで大した威力がない場合が多いが、たまには本当に実力のある者に当たってしまう場合がある。そういうときのために、相手の攻撃はなるべくベクトルをそらせて受けるようにしなければならない」

 師範は茜の手をとって、キックをやわらかく吸収するような受け方を実演してみせた。

「はい」

「それから、攻撃を受けたらもっと派手に飛ばされるといい。連中は、攻撃した相手が撥ね跳ぶことが威力と思っているからな。実際には、大きく後ろに飛ぶ事で相手の攻撃力を減殺した上で、相手の視界から外れられるという利点がある。君は一回転したが、方法論としては効果的だが、もっと飛ばされたふりをして崖から落ちてしまうとか、工夫すべきだね」

 でも初めてにしては良くやった、という師範の言葉に、茜はほっとしたように微笑んだ。

 茜に続いて師範は数名相手に格闘の実演を続けたが、腹の出た禿頭の醜い中年男が練習場に近づいてくるのを見て言った。

「さて、私は諸君らに偉そうに講義しているが、こんな講釈を100回聞くよりこの技に真に熟達した者の演技を一度見る方が、遥かに諸君らの上達に寄与するだろう。これから、その真髄をお見せしよう」

 練習場に踏み込んできた中年男は、脂ぎった下品な目つきで茜や数名の女性の身体をジロジロながめまわしつつ、ヨタヨタと近づいてきた。

 師範に気がつくと、下卑た笑いを浮かべて唾を吐く。よだれがつーっと伝う顎を震わせながら、中年男は言った。

「おうおう、ええかっこしいが毎度毎度ご苦労だなあ」

「お前が江戸川浄水場に流した毒は、すべて中和したぞ! ひまわり幼稚園のバスからも、私の仲間が爆弾を取り除いた! お前たちの悪だくみは、我らヒーローがすべて打ち砕く!」

 師範がポーズを取って叫ぶ。

「くそおっ」

 突然、中年男が刃物を振りかざして師範に襲いかかった。

 師範がかわす。

 中年男はバランスを崩されてぶざまに転んだ。悔しさに醜い顔を歪めて起き上がり、メチャクチャに師範に殴りかかる。師範はひらりひらりと風のように攻撃をかわす。やがて中年男は息を切らせて膝をついた。血走った目であたりを見回すと、突然意外な素早さで茜にとびかかってきた。

 とっさのことで反応が遅れた茜は、次の瞬間には喉に刃物を突きつけられて硬直していた。

「ほおれ、ヒーローさんよう、この女の子を見捨てるのかい」

 中年男が得意げに叫ぶ。

「卑怯な!」

「けっへっへっへへへへ。ヒキョーは悪の信条よお」

 中年男は、喚きながら茜を抱えて後ずさった。万力のような腕に掴まれて、茜は抵抗もできずに人質になったままである。

「ほれほれ、何もできのか。それでもヒーローか」

 中年男が言いながら、茜の身体をいやらしく撫で回す。

(違う! 違うわ! こんなのは悪じゃない!)

 茜は心の中で叫んだが、一面では真実を認めてもいた。

 悲しいことだが、ごく稀にだが手段を選ばない連中がいるのだ。目的は手段を正当化すると信じている者すらいる。

 理想を実現するためには強固な意志力と克己心、高いモラルが必要とされるのに、地道な努力を怠って安易に目的達成に走る者がごく小数ながら、いつの時代にも、どの組織にも存在するのだ。

 茜たち真面目なデモーニッシュの社員たちは、そういった全体から見ればごく一部の道に外れた者のために、正当な評価を受けることなく、迫害されているのである。

 そしてそれは、無軌道なヒーローを生み出す温床ともなっているのだが。

「さあて、ヒーローさんよ、どうしてやろーかなあ……」

 中年男が舌なめずりせんばかりに言ったとき、ごくわずかだが隙が生まれた。

 すかさず茜は、おもいっきり自分を捉えている腕にかみつく。

「ゲッ!」

 中年男はダミ声で悲鳴をあげて、茜を離した。転がるように逃げる茜を、中年男の罵声が追いかける。

「よくもやりやがったな、この、クソ女!」

 中年男が刃物を振りかざして飛びかかってくる。

「ラ○ダーキィック!」

 師範の、あまりにも鮮やかなフライングキックが中年男の胸を捉えた。

「ゲェェェェェェェ!」

 中年男はぶざまだった。

 数回転がり、緑色のヘドを吐き散らし、べちゃっとのびて数回麻痺したように痙攣したあと、動かなくなった。

 師範は例によって空中回転すると、中年男のそばにすっくと立ち、ポーズを決めていた。

 カッコ良かった。

 足元にのびる醜い中年男との、あまりにも鮮やかな対比によって、師範の美貌と精悍さが際だっていた。一瞬ではあるが、茜ですらヒーロー姿の師範に見とれてしまったくらいである。

 思わず拍手が湧いたが、すぐにヒーローを賛美していることに気がついて、拍手は潮が引くようにおさまっていった。

 師範はしばらくポーズを取ったあと、軽く一礼する。

 と、醜い中年男がするっと立ち上がった。

 先ほどまでとはまったく違う、高度な肉体コントロールを連想させる動きで、中年男は腰を延ばし、がに股の足を揃え、首をまっすぐ据える。背の低いがに股だったはずの中年男は、身長180を越える師範と同じ程度の長身になっていた。不健康に太っていたはずの身体は、鋼を思わせる精悍な肉体美を見せている。

 そして、中年男がおもむろに精巧なマスクをひきはがすと、現れたのは茜が今まで見たこともないような美青年だった。

 師範が甘いマスクであるのに対して、端正な中にも精悍さと強靭さを秘めた、真に男性的な美貌である。

 師範は、その男に一礼すると言った。

「諸君、私の師を紹介させて頂こう。皇飛翔さんだ。わがデモーニッシュの幹部社員であると同時に『対ヒーロー護身術』の最高師範でもある」

 青年は、一斉に挨拶する新入社員たちに軽く礼を返す。特に茜には、先ほどの行動についての釈明のかわりに、ちらっとウインクしてみせた。

 茜は、これほどの美青年に身体を触られたことを思い出して、思わず赤面してしまった。

「皇だ。デモーニッシュにいるにしてはあまりにもヒーローくさい名前と思うだろうが、本名なので勘弁してもらいたい。この名前のせいで、あやうく入社を断られるところだった」

 新入社員たちはどっと湧いたが、師範が静めた。

「皇さんは、その他にも、あまりにもハンサムすぎるために随分苦労されている。わが社はリベラルを信条とするはずなのだが、古参の幹部連には、どうしてもデモーニッシュの上級職の容貌に対する固定観念があって、わが師も何度もヒーローになったらどうだというような皮肉を言われて、それ以来仕事中は変装されるようになったのだ」

 皇はちょっと笑った。

「まあ、実際には幹部連の言うことにも一理あるのだ。我社は、言わば影の存在だ。本来は目立ってはならないものなのだ。特に、実際に世間に顔をさらす幹部は、ひとりくらいは美形がいてもいいが、原則としては醜い嫌われる存在でなければならない。でなければ、世間から好意的に迎えられてしまう恐れがあるからな。だから、我々は変装したり、マスクで顔を隠したりするのだ」

 そうか、と茜は思った。

 デモーニッシュのメンバーが人前に出るときに、奇矯なマスクや覆面をしたりするのはそういうわけだったのだ。マスクの影には、ヒーローなどを遥かに越える美貌と、その美貌に頼らず自分の実力だけで勝負しようという心意気が隠されていたのだ。

 やっぱりデモーニッシュに入社して良かった、と茜は思った。

 師範が、少し声のトーンを落として話した。

「諸君らは、総じて水準以上の容姿に恵まれている。だから、この点をはっきり心に銘記しておいてくれたまえ。我々の行く道は厳しい。努力し自分の真の実力を磨くことを忘れたとき、外見だけでしか評価されないヒーローの魔手が延びてくる。安易なポーズやカッコいいキメの技を覚えただけでスターになれるヒーローは、常に諸君らを誘惑し続けるだろう。私も、師匠に出会っていなければ、今ごろは……」

「君は立派に立ち直った。昔のことを、そういつまでも気にすることもあるまい」

 皇が師範の肩を叩いた。

「むしろ、一時はヒーローとしてデビューしかけただけに、デモーニッシュの社員として真に何を行えば良いか、はっきり判るはずだ。君に若い新入社員たちの訓練を任せているのは、そういう理由もあるのだよ」

 師範は、肯くと黙って頭を下げた。

 皇は新入社員たちの方を向いて言った。

「この訓練は、諸君たち入社したての者は全員受けることになっている。どうしてヒーローにやられたように見せるための訓練が必要なのか、疑問に思っている者もいるだろうから、ここで話しておこう。問題はデモーニッシュとは何か、ということだ。我々が事業を行うにあたっては、一般庶民に迷惑をかけてはならないのは当然だ。例えは悪いが、牛乳を手に入れるために牛乳を提供してくれる牛を傷つけてどうする、というわけだ」

 皇は新入社員たちを見回した。真剣な表情をつくる。

「よって、いかなる場合でもデモーニッシュの社員は一般庶民を傷つけてはならん。誰かを犠牲にしなければならない場合は社員自らをがそうするべきなのだ。それどころか、ヒーローの無差別攻撃が庶民に及んだ場合は、身代わりになるくらいの気概が必要だ」

 皇が言葉を切ると、師範が続ける。

「もうひとつ大事なことがある。デモーニッシュは人前ではヒーローに勝ってはならない。勝ったところで何の利益もないし、ヒーローというものはプライドだけは高いから、後々無用なトラブルを背負い込むだけなのだ。へたに復讐戦でもやられて、庶民が巻き添えをくいでもしたら大変だからな。大体、ヒーローを1匹見かけたら30匹はいると言われるくらい、奴らはゾロゾロいるし、叩いてもすぐに増殖するから、まともに相手するだけ無駄なのだ」

 皇がため息をついた。

「テレビの戦隊ものを見ればわかるが、ヒーローが倒す悪の怪人や戦闘員は無尽蔵だ。実際には、やられたふりをして次の場面に別の怪人として出演しているだけなのだが、それで庶民が満足するのなら、悪はそれに甘んじるべきなのだよ。プライドを捨てて、実を取るのだ。庶民に被害が及ぶ前に負けたふりをして姿を消すのだよ。これは、そのための訓練なのだ」

 皇は鋭く新入社員たちを見た。

「ヒーローは、目的を達するためには庶民の犠牲もやむを得ないと考えているが、そのような唾棄すべき思想は、少なくとも我社では許されない。他社はともかく、我社は絶対に許さない。社の定款にもはっきりと庶民の犠牲はいかなる場合でもくい止めることが義務であり権利であると、はっきり明記されているのだ。それは生命に留まらない。庶民の財産を破壊するがごとき行為は、ヒーローのレベルにまで志を落とすことになるのだぞ。どんなに崇高な目的があっても、スペシウム光線を町中で乱射したり、ビル街でプロレスをやったりするようなことは論外だ」

 新入社員の一人が手を上げた。

「なんだね」

「今のお話なんですが、我社の過去の作戦では、東京タワーや大阪城の破壊を伴ったものもあったと思いますが」

 皇は笑った。

「よく調べているようだな。東京タワーは、確か30回以上も破壊されたはずだ。もっともそのたびにすぐ修復されているがね。ところで、東京タワーは誰の所有物だろう? 大阪城は? 」

 手を上げた新入社員は、自信なさそうに言った。

「タワーは、確か公社が所有していたと思います。大阪城は、公園ですから……あっ!」

「わかったようだね。東京タワーについては、タワー公社が所有・運営管理している。大阪城も、重要文化財として国の所有だ。だからいくら破壊しても、庶民の財産には影響がない。そして我々が町中でビル等を破壊する場合は、調べてみればわかるが被害を受けるのはすべて我社の所有する物だ。攻撃目標の選定には、大変な経費と労力が投入されているのだよ。中には、20年後に破壊する目的でビルを購入する場合もあるのだ」

 皇は、そこまで言うとふと顔を曇らせた。

「ヒーローには、我々のようなきびしい倫理規範も自己規制もない。これまでにヒーローの自分勝手な行動で被害を受けた庶民がどれだけいたのかと思うと……。とにかく諸君らはぜひとも訓練に励み、また精神を鍛えてくれたまえ」

 一同がまた拍手する。

 それが収まると、別の一人が手を上げた。

「あの、我社が東京タワーや大阪城を破壊したとして、その修復費用はやっぱり税金から出るわけで、結果的に庶民に犠牲を強いているような気がするんですが」

「うむ。それは辛いところだ」

 皇が顔を曇らせた。

「我社の事業が、本質的に矛盾を含んでいることは認める。だが、こう考えてくれたまえ。東京タワーの再建工事によって、多数の労働者が雇用され、資材が購入され、困窮した庶民が助かり、経済がわずかながらも活性化されるはずだ。それに、政治不信や不況でつい滅入り停滞しがちな庶民の生活に、東京タワーの破壊というインパクトを与えることで、生活に活力を注入することもできているのではないか」

 師範が後を受けた。

「それに我々の活躍がないと、テレビのゴールデンタイムの放映に支障が出てしまうかもしれない。薄っぺらいとはいえ、ヒーローの活躍は清涼剤たりうる。一時の気晴らしとして庶民の生活に溶け込んでいるからな。悪の組織と正義の味方の闘争がなくなってしまうと、あとはもうつまらないトレンディドラマや、温泉で美人が連続で殺されるような話しか残らない。そんなものでは、日々の生活に飽いた庶民の慰めにはならないだろう」

「要するに、我々の活動は『必要悪』なのだよ」

 皇が言うと、みんなは深く肯いた。

「では、解散」

 師範の言葉に新入社員たちは一斉に礼を言った。

 仲間たちが散っていくと、皇は茜に近づいた。

「さっきはすまなかったね」

 茜はまた赤くなったが、皇はかまわずに続けた。

「君のことは聞いているよ。もう怪人の幼体を持っているそうだね。入社そうそうに、怪人になつかれるとは素晴らしい。普通は数年かかるのだが」

「相性が良かったんです」

「まあ、それだけ責任が重大ということだ。しっかりと仕込んで、庶民に迷惑をかけない立派な怪人に育てるようにね」

「はい。がんばります」

 茜は、師範と何か話しながら去っていく皇を憧れのまなざしで見送った。

 素晴らしい先輩、いや上司だろうか。あれほどの人だ。きっと第一線で活躍しているに違いない。今度デモーニッシュが出演しているテレビ番組を録画しておいて、あの人がいないか探してみようか。もっとも、マスクをつけているだろうから判らないかもしれないが。

 それに、皇くらいになると、体型すら自由に変えられるらしい。すごいとしか言いようがない。いつか、皇と肩を並べるような幹部になれるだろうか。あまりにも遠い目標である。

 がんばらなくては。

 茜は、一人肯いてガッツポーズをとると、怪人の飼育施設に向かった。茜が世話を任されている怪人の幼体は、成長すれば全長3メートルにはなるはずだが、今はまだ子犬程度にしかすぎない。色々気をつけなければならないことが多くて大変だったが、茜は満足していた。

 幼い頃からテレビのヒーローものが好きだった茜だが、常々正義の味方にはうさんくさいものを感じていたのだ。言っていることもやっていることもあまりにも偽善的だし、人の迷惑をまったく考えていないとしか思えない。悪を倒すためとはいえ、好き放題に町を破壊して逃げてしまうなど、自分勝手にもほどがある。

 それに比べて悪の組織は清々しかった。言行一致だし、言っているほど悪いことをしているようには見えない。大体、茜は悪の組織に迷惑をかけられたことなど一度もない。知り合いに尋ねてみても、悪の組織の被害にあった人はひとりもいなかった。どうみても正義の味方の方が迷惑である。

 就職先として見た場合も、悪の組織の方が資本はありそうだし、統制はとれているし、人も多いし、募集人員も多くて入社試験に受かる確率も高い。仕事も、多勢に無勢で戦い続けなければならない正義の味方よりは、分業制になっていて楽そうだ。手柄を立てても永遠に現場で働かなければならない正義側より、悪の方が出世の機会も多いだろう。福利厚生もしっかりしている。

 それに、一番の問題はあの正義の味方たちが着る恥ずかしいスーツだ。あんなものを着て町中を駆け回るなんて、茜にはとても耐えられない。悪の組織の戦闘服の方がはるかにマシだ。何より、幹部以外はマスクで顔を隠せるから、親類縁者にもバレずにすむ。

 だから、茜は悪の組織デモーニッシュが新人を募集していることを知ると、幹部候補生に応募して見事合格したのだった。その決断は間違っていなかったと思う。

 そういえば、と茜は怪人の幼体にエサをやりながら思った。

 大学の同じクラスに、どうしても正義の味方になるんだと言って、へんなスーツまで作っていた男がいたが、彼はどうなっただろうか。茜にまで得意そうに、下手な鷲の絵柄を描いた服を見せにきていたが、あんなセンスではろくなヒーローにはなれないだろう。まあ正義の味方は趣味が悪いと相場が決まっているが。

 ヒーローの希望者は、人数が多いわりに採用人数が少ないので大変だろうが、もし首尾良く合格できたら、いずれ彼とも戦場で顔を会わせるかもしれないな、と茜は思う。その時のためにも、この私の可愛い怪人が怪我したりしないように、適当に戦ってうまくやられたフリができるようよく訓練しておかなければなるまい。

 怪人の幼体がうれしそうに茜にじゃれついてくる。茜は怪人の幼体を遊ばせながら、支給されたシンプルなデモーニッシュの戦闘服を装着した。

 目指すは怪人を従えた悪の女幹部。

 茜は、燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ