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秘め神

作者: あおてここ

 ありえない。なにがどうありえないって、全てがありえない。

 だいたい気がついたら知らない世界ってどこのファンタジーよ。

 これはアレだ、夢だ、妄想だ。あたし、逃避願望でもあるの? いきなりこんな世界に来ちゃうぐらい現実に不満があったっていうの!?

 そりゃぁ不満が全然ないっていったら嘘になるよ。でも、冷静に考えてみて平凡だけど満たされた人生送ってると思うのよ。

 だって、大好きなおじいちゃんとおばあちゃんは元気あと二十年ぐらいは生きそうだし、両親も仲良くてってゆーかすっごいラブラブで未だ新婚気分が抜けてないっぽいし、憎たらしくもかわいい二歳下の弟がいてペットのワンコも元気満点で。学校だって仲の良い友達何人もいて楽しくて、成績だってそれなりに頑張ってるだけあってそんなに悪くない。顔だって自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ美人でもないけどそれなりに見れる方だし、スタイルだって悪くないハズ。うっかり食べ過ぎないように気をつけてるし、ワンコの散歩で運動してるし。ああでも、もう少し胸が大きくなったらなぁ……お尻ばっか肉つかないでさ……。じゃなくて。

 とにかくあたしはけっこう自分の人生満喫してて、多少の不満はあってもそれなりに満足してるのよ。なのになんでこんなファンタジーな夢を見ちゃってるのよ!!

 もしかしてアレ? 自分で自覚してないだけで、ほんとうは毎日に不満が溢れるほど溜まってたとか? そういうの?

 ああ、もう、とにかくコレは夢だ、妄想だ。このさいナニが溜まってようといいよ。これが欲求不満の現れた夢だっていいから、だから。

「だから早く目を覚ましてください」

 人生で一番必死になって自分に言い聞かせる。

「なにをおっしゃられているんです? 姫神様」

 鈴を転がすようなっていう表現がぴったりくるような繊細で柔らかい声が聞こえるけど、これは気のせい。

「ちがいます。妄想です。目を覚ましてください、藤野香奈子」

 自分に言い聞かせるように念じたら、溜め息まじりの少し低くめで胸に響くような声が返る。

「いいかげん、現実を認めろよ」

 もっと聞きたくなるようなせっかくの美声だけど、残念! 出てきた言葉は聞きたくない。

「うるさい黙って元凶」

 そう言って力一杯睨みつけた先にはニヤニヤと笑う背の高い銀髪の男。その紫と青の狂眼の瞳がキレイだと思ったのは最初だけだ。

 こいつだ。こいつが目の前に現れて、あたしをこんな妄想ワールドに放り込んだんだ。憎い目下あたしの敵。

 クッソ! ほんっとにキレイな顔してるよね。元凶じゃなければチョーかっこいーんだけど!! とか言って大興奮するんだけどね、諸悪の根源だからね、そのキレーな顔すら憎たらしい。

「だいたいなんであたしが“姫神様”なんて呼ばれなきゃいけないわけ? 意味わかんないんだけど!!」

 最近恒例になってきた疑問で食ってかかれば、大きな溜息を吐かれる。そしていつもと同じ答えを出してくる。

「なんども言っているだろ。神官の俺が見つけて連れて来た。それがお前で、お前が姫神だ」

「意味わかんない!!」

 もっと他の回答はないわけ! あんたボキャブラティなさすぎよ!!

 外人の年齢なんてわかんないけど、たぶんあたしと変わらないかちょっと上ぐらいに見えるこのエラそーな男は、学校帰りにいきなり現れて「迎えに来た」とかわけわかんないことを言って、あたしを拉致ったんだ。

 これで連れさらわれた先がどっかの国だったらまだ救いがあったかもしれない。だってどうにかなりそうじゃない、空が繋がってれば。

 だけどたとえ妄想でも異世界はムリ。ホントにムリ。なんで空に月が二つもあるのよ、なんでこの城っぽい建物の下に雲と街並みが広がってるってゆーか浮いてる!? 妄想にも限度があるでしょ!!

 ああ、でも、希望は捨てちゃだめだ。ポジティブシンキングだ香奈子。この妄想びっくり異世界パニックはあたしを騙すためのドッキリカメラの可能性だってあるんだから。

 だからまだ希望を捨てちゃだめなんだから。誰があたしを騙すのかっていう疑問は考えちゃダメ。ほんとうに頭がおかしくなるから。

 そう、それに、あたしを拉致っても身代金払えるほどのお金なんて家にはないってゆーか、ただのサラリーマンの家の娘をさらってもとれるお金なんて知れてるもんね。

実は大財閥の血筋とか王家の親戚とかそんなびっくりどっきりな秘密なんてない、いたって平凡な一庶民の中の庶民な家から取れる財産なんて砂粒ほどもないからね。

 だから何度も言うけど、これは現実逃避の妄想なの。

「だいたい、あたしのどこをどう見たら姫神様なんてスゴイ言葉がくっつくのよ」

「まぁまぁ。姫神様は姫神様ですよ。その夜空のように黒い瞳も淡い色の美しい肌も二色の不思議な髪も、全てが神秘的でいらっしゃいます」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことを言って、それはそれは可愛らしく微笑む金髪赤眼の美人さん。

 っつーかスミマセン。あたしの顔は純粋日本人ののっぺり顔でハニワだし、黄色人種だから白人さんに比べたら淡い肌色になるのはしかたがないし、髪が二色になってるのはただのプリンです。週末のコンパのために美容院で染め直す予定でした。神秘的っていうなら、あなたの方がずっと神秘的ですよ、おねーさん。

 きらきらと外の光を反射して輝く温かい色の瞳。真っ白でシミなんて無縁そうな柔らかいシルクのような肌。白を基調とした銀糸の刺繍の入ったシンプルだけど綺麗なドレスの肩を流れるふんわりとした金色の髪がまるで後光のようで、姫神様っていう言葉がぴったりくる。

 うん。絶対にあたしが姫神様だなんて間違いだ。この人と間違えたんだ。絶対に。

「なによりもベルファージリクス様がお連れした方ですから、貴女様が姫神様です」

 うっとりとそう言う姿はほんとうにキレイで、その可憐な唇から発せられる言葉さえ聞こえなければ、あたしが姫神様ー!! って言って崇めたいぐらいに美しくて、ちょっと見とれてしまう。

「そうだそうだ。もっと言ってやれラウラリーネ。我らが姫神様は未だにご自分のことをおわかりではない。ご自覚いただくためにもお前が言い聞かして差し上げろ」

 かしこまりました。と、ラウラリーネさんはそれはそれは見惚れるほど美しくにっこりと頷いた。気のせいか、さっきよりも一段とうきうきしている気がする。なんだか眩しい。

 って、ちょっと待って。言い聞かすってなんだ。それは洗脳? 洗脳か? あたしに「ワタシハ姫神様デス」ってイタいことを言えっていうの? そんな妄想を信じろっていうの!!? なんておっそろしーことを言うのよ、この男は!! 変な名前のくせにっベルファージリクスって言いにくいんだよ!! あんたなんかベルだベルって呼んでやる!! なんか可愛い響きだろ!!

「ラウラリーネさんがなんと言ってこようとも、あたしはいたって平凡で一般的な日本人で、フツーの女子高生なの。“姫神様”だなんて絶対なにかの間違い」

 なにを言われたって否定してやる。あたしは認めない。

 もっとふさわしい日本人はいっぱいいるよ!! だからあたしを帰してー!!

「俺だってお前みたいな規格外は嫌だったよ。憧れを返せ」

「規格外ってなによ!! 憧れって、あんたが勝手に妄想してただけでしょ!!」

「うるさい。ガキの頃から聖典聞かされてたら想像も膨らむだろ。憧れた神の正体がコレだなんてあんまりだ」

 はぁー。と、ベルはそれはそれは盛大な溜め息をつく。

 その疲れたような姿に同情なんてしてやんない。あんたが元凶だ。憧れがガッカリ残念だったなら、あたしを帰して別の人間連れて来い。



「それにしても、お前いったい何回脱走すれば気が済むんだ」

 磨きぬかれた宝石のような瞳に憐れみの光を浮かべてベルは言う。

 なんだその目は。たしかにあたしは今、仕掛けられたトラップに引っかかって穴の底で網に絡まってますよ。さっきからそれから抜け出そうともがいてますよ。

 そんな目で見るくらいなら、さっさと助けろ!!

「帰れるまで、なんどでもやってやる!!」

 っつーか、あんたもラウラリーネさんも自分が汚れるから穴の中に入ってこないんだよね!! 泥だらけになるもんね!! だからいつも救出してくれる近衛隊長さんが来るまでなにもしてくれないんだよね!!

 うう……情けないし恥ずかしい。ぜったい自力で脱出できるようになってやる。

「往生際の悪い。諦めろ」

 ベルはバッサリと切り捨ててくる。クソ、ベル助って呼んでやる。情けない感じがするだろ。

 だいたい、諦められるわけがない。週末のコンパはもうムリかもしれないけど、月末にみんなで遊園地に行く企画だってしてたんだ。うまくいけばコンパで知り合った彼と一緒に行けたかもしれないんだよ。そんなウキウキ企画を諦められるわけがない!!

 それにあたしは学校帰りに拉致られた。着の身着のままで持ってた鞄は落としちゃってここにはない。あたしと連絡がとれなくなってきっとお父さんは大騒ぎしてるハズ。

 お父さんはあたしのこと溺愛してるからありとあらゆる手段を使ってあたしを捜しているはずだ。それこそテレビにだって出ちゃうだろう。その場面がありありと想像できるのがすっごいヤだ。心配してくれてるのは嬉しいけど、状況が状況なだけにあんまり大騒ぎされると帰れたときがたいへんなことになりそう。

 ああしかも、あたしが拉致られたときは夕方でけっこう人通りがある道で、たぶん拉致られる瞬間の目撃者ってけっこういるんじゃない? それってさらにマズくない?

 ヤバいヤバいヤバい。とりあえず拉致られたことに対する言い訳は考えた。全部この元凶極悪外人のせいにしちゃえばいいしっつーか、全部こいつのせいだしそこは問題ないけど、ソレ以外のことは知らぬ存ぜぬを貫き通せばいいよね。とにかくあたしは五体満足で無事に帰ればそれ以上大きな問題にはならないだろう。

 やっぱり、なにがなんでも早く帰らないと。

「そもそも姫神様ってなにをするの? ここに来てから半月ぐらい経つけどなんにもしてないけど?」

 モガモガもがいて、どうにか絡まった網から右足が抜けた。次は左足。

「脱走ばっかしてるだろ」

「うるさい。あたしは諦めないんだから。じゃなくて、あたしにはなんの特別な力もなにもないんだけど」

 フツーこういう場合って異世界に来てから突然特別な超能力みたいなのが使えるようになるんじゃないの? っつーか、そういう特別的ななにかができたら帰る手がかり掴めそうなんだけどね。

「まぁ姫神様。姫神様がいらっしゃるということが大切なのですよ。貴女様がこの世界にご光臨なされたということだけで、どれだけの民が救われたことでしょうか」

 ラウラリーネさんはうっとりと夢見るように言う。

 いやいやだから、あたしはご降臨したんじゃなくて拉致られたんですって。

「ラウラリーネの言うとおり、お前はこの神殿にいるだけでいい。特別なことなど、なにもする必要がない」

「なにそれ……だったらあたしじゃなくてもいいじゃない!!」

「何度も言うが、お前じゃなくてはダメだんだ」

 ベル助はキッパリと言う。だから、なんであたしじゃなきゃダメなんだって聞いてんじゃんか。

「それにモノは考えようだぞ? ここにいて姫神をやってれば衣食住には困らないし、神殿内であれば身の安全も保証する。なにもしなくても人生安泰だ」

「ここから出ることはできないんでしょ?」

「当然」

「そんなの監禁と一緒じゃない!!」

「人聞きの悪いことを言うな。監禁じゃない。軟禁だ」

 さくっと認めたーーーー!!!

「あたしを元の世界に返してー!!!」



 叫んだ声は、誰にも届かない。



 そうしてあたしとベル達との攻防は続く。

 でも、このときのあたしは“姫神”という存在の本当の意味をわかってはいなかった。自分がどれだけ大きな流れに巻き込まれているかも知らなかった。

 もしも知っていたなら、たぶん違う道を選んでいたのだろう。

 知らなかったから。この世界で起きていることも、ベル達がなにを思っていたかも知らなかったから、知りたいとも思わずにいたから、だから自分のことだけを考えていられた。


「クソぅ!! 絶対に、絶対に帰ってやるんだからぁー!!!」


 そう叫んでいられた。

 今はもう、そんなことを言えない。

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